1255 おじさんちの母親は弄ぶのが好きなのかい
国王の私室である。
「ほおん……」
ヒクヒクと頬が引き攣る国王だ。
父親から報告を受けていたのである。
姪っ子が勲章を作る、と。
「その習作も見せてくれたのですが……」
思わず、口ごもってしまう父親だ。
朝に見た、あの勲章を思いだしたから。
「その……なんと言いますか」
「うむ……言わんでもよい。わかる、わかるぞ」
国王はうんうんと頷いていた。
だって、あの姪っ子だもの。
なにをしたのか――。
かんたんに言えば、だ。
こっちの想像を軽くぶっちぎってきたはずである。
「ミスリルと大聖樹を素材にした勲章ですね」
「なぜ言う!?」
聞きたくなかった。
聞きたくなかったから、口止めしたと言うのに。
目の前にいる弟はあっさり裏切ってくれた。
ミスリルはまだしも大聖樹。
いや、ミスリルだって希少な金属ではある。
ただまぁ国家レベルで考えると、そこまでというほどではない。
が――大聖樹の方は聞き捨てならない。
いや、そんな素材をどこで入手してきたというのだ。
あれは隣国の聖樹国では象徴とも言えるものである。
それを素材として作るとか……。
もう想像の斜め上をいきすぎというものだろう。
「いや、兄上にも私と同じ悩みを抱えていただこうかと」
実に悪い顔をしている父親である。
「大聖樹の方はうちで預かっているケルシー、ダルカインス氏族の娘へ贈るそうなので、大きな問題にはならないでしょう」
「……いや、むしろ問題にならないか? 私も欲しい、と」
「それはまぁそうかもしれませんが……うちの娘は風の大精霊の御子でもあるので大丈夫でしょう」
「ああ――そっちもあったか」
まったく、あの姪っ子は。
そんなことを思って、国王は深い息を吐く。
脳裏に描かれるのは超絶美少女の笑顔だ。
あれに悪意などないことはわかる。
わかるだけに、よりたちが悪い。
「ということで兄上、うちの娘が作ると言ったら作りますので覚悟を決めておいてくださいね」
と、腰をあげる父親である。
仕事の前に私室に寄ったのだ。
部屋を出て行く前に、ふと足をとめる。
「そうそう。兄上、聖樹国からの留学生を受け入れる準備はどうです?」
ククノのことである。
春から王国へ留学してくるのだ。
「ああ――そっちも進んでおるよ」
「それは重畳。こちらも話を進めておきますので、よろしくお願いいたします」
「……うむ」
と、部屋を出て行く父親だ。
残された国王は大きく息を吐く。
「……ふぅ。さて、どうなることやら」
それから数時間後のことである。
おじさんと母親が揃って、登城していた。
「え? ヴェロニカ?」
おじさんが登城することは予想できていた父親だ。
その付き添いに母親までいることに驚いたのである。
「なによ? 私がいちゃおかしい?」
母親が笑いながら言う。
なんだか機嫌がよさそうなのだ。
そのことを少し不審に思う父親である。
だが、そのことを一切表情にはださない。
できる男なのだ。
「お父様、予想はついているかと思いますが、勲章ができましたのでお持ちいたしました」
「……ああ、うん。ありがとう、リーちゃん」
目の前に置かれた三つの化粧箱。
箱そのものが芸術的な工芸品である。
そのことを置いて、父親は母親を見た。
にやりとしている。
やはり、そうだ。
よほどスゴいことになっている。
勲章が。
だから――様子を見に来たのだろう。
面白がって。
「陛下にも見ていただきたいのですけど」
「そうだね、その方がいいか。義兄上にも見ていただいた方がいいだろう。ドイルは不在だけど……」
軍務卿は今王都にいない。
定期的な巡回にでているからだ。
「そっちはもう手を回しているから問題ないわよ」
宰相の件だろう。
そうこうしていると、ドタドタと足音が聞こえた。
「ヴェロニカ!」
ばん、とドアが開く。
宰相が走ってきていたようである。
「どうしたのよ、お兄様」
「その、本当なのかい! 大聖樹の勲章って!」
「私が……そんなつまらない嘘をつくとでも?」
「ぐぬ……そ、そういう話ではなくてだね!」
母親の威圧に怯まない宰相である。
さすがに兄というだけのことはあるだろう。
そこはおじさんが割って入る。
「大聖樹の素材なら使っていますわよ」
「リー? そうか! リーなら手に入れられるか」
「ん~閣下はなぜそこまで大聖樹のことを気にされているのです?」
疑問に思うおじさんだ。
のんびりとした口調で確認をとる。
「リーちゃん、うちの兄上は植物の研究家でもあるのよ」
「ほおん……そうなのですか。初耳ですわ」
ラケーリヌには霊山ライグァタムもある。
そこで採取される貴重な植物は公爵家にもたらされるのだ。
幼い頃、宰相はそうした植物に魅せられた。
だから長じた今となっても、色々と収集しているのだ。
特に大聖樹については強い関心があった。
なにせ聖樹国という国の名前にもなるほどなのだから。
「ま、そのお話は後でしましょう。とりあえず陛下のところに行きませんか」
おじさんが話を振った。
それもそうか、と腰をあげかけたときだ。
「入るぞ、スラン!」
国王その人であった。
腰が軽い。
「どうぞ」
既に関係者が集まっているのを見て、国王はにやりとした。
「余がこっちにきた方が早かろうと思ってな」
どかっと上座に座る国王だ。
おじさん特製のソファは随分と座り心地がいい。
なので、気に入っているのだ。
「どれ、これが勲章かな」
精緻な装飾を施された化粧箱を見る国王だ。
「そうですわ。陛下にも見ていただきたくでお持ちしましたの」
軽く微笑むおじさんだ。
その笑顔を見ながら、国王は言う。
「うむ。その前にまずは労おっておこう。リー、大儀であった」
「もったいないお言葉ですわ」
すっと頭を下げるおじさんだ。
「うむ。では、拝見しよう」
化粧箱のひとつを手に取る国王だ。
ずしりとした重量感がある。
最初にでてきたのは戦時大勲章であった。
マルタ十字をベースにした勇ましい勲章である。
中央にはオリハルコンでできた咆哮するグリフォン。
「あ……あ……なんぞ、これは」
言葉が巧くでてこない国王だ。
そのデザインに見惚れてしまったのである。
それは宰相も同じだ。
宰相はグリフォンが好きである。
なので、特に中央には目がいってしまう。
「ぬあああ! 欲しい! これは余も欲しい!」
ようやく再起動した国王が叫ぶ。
同時に宰相は化粧箱に手を伸ばしていた。
「リーちゃん、こちらの勲章は買い取らせていただきましょう。いくらです! 言い値の倍、いや三倍払ってもいいです」
「ロムルス! 抜け駆けは許さんぞ! 余も欲しいのだからな!」
「ふふ……お兄様。本当にそんなことを言ってもいいのかしら?」
母親である。
とっても悪い表情をしている。
「どういうことかな?」
「その中央にあるグリフォン。オリハルコン製なんだけど」
え? と動きがとまる国王と宰相の二人だ。
オリハルコンもまた伝説の金属。
耳かきほどの量でさえ、それを巡って戦争が起きたとも言う。
そんな金属が、だ。
どかーんと惜しみなく使われている。
つまり、どれほどの財貨でもってしても購えないはずだ。
「ええ……と。ヴェロニカ、もう一度」
「オ・リ・ハ・ル・コ・ン! ですわ、お兄様」
実に嬉しそうに言う母親だ。
同時に宰相は、あばばばばと慌てだす。
そんな伝説の金属が使われているなんて、と。
「こっちが宰相閣下が気になっていた大聖樹の勲章ですわ」
文化大勲章の方である。
漆を使って磨き込まれ、象嵌をもってして飾られた勲章は美しい。
ただの勲章ではない。
そこに威厳まで感じるほど芸術性に富んだものであった。
「あうう……」
国王はもはや言葉にすらできなかった。
もう、どうにでもなあれという気分である。
「こっちの魔法大勲章も見ていただけますか?」
これもまた見事な細工がしてあった。
もはやベースになっているのがミスリルだと驚きが薄い。
希少な金属であるのに代わりはないのに。
「ん~ろ、ロムルス」
「なん……でしょう」
「当初の予定では我らで勲章を買い取り、それをリーに下賜するという形であったと思うのじゃが……」
「……ですね」
「さて、いくらで買い取ってくれるのかしら?」
ニヤニヤとする母親である。
そう、これで遊びたくてわざわざ王城まで足を運んだのであった。




