第三十六章:兆しと不穏
ルミナスの街に、爽やかな朝の光が差し込んでいた。
連日の激戦による筋肉の強張りは、一晩の深い眠りと、宿の親父が用意してくれた特製の薬草風呂によってすっきりと解消されていた。
レイはいつものように、夜明けと同時に宿の裏手で素振りを終え、大剣の手入れを始めていた。
布で丁寧に刃を拭うたび、鋼が鈍い光を放つ。
潰れた手のひらのマメは硬く固まり、新たな皮膚が肉を覆いつつあった。
この大剣の重み、そして己の肉体。その双方が、確実にルミナスの土地に馴染み始めている。
「よう、相変わらず朝が早いな、レイ」
宿の食堂へ下りると、すでにアレンとボルグがテーブルについていた。
アレンは新調したばかりの双剣の鞘を磨いており、ボルグは山盛りの干し肉とパンを器用に口へと運んでいる。
「おはようございます、アレンさん、ボルグさん。今日のご予定は?」
レイが席につくと、アレンは少しだけ真面目な顔になり、手元に広げていた一枚の地図を指し示した。
「ああ。黒岩の巣窟の蜘蛛をあれだけ間引いたからな、しばらくあの周辺は安全になるはずだ。……だが、今朝ギルドの掲示板を見に行ったら、少し妙な噂が流れていてね」
「妙な噂、ですか?」
「ルミナスのさらに東、国境のさらに向こう側にある『砂塵の荒野』だ。あそこから、普段は見かけない強力な魔物が、こちらの交易路近くまで南下してきているらしい」
アレンの言葉に、ボルグが喉を鳴らしてエールを飲み干し、口を開いた。
「本来なら、国境の守備隊が押し戻すはずなんだがな。なんでも、向こうの荒野で大規模な『縄張り争い』でも起きたんじゃないかって話だ。おかげで、その煽りを食った魔物たちが、ルミナス側へ逃げ込んできている」
レイは静かにその話に耳を傾けた。
未知の土地、そして見たこともない魔物。
ギルムの変異種、ルミナスの鎌虫や暗殺蜘蛛。
世界には、自分がまだ出会っていない強敵が無数に存在している。その事実が、恐怖ではなく、純粋な武者震いとなってレイの背筋を駆け抜けた。
「……その魔物の討伐依頼、もうギルドに出ているんですか?」
レイの瞳に宿る静かな光を見て、アレンはふっと不敵に笑った。
「ああ、指名依頼ではないが、規模の大きい調査兼討伐の募集が始まっている。どうだ、レイ。俺たちと一緒に、その『砂塵の風』がどんなものか、確かめに行かないか?」
「はい。ぜひお願いします」
レイは迷うことなく頷いた。
背中の大剣が、まるで新たな戦場を待ち望むかのように、ずしりとした確かな存在感を彼に伝えていた。
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