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#12 想定外のさらに外側

結局、謎の少女廣神未希を突き返すことに失敗した俺と先生は彼女を部屋へと招き入れることにした。


どうせ、このまま返したところでこの女は何をしでかすかわからない。それならばいっそ彼女の用件を聞いて適切な処置をしたほうがいい。


廣神は俺と先生とテーブルを挟んで対峙するように座ると、俺の淹れたお茶を啜っていた。


そんな彼女を俺が観察していると、彼女は俺の視線に気がついたようで、にっこりと笑みを浮かべかえした。


きっとこの笑顔に他の男子生徒たちはころッと落ちるのだろうが、今の俺にとってはただ腹立たしいだけだ。


そして、先生はというと……。


「バレっちゃった……どうしよう……バレちゃった……どうしよう……」


虚ろな目で何やら一人でぶつぶつと呟いていて、完全に置物と化していた。どうやら廣神にバレたことが相当ショックだったようだ。


「で、用件はなんだよ。ただ俺と先生が一緒にいるのを確認しに来たんじゃないんだろ?」


そんな俺の質問に廣神は相変わらず、わざとらしく首を傾け、口角に指を当てると困ったような表情を浮かべる。


「用件ですか? いっぱいありすぎて、どこから話せばいいか困っちゃいます……」


「なんだ? 金か? 言っておくけど俺も先生も振る袖すらない状態だぞ」


「安心してください先輩。私、先輩やさくらみたいにお金には困っていないですから」


そう笑顔で答える廣神。


いちいち癪に障る奴だ。一発だけでいいからこいつをぶん殴ってやりたい。


「ならなんなんだよ……」


俺は目の前の美少女の考えていることが一ミリも理解できなかった。この女がわざわざ俺たちの弱みを握って何か得なことでもあるのか?


「そうですね。いっぱいあるんですけど、しいて言うなら……」


と、そこで廣神は湯飲みを置くと、身を乗り出すようにテーブルに手を付くいた。そして、ぬっと首を伸ばして顔を接近させる。俺を見つめると笑みを浮かべた。


「しいて言うならば、私、近本先輩の恋人になりたいです」


「は?」


俺は彼女の口から飛び出した予想外、いやそのさらに予想外な言葉にポカンと口を開く。どうやら置物と化していた先生もその言葉に我が耳を疑ったようで、思わず俺と先生は顔を見合わせた。


そして、


「「ええええええええええええええええええっ!!」」


俺と先生はボロアパート全部屋に響くほどの大声で絶叫した。


「お、おい、何の冗談だよ。ってか、お前さっき俺とは初対面だとかなんとか言ってたよな?」


「そ、そうだよ未希。確かに近本くんは優しい男の子だとは思うけど、な、なんというか突然すぎるよ」


動揺を隠せない俺と先生だったが、爆弾発言をした当人のほうはいたって冷静で、のんきにお茶を啜っている。


「別に初対面でもなんでもいいじゃないですか。私は先輩の恋人になりたいんです。それに先輩だって学校で一番可愛い女の子と付き合えるなんて、願ったり叶ったりじゃないですか」


どうやらこの女に謙遜という概念はないようだ。


その鼻につく態度に一矢報いてやりたいところだが、彼女の顔は先生を除けば事実一番可愛いと思う。それがさらに俺を苛立たせる。


が、ここはあえて平静を装って静かにお茶を啜る。


「仮にその恋人になりたいという願望が本当だとしても、お前にはその裏にある何か本当の目的があるはずだ。それを先に話せよ」


そう言うと廣神はわざとらしく驚いた。


「先輩って結構勘が鋭いんですね。私、頭のいい男は好きですよ」


「で、お前の本当の目的はなんだ」


「それよりも先輩。さくらとの関係はどうなんですか?」


と、そこで廣神は話を逸らすように、そんな質問をしてくる。


「何でそんなことお前に話さなきゃいけないんだよ」


「つまり、私には話せないような関係なんですか?」


「いや、ただの居候と家主の関係だよ。言っておくが先生と俺はお前が期待しているような関係じゃないからな。あと、さっきからさくらさくらって妙に馴れ馴れしいけど、お前の方こそ先生とはどういう関係なんだよ」


さっきから気になっていたことだった。先生は廣神のことを未希と呼ぶし、廣神は先生をさくらと呼ぶ。どう考えてもただの教師と生徒の関係ではなさそうだ。


「近本くんには話していなかったけど、未希との関係は結構長いんだ……」


そんな俺の疑問に答えたのは廣神ではなく先生だった。


「出会ったのは、私が中学生の頃だからもう十年ぐらい前かな。迷子になって泣いていた未希を家まで送ってあげて、家も近かったから妹みたいにずっと可愛がってたんだ。こう見えて昔はすごく泣き虫で、よく私の膝の上で泣いてて可愛かったなぁ……」


と、先生は自分の置かれた状況も忘れて、過去を懐かしむようにそう話す。


「ねえ、さくら……」


と、そこで廣神は先生を見やった。何やら彼女は深刻そうな表情を浮かべていた。きっとこの表情は作られたものではない。


「さくらはもう先輩とえっちしたの?」


何を言い出すかと思えば、廣神はそんなド直球な質問をして俺を度肝を抜いた。もちろん先生の方もあまりに直球すぎる質問に顔を真っ赤にする。


「きゅ、急に変なこと聞かないでよ。わ、私は確かに近本くんの家に居候させてもらっているけど、別に付き合っているとか、そういう関係じゃないよ」


「へぇ……じゃあさくらはまだ処女なの?」


廣神はさらにとんでもない質問をする。あまりにも刺激の強い質問に先生は「ひゃっ!?」と間抜けな声を上げる。


「さくら、どうなの?」


「そ、それは……」


先生は顔を真っ赤にして俯いた。


「だ、だって、私、ずっとアイドルやってたし、今は仕事のことで手いっぱいだし……」


そうかろうじて答える先生。そんな先生の言葉に廣神はほっと胸を撫で下ろすようにため息を吐いた。


「そ、そうだよね。さくらは私にとって永遠のアイドルだし、そんなことするわけないよね……」


と、俺をすっかり置いてけぼりで、一喜一憂する廣神に俺は「おいっ」と自分に意識を向けさせる。


「で、お前の目的はなんなんだよ。さっきから俺の恋人になりたいとか言い出したり、先生が処女かどうか尋ねたり、話の方向性がちっとも見えないぞ」


俺が処女という単語を発した瞬間、先生は「はわわっ……」とわけのわからない声をだしていたが、今は先生に構っている暇はなかった。


そんな俺に廣神は再び俺を見つめた。


「先輩は案外勘が鈍いんですね。ちょっと幻滅しそうです……」


「うるせえ。俺と先生にわかるようにはっきりと言いやがれ」


そう言うと廣神は「いいですよ」と不敵な笑みを浮かべる。


「私はさくらに変な虫がつくのが嫌なんです」


「その変な虫ってのは俺のことか?」


「そうです。私はさくらにはいつまでもアイドルでいて欲しいんです。まあ、さくらが先輩のことを好きになることなんてないと思いますが、男と女が同じ屋根の下で暮らしている以上、何かが起きないとも限らないので……」


何というかこの女は先生のことを異常なまでに信奉をしているようだった。彼女の先生に対する思いは近くのお姉さん以上のものを感じる。


「さくらが穢されるぐらいなら、私が穢されます」


なるほど、ようやく話が見えてきた。どうやらこの女は俺が先生に対して下心をもっていると決めつけたうえで、俺の関心を自分に向けて俺から先生を守ろうと思っているようだ。


 なんという、自己犠牲の精神だ。いったい何が彼女をこうまでさせているのだろうか。


「だから、先輩は私の恋人になってください」


「いやだと言ったら?」


「今すぐ先輩と刺し違えます」


「おいっ!!」


 なんというメンヘラ女。可愛い顔して結構えぐい性格をしている。


 とりあえず彼女を冷静にさせなければならない。


「確かに俺は先生のことが好きだけど、それはあくまで教員としてだ。俺だって一線ぐらいわきまえてるさ」


「信じません」


 あっさり否定された。


「だいたいお前だって俺みたいな地味な男子生徒と付き合ってもつまらないだけだぞ?」


 いくら何でも俺と目の前の現役アイドルとではあまりに釣り合いが取れていない。


 だが、俺の言葉もむなしく廣神は眉一つ動かさない。


「私は先輩のこと本気で愛していますよ」


「よく平気な顔でそんな嘘が吐けるな」


「嘘じゃないですよ。私は本当に先輩を愛しています。そのためにこれまで努力して来たんです」


「努力?」


「ええ、私は先輩と先生が同棲していることに気がついてから、あらゆる催眠術師を尋ねたり、自己暗示をかけ続けたりしました。寝る間も惜しんで鏡に向かって先輩のことが好きになるように唱え続けました。それでようやく自分が先輩のことが好きだと騙すことに成功したんです」


 淡々とそんなことをのたまう廣神。


 もちろん、俺はそんな話を信用するつもりはない。そして、その疑いの目が廣神にも伝わったようだ。


「はぁ……先輩はまだ私のことを信じてくれないんですか? しょうがないですねえ……」


 そう言うと、廣神は立ち上がって俺のすぐそばまでやって来た。


 そんな彼女を呆然と眺めていると、不意に廣神は俺の前でしゃがみ込む。


 そして……。


 廣神は突然、自分の唇を俺の唇にくっつけた。


 それはきっとキスというやつだ。


 俺はあまりの出来事に動けない。ただ感じるのは廣神の柔らかい唇の感触と、彼女がわずかに漏らした吐息の音だけ。


 多分、彼女が俺にキスをしていたのは、二秒ほどだと思う。だが、俺にはその時間がどこまでも長く感じた。


 廣神はゆっくりと唇を俺から離すと、顔を接近させたまま上目遣いで俺を見つめた。


「もしかして、キスをするのは初めてですか? でも、安心してください。私も初めてですから……」


「なっ……」


 頭が真っ白になった。


「先輩は私を好きになる以外に選択肢はないです……」


「…………」


「きっと先輩のことを骨抜きにしてみせますから。楽しみにしていてくださいね……」


 そこで廣神はにっこりとほほ笑んだ。


 俺は体が硬直してしまって、声を出すことも身動きを取ることもできない。が、そんな俺をおいて廣神は立ち上がるとそそくさと家を出て行ってしまった。


 それからどれぐらいの時間が経っただろうか。俺は不意に金縛りから解けて息を荒げる。


 なんなんだあの女は……。


 自分の想定をはるかに上回る彼女の言動に、俺は自分の身に起こったことを整理することすらできない。


 そ、そうだ。


 俺は隣に先生がいたことを不意に思い出し彼女を見やった。


 先生は仰向けになって気絶していた。

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