#15 真っ赤なドレスの英雄
久々の休みなので、連投します。
今夜中にもう一話か二話書ければいいな。
クレープを食べ終えた俺たちはその後、廣神の希望通りカラオケへと行き、さらには洋服を見たいという彼女に連れられて洋服を見に行くことになった。
なんというか俺はこのとき、俺と彼女が決定的に別の世界を生きている人間なのだと自覚させられる。
「先輩、これ持ってくださいっ!!」
「先輩これもっ!!」
気がつくと俺は、自分のカバンの他に洋服がぎっしりと詰まった大きな紙袋を二つも持っていた。こんな光景を見たのは多分、幼い頃にマイコージャクソンのドキュメンタリーを見た時以来だ。廣神はたった三十分の間に俺の仕送り一ヶ月分は軽く吹き飛ぶような金額の洋服を買った。
「先輩、これ可愛くないですか?」
それでもなお廣神は満足していないようで、試着室から出てくると俺に感想を求めてくる。
可愛いよ。そりゃ可愛いよ。
可愛い女の子が着ればどんな洋服だって可愛く見えるに違いない。だからこそファッション誌にはスタイルのいい美男美女しかいないのだ。
「ああ、可愛いんじゃないか……」
俺が適当に返事をすると廣神は不満げに頬を膨らませる。
「もっと真剣に私のことを見てください」
「ったって、俺にはファッションセンスなんて皆無なんだよ。俺に感想を聞く方が間違えているぞ」
「先輩は女心を何もわかっていないです。そんなんだから高二にもなって童貞なんですよ……」
そう言われて俺はギクッとする。
なんだ? 高二男子ってのは大半が童貞だと思っているんだが、実際のところはどうなんだ? 俺が知らないだけでみんなもっと経験しているのか? 実はクラスで一人取り残されているのか? そんなことを考えていたら急に不安になってくる。
「べ、別に俺は一言も童貞だなんて言った覚えはないぞ」
と、狼狽した様子でそう返すと廣神はクスクスと可笑しそうに笑った。
「先輩って本当に素直な人ですね。でも残念です。先輩がどれだけ隠したところで、先輩の身体からは童貞の香りがプンプンしますよ」
俺は慌てて体臭を確認する。そんな俺を見て廣神はまたクスクスと笑う。
が、そんな廣神の笑い声が不意にピタッと止まった。不思議に思った俺が顔を上げると廣神は目を見開いて立っていた。
「なんだよ急に」
俺が首を傾げていると、突然、俺のもとへと歩み寄ってくると不意に俺の胸に顔を埋めると、ぎゅっと俺を抱きしめた。
「なっ……」
あまりにも突然の廣神の行動に俺が困惑していると、廣神は不意に顔を上げて「や、やばいです……」と動揺した様子だ。
「は、はあ? 何が……」
「先輩、さりげなく後ろを振り向いてください……」
「はあ?」
俺は言われるがままに後ろを振り返る。が、そこに見えるのは夕方の街角を歩く帰宅途中のサラリーマンや学生だけだ。
「スーツを着た男が見えないですか?」
「そんなの無数にいるよ」
「そうじゃないです。黒いスーツのサングラスをかけた男です」
「ええ?」
俺は目を凝らす。すると、確かに明らかに周りから浮いた黒いスーツを着たサングラスの男があたりをきょろきょろと眺めながら立っていた。
「なんだよあいつ……」
「あれは廣神グループの人間です。きっと家に帰らない私を強引に連れ戻そうと両親が差し向けたんだと思います」
なるほど、ようやく俺は廣神が自分に抱き着いてきた理由が分かった。が、理由がわかったところで廣神が俺に抱き着いているという事実は変わらない。俺は緊張の汗を流しながらじっとしていると、廣神の胸の鼓動が豊満な胸を伝って俺の身体にまで響いた。
どうやら相当焦っているようだ。
「あの男がいなくなるまで、こうしていてください」
「いや、そんなこと言われても……」
この状態は廣神を言う通り童貞の俺にはなかなかキツイものがある。が、そんな俺の動揺は廣神にはお見通しのようで。
「こんな時に童貞をこじらせないでください」
と、俺のつま先を踏みつつも、
「おねがいです先輩。もう少しだけ我慢してください……」
と、小刻みに身体を震わせながら小さくそう呟いた。
「………………」
俺には廣神の家のことなんてこれっぽっちもわからないが、廣神は相当その男に怯えているようだった。だから俺は密着する廣神に堪えながらも、その場でじっとしていた。
それからどれぐらい経っただろうか。黒服の男は見えなくなった。
おそらくは一分ほどの出来事だったのだろうけど、俺にとっては一時間、二時間以上長く感じられた。
「もう大丈夫だぞ……」
そう言って廣神の背中をぽんぽんと軽く叩くと、廣神は恐る恐る顔を上げると俺の身体から顔を覗かせて黒服がいなくなったことを確認する。そして、男がいないことを確認すると、ほっと胸を撫で下ろした。
が、顔を上げた廣神は明らかに動揺したように目を泳がせていた。
「お、おい、大丈夫か?」
「え? は、はい、大丈夫です……」
俺が声を掛けると廣神は一応はそう答えたが、明らかに大丈夫そうではなかった。心配になった俺は「そろそろ帰るか?」と提案すると廣神は「そ、そうですね……」とかろうじてそう答えた。
「でも、困りました……」
「なんだよ」
「リムジンは一時間後に到着するように手配しているんです。まあ、電話を掛ければすぐに来てくれるとは思いますが、それでも三十分以上はかかると思います。それまでどうしよう……」
廣神はあの黒服とまた鉢合わせるのを恐れているようだった。そのリムジンが来るという時間までどこかで身を潜めなければならない。が、こんな見通しの良い街中を歩いていたらすぐにあの黒服の男にバレるに違いない。かといってここでじっとしていたら、いずれあの男はここへとやってくるかもしれない。
そんなことを考えていると廣神はレジへと歩いていき、店員に何かを告げて黒いカードを手渡すとしばらくしてまた戻ってきた。そして、彼女は不意に紙袋で両手の塞がった俺の腕を掴むと「行きましょ」と俺の腕を引く。
「行くってどこに……」
「私にいい考えがあります」
よくわからないが、ここは廣神の言う通りにしておいた方が良さそうだ。俺は店を出ると、廣神に腕を引かれたまま、よくわからないまま歩き始めた。
※ ※ ※
それから俺たちは路地裏を五分ほど歩いた。その間に廣神はどこかへと電話をかけていた。よくわからないが「位置情報を送るからすぐに来てほしいの」と言っていたのでおそらくリムジンを呼んだのだろうと俺は勝手に予想した。
それはそうと……。
俺は廣神に腕に引かれながら歩いていたが、気がつくと俺たちは中心街から少し外れた歓楽街へとたどり着いていた。そこは飲み屋やキャバクラ、ホストのような店が軒を連ねるどう考えても高校生が二人で歩くには似つかわしくない大人の街だった。
が、廣神はそれどころの様子ではなく「どこかに身を隠すところがあればいいのですが……」と不安げに当たりを見渡していた。が、不意に足を止めると何かを指さすと何やら安心したように笑みを浮かべる。
「あそこなら、やり過ごせそうです」
俺は廣神の指さす方へと顔を向け、数秒後に心臓が凍りついた。
「お、お前、本気であそこに入ろうとしているのか?」
「そ、そうですが……何か問題でもありますか?」
廣神は不思議そうに首を傾げる。
いや、だってあれは……。
廣神の指さす方向には何やら『HOTEL』と書かれた煌びやかな建物が立っていた。そして、看板には『休憩4500円 宿泊10000円』と書かれている。
「いや、さすがにあそこはやばくないか?」
俺は冷や汗を流しながら廣神を見やると、相変わらず廣神は不思議そうに首を傾げていた。
「もしかしてお金の心配ですか? 安心してください。全て私が出しますので」
「いや、そういうことじゃねえよ。お前、あそこが何なのかわかっているのか?」
「え? 私にはただの安くさいホテルにしか見えませんが……」
どうやらこの女は相当な世間知らずのようだ。まあ、あんなホテルは廣神グループの御曹司には縁のないものだ。
「なんていえばいいのか俺にも説明は難しいけど、なんというかあのホテルは……あ、愛し合う二人が、物理的に愛を確かめ合うための場所というかなんというか……」
と、そこまで言ったところで廣神は不意にはっとした表情を浮かべると、彼女には珍しく少しだけ頬を赤らめて俺から顔を背けた。
「う、噂にはきいたことはありましたが、あそこがそういうところなんですか?」
「ま、まあそういうことだな……」
「…………」
「…………」
俺たちは追われている身だということも一瞬忘れて少し気まずい空気を共有していた。
が、不意に廣神は顔を背けたまま視線だけを俺に向ける。
「でも、今はそんなことを言っている場合ではないです」
「お前、正気か?」
「はい、それにきっと先輩はあそこに入ったところで私に何かできる度胸はないでしょうし……」
「酷い言いようだな」
「じゃあ、できるんですか?」
「それは……」
「まあ、仮にそういうことになったとしても私は別に文句は言いませんよ?」
「なっ……」
と、そこで廣神はわずかに笑みを浮かべる。
「その代わり、ちゃんと責任取ってくださいね」
そう言うと廣神はホテルの方へと俺の手を引いて歩き始めた。なんとも気まずい空気が二人を覆う。どんどんとホテルへの距離が短くなっていく。
そして、ホテルの目の前へとたどり着いたその時だった。
「見つけましたよ。お嬢様」
そんな声が背後から聞こえ、俺たちは同時に振り返る。
そこには黒い服の男がサングラス越しに俺たちを眺めながら立っていた。
終わった……。
俺たちは見つかってしまった。
直後、廣神はぶるぶると震えながらぎゅっと俺の腕を力強く握りしめた。
「お嬢様、お父さまとお母さまがお待ちです。今すぐにお屋敷に帰りましょう」
男は表情一つ変えずにそう言うと、一歩また一歩と慎重に俺の方へと歩み寄ってくる。
「せ、先輩……」
廣神にはさっきまでの威勢の良さは微塵もなく、まるでか弱い少女のように震えているだけだ。さすがにそんな廣神を見ていると、散々弄ばれている俺にだって慈悲のような気持ちが芽生えないわけでもない。
俺はどんどんと近づいてくる男を見つめながら、打開策を考える。
そして、
「あ、あれはっ!!」
と、俺は黒服の男の背後を指さした。直後、男は驚いたように後ろを振り返る。
いや、かなり古典的なやり方だ。だが、効果は絶大だった。男が反射的に後ろを振り返った瞬間に俺は両手に持っていた紙袋を右手に持ち帰ると、開いた手で廣神の手を握った。
そして、廣神の手を引くと全力で走り始めた。直後、黒服の男もすぐに騙されたことに気がつき追いかけてくる。
「ちょ、ちょっと先輩、速いですっ!!」
「日頃の運動不足を悔やむんだな。それとも捕まりたいのか?」
「そ、そういうわけじゃないですけどっ」
と、廣神は何とか俺に引っ張られながら走っていた。が、いくら全力で走ったところで黒服との距離は縮まる一方だ。
このままじゃ捕まる……。
後ろを振り返ると黒服の男は手を伸ばし、今にも手が届きそうなところまで近づいてきていた。
と、その時だった。
突然、黒服の顔面に何やら赤い物体がもの凄い勢いで直撃して、男は思わず立ち止まると鼻を押さえる。その突然の出来事に思わず、俺たちは足をとめて呆然と男を眺めていた。
男の足元には何故か真っ赤なハイヒールが転がっていた。
が、直後。
「おい、お前たち、何を突っ立ってんだっ!!」
と、そんな声がするので後ろを振り返ると、そこには一台の真っ赤なオープンカーが止まっていた。そして、そのオープンカーの運転席にはこれまた真っ赤なドレスを身に纏った若い女性がこちらを見つめながら立っていた。
「ボケッとするなっ!! 早く車に乗れっ!!」
と、そこでようやく俺はその女性の言葉が俺たちに向けられたものだと気がつき、廣神の手を引くとオープンカーへと向かって走り出した。




