1243 おじさんうっかり口を滑らせてしまう
「ニーハハハ! バーマン先生! ここはこうよ!」
おじさんが教室に戻ってくる。
廊下にまで響く蛮族一号こと聖女の声。
「なんでそんなに自信満々でまちがうかな~」
「なにいぃいい! まちがっているだとう!」
「ほら、これ~。問題文をよく読むように~」
「……あ!」
おじさんが教室に入る。
一斉に視線が集まった。
「リー!」
蛮族二号ことケルシーが立ち上がる。
とことこと歩いて、おじさんの手をとった。
「聞いて聞いて!」
「どうかしましたの?」
「あのね! エーリカがまちがえた!」
ぷぷぷと笑うケルシーだ。
天真爛漫なのである。
「なんだとー! じゃあ、ケルシーは解けるっていうのね!」
聖女が黒板の前で叫ぶ。
「できらあ!」
売り言葉に買い言葉。
後のことなどどうなろうと知ったことではない。
それが蛮族というものである。
ずんずんと黒板の前に進んで行くケルシーだ。
そこに書かれていたのは割合の問題であった。
百枚の金貨があり、仲間三人でわけるとする。
パーティーの運営資金に四割、残りを等分にわけるとなると一人あたりの取り分は何割かという問題だ。
聖女は二十枚と答えてしまった。
割合を聞かれているのに、だ。
うっかりミスである。
ケルシーは黒板の前で仁王立ちになっていた。
ぶつぶつと聞き取れないくらいの小声が響く。
なにやら計算しているのだろう。
しばらく瞑目して、カッと目を見開く。
白墨を手に、黒板の前で手を動かした。
――じゃんけんする。
黒板にはそう書かれていた。
愕然となるおじさんである。
いや、おじさんだけではない。
教室の誰も彼もが口を開けなかった。
まさかの回答すぎたからである。
「ん~これはどういうことかな~」
男性講師がかろうじて声をあげた。
どや、という顔をしているケルシーがふんすと鼻を鳴らす。
「ケチ臭いこと言うなって話ね!」
自信満々で答えるケルシーだ。
どうやら運営資金とかそういうのは関係ないらしい。
金貨百枚をかけた大勝負をするということだ。
なるほど、とおじさんは納得した。
ケルシーらしいと思ったからだ。
「それで負けたらどうするんだ~?」
「絶対にあーしが勝つもんに!」
「ん~戻ってよろしい~」
男性講師はお手上げのようである。
どう返答していいのかわからなかったのだ。
「にーははははは! さすがあーし! 正解しちゃったなー」
ずんずんと歩くケルシーだ。
おじさんにむかって裏ピースをばちこんと決めた。
「ねえ……あれでいいわけ?」
聖女がぼそりと男性講師にこぼす。
「よくはないかな~。でも、なんて言うんだ~?」
「う~確かにそう言われると……」
聖女も思うのだ。
あそこまでとんちんかんな話をされるとどうしようもない、と。
「ほら、席につけ~」
言われて、聖女も自分の席に戻る。
ケルシーはニコニコしていた。
この笑顔を守ってやるべきか。
そんなことを思う聖女であった。
無事にというか算数の授業は終わった。
途中からケルシーと聖女は飽きたのだろう。
ぐっすりと寝ている。
「……リー様。あの二人はどうしますか?」
アルベルタ嬢である。
「まぁいつものようにいきましょう。期末の試験前に詰めこむしかありませんわね」
「……畏まりました」
「ところでビブリオバトルはどうですか?」
「そちらは順調ですわ。あと七日で予選が終わります」
「その調子でがんばってくださいな」
ニコリと微笑むおじさんだ。
男性講師による講義は続いている。
なんだかんだで午前の講義は終わった。
蛮族たちが寝たことで邪魔をする者がいなくなったのだ。
故にスムーズに終わったと言えるだろう。
昼食の時間になった。
蛮族たちはむくりと身体を起こす。
「ごはんだー」
声をそろえる蛮族たち。
彼女たちの体内時計は正確なのである。
こと食べるということに関しては。
お腹すいたー!
と席を立つ。
今日も元気だなあと思うおじさんであった。
「……なんかさ~物足りないのよねえ」
食堂棟に移動したのだ。
昼食を食べながら、聖女が言う。
「今日も大盛りなのです!」
パトリーシア嬢がツッコんだ。
「そっちの話じゃないの!」
今日も蛮族たちは大盛りである。
煮込み料理とパンをつっつきながら、皆で話しているのだ。
「じゃあ、どういう意味なのです?」
「あれよ、こう刺激がほしいのよ! 刺激が!」
そう言われても、だ。
刺激とはなんのことだと、御令嬢たちは首を傾げる。
「エーリカは身体を動かしたいのですか?」
おじさんが質問をした。
「ん~いんや、身体を動かすのもいいんだけどさ。こうヒリつくようなさ、あるじゃない?」
「ヒリつくですか」
「そうそう。ギャンブルとか命がけの戦いとか、そういうの!」
「また難しいことを言いますわね」
「だってさ~なんか退屈なんだもん」
「なんだもん!」
ケルシーも聖女の意見には同意のようである。
「では、ダンジョンにでも行きますか?」
「ん~最近なんか飽きてきちゃってさ」
まぁ言わんとすることはわかる。
学園の迷宮は初心者向けということもあるから。
難易度は低い。
出てくる魔物だってそんなに強くない。
聖女たちがメインで攻略している三階層までなら、特にその傾向が強いのだ。
「では、もっと下層に潜りますか?」
「ん~やりたい人はいる?」
おじさんの提案にのっかる形で聖女が口を開く。
ケルシーと脳筋三騎士がバッと手を挙げる。
他の御令嬢たちは顔を見合わせて、様子をみている感じだ。
「この様子じゃ却下ね」
「そうですわね。ん~わたくし午後から迷宮を拡張しようと考えています」
おじさんが言う。
学園長にも伝えておいた件である。
ミグノ小湖の湖畔、夜迷いの森は探索に使えない。
いや、使おうと思えば使えるだろう。
ただし、あそこには冒険者を襲った何者かがいるかもしれない。
だから現状では探索禁止になっているのだ。
そこで学園迷宮を拡張するという話である。
「面白そうじゃないの!」
聖女がのってきた。
「ないの!」
ケルシーもだ。
「ん~でも、二人は連れて行きませんわよ?」
えーと抗議の声をあげる蛮族たちだ。
なんでさーと続ける。
「わたくしが作った迷宮を最初に攻略した方が楽しいでしょう?」
「はうあ! そっちの方がいい!」
「いい!」
蛮族たちは実にちょろい。
にんまりと微笑むおじさんである。
「あの……お姉さま、聞いてもいいのです?」
恐る恐るといった感じでパトリーシア嬢が口を開く。
「迷宮を拡張するって……どういうことなのです?」
あ、と思うおじさんだ。
そこまではまだ話してなかったか、と。
ちょっと失敗したおじさんだ。
てへぺろっと誤魔化すのであった。




