#32 文化祭1
今のところ最終章予定です。
本筋も修学旅行編でほぼ終わり、この章は読者様にお礼の意味も込めて、鬱展開もなく、ほぼ甘々な感じで行こうと思います。残りわずかですがどうぞよろしくお願いします。
修学旅行で先生に告白してから少し時間が経った。気がつくと街を歩いていてもコートを羽織っている人が目立つようになって、いよいよ冬が近づいているのだと実感する。
俺と先生は一応付き合い始めたわけだけど、特に生活が一変したかというと別にそんなことはない。いつも通り、一緒にご飯を食べて一緒に寝て、目が覚めたらそれぞれ支度をして学校へと向かうという生活。付き合う前と何が違うのかと聞かれても返す言葉は見つからないけど、少なくとも俺は今の生活に満足をしていた。
「じゃあ、行ってくるね」
先生はいつものように片足立ちで靴を履きながら家を出ていくのを「いってらっしゃい」とボサボサの寝ぐせ姿で見送るのもいつも通りだ。
閉まったドアを眺めて俺はしばらく日常という名の幸せを噛みしめながら、のそのそとベッドから這い出る。
最近は、寒くなってベッドを出るのが少し億劫だ。
そうそう、そう言えば最近、学校では文化祭の出し物の準備であわただしい。今年、俺たちのクラスでは文化祭の定番、というかベタ過ぎて他のクラスもやろうとはしなかったお化け屋敷をすることとなった。
放課後になると、帰宅部を中心とした生徒と、持ち回り制でやってくる部活に所属している生徒たちでお化け屋敷の道具作りに勤しむ。
そして、これが俺の最近の悩みの種である。
基本的に生徒たちのクラスの出し物へのモチベーションはかなり低い。これはうちのクラスの出し物がお化け屋敷という今どきベタ過ぎる出し物だということや、お化け屋敷の準備は他のクラスの喫茶店やお好み焼き屋と比べて前もって準備しておく物が多いことが主な理由だ。
一応は決まり事なので皆、放課後になると小道具づくりの手伝いをするのだが、一時間もしないうちに、ある者は用事があると、他の者は部活に戻らなければならないと適当な理由をつけて早々に教室を出ていってしまう。そのせいで文化祭まであと三日だというのに準備は半分ほどしか終わっておらず、抽選によって実行委員長に選ばれた俺としては頭が痛い。
最近では作業は学校を飛び出して我が家にまで浸食し、狭い六畳間に所狭しと段ボール製の井戸や血糊のついた白装束が無造作に置かれている。
朝の支度を終えると、井戸を右手に白装束を左手に俺は部屋を出て学校へと向かう。きっと今日も完全下校ぎりぎりまで教室で作業をすることになる。
憂鬱だ。
結局、この日も俺は貴重な休み時間を目隠し用の布を縫う作業に費やすことになった。
そして、放課後。空が明るいうちは準備に駆り出された生徒たちのおかげで作業はスムーズに進んでいたが、一人、また一人と生徒は減っていき陽が沈むころには教室には数人しか残らず、さらに三十分ほど経った頃には教室に俺以外の生徒の姿はなかった。
初めのうちは他の生徒たちに腹を立てていた俺だったが、もはや今は腹も立たない。もう半分やけくそで小道具作成を続ける。
教室に俺以外の生徒がいなくなって、数十分ほど経ったところで不意に教室の扉が開く。
「みんな~作業ご苦労様~。これは先生からのささやかな差し入れだよ……って、あれ?」
現れたのは俺の担任で同棲相手の織平さくらだ。さくらは栄養ドリンクが大量に入ったスーパーの袋を片手に閑散とする教室を眺めて突っ立っていた。
「あ、あれ? みんなはどこ行ったの?」
先生は俺以外誰もいない教室を眺めながら「あ、あれ? みんな休憩中なのかな?」と首を傾げている。
「みんな忙しいらしいですよ。俺としては用事があると言われちゃったらそれを引き留める手段はないんで……」
俺は白装束に血糊を塗る作業を続けながらそう答えると先生は「なっ……」と突然悲しそうな表情を浮かべる。
「そ、そんな……せ、先生、奮発して栄養ドリンクいっぱい買ってきたんだよ。先生と近本くんの一週間分の食費ぐらい高かったんだよ……」
そう言って先生はその場に崩れ落ちた。
どうやら先生にとっては身を削る出費だったようだ。身体から力が抜けて浸りこむ先生。そんな先生の手に握られたビニール袋から、缶の栄養ドリンクが一本零れ落ちてころころと俺のもとへと転がってくる。
俺はそれを手に取るとカチャッとプルタブを開けて栄養ドリンクを飲む。
「少なくとも一本分は無駄にならなくて済みましたよ」
そう言って惨めな先生を慰めてみるが、先生は「そ、そうだね……」と意気消沈したままだ。先生はしばらくその場にへたり込んでいたが不意に作業をしているのが俺だけだということを思い出したようでハッとしたように顔を上げると俺のもとへと歩み寄ってくる。
「近本くん、作業の進み具合は順調かな?」
「そうですね。あと一週間ほど文化祭を延期していただければ、なんとか間に合いますよ」
俺がそう答えてため息を吐くと、先生は俺の目の前にしゃがみ込むと俺の顔を覗きこむ。
「先生も手伝うよ。だから、そんなに意気消沈しないで」
そう言って、先生は俺の書いた設計図を手に取ると「ふむふむ、なるほど……」と何かを納得して足元の壊れた傘を手に取った。
それから先生は段ボールをペーパーナイフで丸く切り取ると、そこにマジックで瞳を書いてぺたりとそれを傘に張る。
「ほら、これでまた一つ作業が進んだよ」
「そうですね。先生のおかげで作業が百分の一ぐらい短縮されました」
そう答えると先生ははぁ……とため息を吐いた。
「近本くんは本当に頑張り屋さんだなぁ……。先生、そういうところちゃんと見てるからね。だから一緒に頑張ろう?」
そう言って俺を励ましてくれる先生。先生のそんな慰みがなかなか身に染みる。先生のからかさのお化けの出来栄えはかなり残念ではあるが今は贅沢は言ってられない。俺はそこからも完全下校時間ぎりぎりまで先生と二人で作業を続ける。
二人とはいえ、先生という戦力が一人加わったことで単純に戦力は倍になったのだ。想定していたよりも作業は進み気持ちは少し楽になった。
完全下校十分前の放送を聞いて俺と先生は作業の後片付けを始める。
先生は掃き掃除をしながら何やら笑みを浮かべながら俺を見やる。
「近本くん」
「なんですか?」
「今日一日近本くんがみんなのために頑張ってくれて先生嬉しいよ」
「あ、ありがとうございます……」
「何か食べたいものある?」
どうやら先生は今日一日の頑張りのご褒美として、俺の好きな物を作ってくれるらしい。
先生のそんなご褒美は嬉しかったが急にそんなことを言われても特に何も思いつかない。俺が困った顔をしていると先生はにやにやと笑みを浮かべながら、俺のもとへと歩み寄ってくる。
「遠慮しなくてもいいんだよ。先生、近本くんが食べたいものなら頑張って何でも作るからね」
と、段ボールのかけらを袋につめる俺の頬を突き始める。
「そうですね……」
俺はしばらく何を作ってもらおうか考える。が、すぐに先生の顔を見やると「じゃあカレーで」と答える。すると、先生は少し驚いたように目を見開く。
「本当にそれでいいの? 先週はほとんどカレーだったし、もっと他の物でもいいんだよ?」
そう言えば先週の夕食はほとんど作り置きのカレーだったっけ? 今更ながらそんなことを思い出す。が、やっぱり俺の意見は変わらなかった。不思議そうに俺を眺める先生に微笑みかける。
「俺は今の生活で十分幸せですよ。先生が作ったものは全部御馳走です」
言った直後に自分でも中々恥ずかしいことを言ったと思った。が、それが俺の本心だった。俺はこの数ヶ月で知ったのだ。今、こうやって先生と一緒に生活できていることは今の俺にとってこの上なく幸せなことなのだ。毎日そうめんばかりでうんざりしたことも、先生がゴキブリで発狂したことも、辛いことも楽しいことも全てが今の俺にとって幸せでしかなかった。
だから、たとえ今晩カレーが出てきても、それがたとえ五日連続のカレーだったとしても、そして、俺がその味にうんざりだとしても、きっとこのうんざりはいつか幸せな思い出として振り返る日が来るのだと思う。そう思うと、むしろ一週間でも二週間でもどんと来いという気持ちになる。きっと、俺が何だかんだ言いつつも一人でお化け屋敷の準備をしているのだって同じ理由だ。
先生はしばらく俺のことをじっと眺めていた。が、不意に笑みを浮かべる。
「近本くんってば、私の知らないうちにまた一つ大人になったな。先生は今、猛烈に感動しているよ」
そう言って先生はしばらく俺の頭を撫でていた。
が、不意に。
バチンッ!!
そんな音が室内に響いて教室が真っ暗になった。
「え? な、何っ!?」
突然の出来事に先生は動揺したようにそんな声を上げる。窓の外からわずかに差し込む校庭の光で先生があたりをきょろきょろと見渡しているのが見える。
が、俺の方はというといたって冷静だった。前にも同じことがあったからだ。
「きっと用務員さんが完全下校時間を過ぎて生徒が帰ったと勘違いして電源を落としたんですよ」
現にスマホの画面を見やると完全下校時刻を一分過ぎている。
他にこんな時間まで生徒が残って準備をしている教室はない。まあ用務員さんが勘違いするのも無理もない。
俺はいたって冷静にスマホのライトを点けると足元を照らしてカバンを手に取った。
「さあ、片付けも終わりましたし、教室を出ましょう」
そう言うと先生は俺のもとへと駆け寄ってくる。
「う、うん……」
そう言うと先生は俺のブレザーの袖を掴む。先生の顔をスマホで照らすと先生は何やら怯えたように俺の顔を見つめていた。
「どうかしたんですか?」
「明るい時はなんとも思わなかったけど、暗いとやっぱり怖いね……」
そう言って棚の上のからかさを指さした。どうやら先生は自分が作ったお化けに怖がっているようだ。そんな先生が可愛くて俺は先生に悪戯したくなる。
「俺たちがいなくなったら、勝手に動き出すかもしれませんよ」
そう言うと先生は今にも泣きだしそうな目で俺を見つめる。
「ち、近本くん、そういう意地悪は先生好きじゃないよ……」
「意地悪じゃないですよ。現にあそこの提灯は今朝場所が移動していましたし」
「ああもうやめてよっ!! あーあーあー先生何も聞こえないよっ」
そう言って先生は耳を手で覆った。そんな先生を俺はクスクスと笑いながら眺めていたが、俺が歩き出すと先生は「ちょ、ちょっと待ってっ」と慌てて俺のあとをついてくる。
「先生、近本くんがそんなに意地悪な男の子だったなんて思わなかったよ」
先生は頬を膨らまして俺を睨む。
「先生怒ったよ。先生だって本気になったら近本くんのこと驚かすことできるんだからね」
「へえ~それは怖いですね」
俺が小ばかにしたようにそう答えると先生はさらにムッとした顔になる。そんな先生を可愛く思いつつも、あえて無視して歩いていく。
すると、ちゅっ!! と、何か柔らかい物が俺の頬に触れて俺は思わず「うわっ!!」と声を上げる。
「ちょ、ちょっといきなり何するんですかっ!?」
きっと触れたのは先生の唇だ。俺はそのあまりのも不意打ちに目を見開いて先生を見つめる。すると、スマホに照らされた先生はにやりと意地悪な笑みを浮かべた。
「きっと今のはお化けの仕業だよ」
「なっ……」
完全にしてやられた俺を眺めながら先生はいつまでも可笑しそうににクスクスと笑っていた。




