#16 廣神家は変な人が多い
それから俺は廣神とともにわけもわからないまま、謎の女の運転するオープンカーに乗り込んだ。乗り込むと同時に女はアクセルを力いっぱい踏み込み、きゅるきゅるとタイヤの空転する音が一秒ほど聞こえた後に、車は猛スピードで発進した。
あまりのスピードに吹き飛ばされそうになった俺は慌ててシートにしがみつく。廣神はそんな俺の腕にしがみついた。そんな俺たちをバックミラー越しに見て女は何が面白いのかゲラゲラと笑っていた。
そんな女を眺めながら俺はまた何かやっかいなことに巻きこまれたような気がして憂鬱になる。
女性は何かのパーティにでも参加していたのだろうか、シルク製の真っ赤なドレスを身に纏っていた。彼女の艶やかな髪は背中近くまで伸びていて、風に靡いていた。
年齢は二十代前半だろうか、かなり綺麗な顔をしている。
車の揺れにようやく慣れてきて、俺が女性に見惚れていると、なにやら女はさっきとは打って変わってため息を吐いた。
「本当に世話の焼ける姪っ子だ」
そう呟くと、悩まし気にポリポリと頭を掻く。おそらく姪っ子というのは廣神のことを指しているのだろう。
「弥生ちゃん、また婚活パーティに行っていたの? ねえねえ、いい男見つけた?」
廣神は後部座席から身を乗り出すと何やらニヤニヤと女性を見やった。が、即座に女性の裏拳が廣神のおでこをヒットして廣神は後部座席で悶える。
「ああ、いい男だらけだったよ。この先十年はお目にかかれそうにないいい男だらけだったよ。お前が呼び出すから、連絡先どころか名前すら聞けなかったがな……」
と、女は舌打ちをして、バックミラーを越しに俺を見やる。そのことに気がついた廣神は突然、俺の首に両手を回す。
「私にはちゃんと恋人がいるもんねっ」
と、廣神はまるで女性を挑発するようにそう言うと俺の頬にキスをした。
「お、おいやめろ……それよりも、そろそろそちらの女性を俺に紹介してくれてもいいんじゃないか?」
そう言うと廣神はムッとした表情を浮かべる。
「先輩、二股はよくないですよ」
「いや、そういうことじゃねえよ。俺は単純に俺たちを救ってくれた女性の名前が知りたいだけだ」
「ああそういうことですね。それなら」
と、廣神は運転席の女性の肩をポンポンと叩いた。
「この人は私の叔母の廣神弥生ちゃんです。この年で廣神グループ傘下の病院でお医者さんをやっているんです。ちなみに年齢は二十四歳でまだ独身ですよ」
と、明らかに一言余計なことを言って、叔母の舌打ちを誘う廣神。が、廣神はそんな叔母に動揺することもなく、今度は俺の肩を叩いた。
「で、こっちが私の恋人の近本先輩だよ」
「いや、俺は別に恋人じゃなくて――」
と、廣神の言葉を否定しようとした俺だったが、その瞬間、廣神の顔から表情がなくなるのを見て慌てて言葉を切ると、
「廣神さんの彼氏の近本と言います」
と、挨拶しておいた。すると廣神は再び元の笑顔へと戻った。
そんな俺の挨拶に弥生さんは「おう」と一言返事をすると特に興味を持つこともなく黙り込んだ。
※ ※ ※
それから三十分ほどして車は駅前のタワーマンションの前で減速した。弥生さんは助手席に置かれたリモコンを押すと、ガレージの巨大なシャッターが開いて、車は地下駐車場へと入っていった。
その頃には廣神は俺の肩にもたれ掛かりながら寝息を立てていた。
こうやって黙っていれば可愛いのに、本当に残念な女だ。と、感慨深く彼女の寝顔を眺めていると弥生さんはガレージの一角に車を止めた。
「おい巧」
エンジンを止めてキーを抜くと、弥生さんは俺の名前を呼んだ。初対面の人から巧と呼ばれるのは何となくムズ痒い。
「私はお前たちのために大切なハイヒールを捨ててきてしまったんだ」
「それは申し訳ないことをしました」
「私は家に帰るための靴が早急に必要なんだ」
「つまりどういうことですか?」
と、そう尋ねると弥生さんは「察しの悪い奴だなあ……」と呆れた顔をして廣神を指さした。
正直なところ、弥生さんが言わんとしていることは理解していた。が、その言わんとしていることが俺にとってあまりにも受け入れがたく、あえて気づかないふりをした。
「お前が未希の靴を脱がして私がそれを履く。そして、お前が未希を抱きかかえて私の部屋へと運ぶ。どうだ、これで全て解決じゃないか」
やっぱりそういうことだった。が、弥生さんにはさっきの恩があるのだ。断るわけにはいかなかった。
俺はそっと廣神の肩を掴んで、俺の身体から離すと今度は廣神の脚へと手を伸ばす。
なんだこの背徳的な感情は……。
が、やらねばならない。俺はそっと廣神の右脚に触れる。
「んんっ……」
と、直後、廣神が妙に艶めかしい声を上げるので思わずドキッとする。が、廣神はすぐにまた寝息を立て始めたので、俺はその隙に素早く靴を脱がせると、もう一方の脚も同じ要領で素早く脱がせた。その際に廣神がさっき買ったワンピースのミニスカがかなりきわどい位置まで捲りあがっていることに気がつきヒヤッとしたが、何とか絶対防衛ラインだけは死守されていた。
弥生さんに靴を手渡すと弥生さんは「ちっちゃい靴だなあ……」と文句を垂れながらもそれを履いた。
で、俺はというと……。
「っ…………」
今から抱き上げなければならない美少女の寝顔を眺めながら、固唾を飲んでいた。
しょうがないとはいえ、さすがに同世代のそれも美少女を抱き上げるのには勇気がいる。
「わっ!!」
と、そこで俺の背中をバンッ!! と弥生さんが叩くので俺は「ひゃっ!!」と情けない声をだした。そんな俺を見て弥生さんはゲラゲラと笑っていた。
「ちょ、ちょっと、脅かさないでくださいよっ!!」
俺が胸を抑えながら睨むと弥生さんは「もしかして巧、弥生の身体に触るのは初めてか?」と少し驚いた様子で俺を見やった。
「だったら何ですか?」
そう言って彼女を睨むと、弥生さんはにやにやと悪戯な笑みを浮かべながら「これも人生経験だ。この際だから乳ぐらいは揉んでおいたほうがいい」ととんでもないことを言う。
「いや、大丈夫です」
俺はせっかくの申し出を辞退すると、意を決して右腕を廣神の膝の下、左腕を彼女の腕の下に回して彼女を持ち上げた。
内心、ドキドキだった。
廣神は相変わらず可愛い寝顔ですやすやと寝息を立てていた。
俺は彼女を抱きかかえたまま、車から降りて先を歩く弥生さんの後を追う。が、その直後、弥生さんからびりびりという何かの破ける音がした。直後、弥生さんは「ちっ」と舌打ちをして長いドレスのスカートの裾を抓み上げた。
どうやら裾を踏んづけてスカートが破けてしまったようだ。
「だからドレスは嫌いなんだ……」
と、弥生さんは愚痴をこぼすと持っていたハンドバッグを何やら弄り始めると何やらペンのようなものを取り出した。よくよく見るとそれは医療用のメスだった。
「いや、なんちゅう物を持ち歩いているんですか……」
「護身用だ……」
呆れた顔で弥生さんを眺めていると、彼女はメスでスカートに切れ目を入れると膝上の辺りからびりびりとスカートを破きだした。見る見るうちに弥生さんの脚が露出していき、気がつくと彼女はミニスカ姿に早変わりしていた。
「やっぱりこっちの方が楽だ」
と、弥生さんはスカートの裾をひらひらさせてにこやかに笑う。
少し破り過ぎだ。弥生さんのスカートは膝上どころか太ももの上部まで破けていて、少しでも風が吹けば、パンツが見えてしまいそうだ。
その女医の大胆すぎる姿に俺が動揺していると、そんな俺に弥生さんが気がついて何やら不敵な笑みを浮かべる。
「なんだ? 私の脚で興奮しているのか?」
そう言うと弥生さんは俺のもとへとゆっくりと歩み寄ってくると、俺に顔を近づける。
「一万円くれたら触らしてあげてもよいぞ?」
「いや、あんた医者なんだし金に困ってないでしょ」
「いや、私は単に私の脚を背徳感にまみれた顔で触るきみの姿が見てみたいだけだ」
「とんだ変態女医じゃねえか。ほら、あぶら売ってないで早く行ってください。こっちは廣神を抱いてるんです」
そう言うと変態女医は「なんだよ。なんでそんなに冷たくするんだよ……」と寂しそうな顔をしてエレベータへと歩いて行った。




