1240 おじさんと薔薇乙女十字団のひととき
同じ頃である。
おじさんちのサロンで、むくりと身体を起こす者がいた。
ぐしぐしと目をこすって、ふわぁとあくびをする。
「う~」
ぐるりと周囲を見渡す。
皆が寝ていた。
今日は午前中から野営訓練にでた。
その中で倒れている冒険者たちがいたのだ。
何者かに襲撃を受けた後のようだった。
だから――おじさんちに帰ってきたのである。
皆が揃って。
なんだかんだで不安だったから。
そして、昼食をとった後に寝てしまった。
おじさんが眠りの魔法を使ったからだ。
そんな中、おじさんだけが本を読んでいる。
「リー」
「あら? もう起きましたか」
ぱたん、と本を閉じておじさんは微笑みをむける。
慈愛に満ちた表情だ。
なにせ、おじさんだから。
「うん。起きた」
にぱっと笑うケルシー。
その姿を見て、ホッと一安心する。
おじさんはクラスメイトたちの精神面を心配していたのだ。
襲撃を受けた冒険者という事実が、精神的な外傷になっていないか、と。
この様子ならケルシーは大丈夫のようだ。
とう、とソファから降りて、とことこと歩いてくる。
おじさんの隣に腰を下ろす。
「美味しかったー」
昼食のことだろう。
この世界では恐らく初となるインスタント食品。
そのことを言っているのだ。
「ケルシーはどれが気に入りました?」
ん~と腕を組むケルシー。
少ししてから、口を開く。
「ラーメンも美味しかったけど、焼きそばがよかった」
「そうですか」
たぶん味が濃かったのだろう。
それがお気に召したようである。
「リーはなにが好き?」
「わたくしですか……そうですわね。わたくしは……うどんでしょうか」
おじさんはキツネうどんが好きだから。
揚げの入った、あのうどんがお気に入りなのだ。
「あれも美味しかったねー」
なんだか上機嫌のケルシーである。
そんな話をしていると、またひとりむくりと身体を起こした。
聖女だ。
「う~お腹いっぱいだー」
ぐるっと周囲を見て、おじさんとケルシーを発見する。
聖女も席を移動してくる。
「なんの話してたの?」
「昼食に食べたものの中で、どれが美味しかったということですわね」
「そっかー」
ケルシーとは反対側の席に座る聖女だ。
おじさんが真ん中である。
「アタシは塩ラーメンかな」
「ほう。塩ですか」
昔っからと言いかけて、聖女は口を噤んだ。
さすがにマズいと思ったのである。
「あのあっさりした感じが好きなのよね」
「あれも美味しかった!」
蛮族たちがおじさんを挟んでハイタッチした。
そして――両サイドからおじさんをハグしてくる。
蛮族によるサンドイッチだ。
「どうしたのです?」
ぎゅうと抱きついてくる蛮族たち。
ちょっと戸惑ってしまうおじさんだ。
「なんか落ちつく」
「落ちつくー」
まぁいいかと思うおじさんだ。
色々あったから甘えたいのかもしれない。
好きにさせておくおじさんだ。
三人で他愛のない話をする。
単なる雑談だ。
そうしているとまた起きてくる者がいた。
状況を確認すると、無言で近づいてくる。
「エーリカ、ケルシー。それはズルいですわよ」
アルベルタ嬢が言う。
おじさんに抱きついている蛮族たちを指して言う。
「ふふーん。早い者勝ちだもんに」
「もんに!」
まったく改める気がないようである。
おじさんは苦笑いだ。
「アリィは大丈夫ですか?」
「はい。少し眠ったことですっきりいたしました」
にこりとおじさんに向けて微笑むアルベルタ嬢だ。
「そうですか。ムリをしてはいけませんよ。なにかあればいつでも仰ってくれていいですから」
くんかくんかと鼻を鳴らす聖女だ。
ケルシーはぐりぐりと顔を押しつけている。
「ちょっと。くすぐったいですわよ」
さすがにおじさんも身を捩る。
くすくすと笑う蛮族たち。
「はー。良い匂い。リーってば、なんでそんなに良い匂いするの」
「わかりませんわよ」
そうなのだ。
おじさんは自分の体臭がわからない。
前世では加齢臭だなんだというのは、いちおう気にしていた。
ただまぁできることなど限られてしまうのだけど。
「べつに香水使ってるとかじゃないのよね?」
「そうですわね。特にそうしたものは使っていません。髪には香油を塗っていますけど」
おじさんが使っているものは、温泉地にもおかれている。
「そっかー」
ぐぎぎぎぎと歯がみするアルベルタ嬢だ。
シンプルに羨ましいのである。
蛮族たちが。
「リーはふわふわしてる」
今度はケルシーが言う。
「ふわふわってなんですの?」
「わかんにゃい」
けらけらと笑うケルシーだ。
でも、おじさんの側からは離れない。
「あー! ズルいのです!」
今度はパトリーシア嬢が起きてきたようだ。
蛮族たちの蛮行を見て、声をあげたのである。
「ズルくないもんに!」
「もんに!」
蛮族サンドイッチの圧が強くなる。
絶対にこのポジションは譲らないようだ。
「いいえ、ズルいですわね!」
今度はニュクス嬢だ。
「エーリカ、ケルシー! ここは勝負といきませんか」
「勝負?」
「そうですわね。リー様のお隣争奪メンコ大会ですわ!」
ずこーとなるおじさんだ。
あの真面目なニュクス嬢がと思わないでもない。
随分と蛮族たちに毒されてきたようだ。
「にゅふふふ! いいのかな? そんなこと言っちゃってえ」
聖女が悪い顔をしている。
ケルシーも続く。
「メンコのケルシーとはあーしのこと!」
にははは、と高笑いをする蛮族たちだ。
やはり勝負事には目がないようである。
「とは言えよ!」
聖女が声をあげた。
「アタシたちには何の得もない話!」
「話!」
「あーたたちにはなにかを差しだしてもらわないと割に合わない!」
「合わない!」
言いながら、ケルシーは首を傾げている。
なんのことかよくわかっていないのだろう。
聖女の言うこともわかる。
なぜなら既にお隣の席は自分たちのものだからだ。
ここで勝ったとしても、ただの現状維持。
正しく聖女の言うように割に合わないのだ。
なにせ勝負を受けなければ、現状維持なのだから。
「ぐぬぬぬ。小賢しいことを!」
歯がみするニュクス嬢だ。
「さあ! どうするの?」
「どうするの?」
にははははと蛮族たちは笑う。
既に勝ち組なのだから。
「まったく。これだから蛮族は困るのです。お姉さま、少し失礼するのです」
パトリーシア嬢がとことこと歩いてくる。
そして――ぽすんと空いているおじさんの膝の上に腰を落ち着けた。
「あっー!」
小柄なパトリーシア嬢だからこそだろう。
ニュクス嬢とアルベルタ嬢が叫んだ。
「ズルい! ズルすぎる!」
二人が思わず声を大きくしていた。
それによって他の面子も起きてくる。
「はあ~お姉さまのお膝は落ちつくのです」
なにがどう落ちつくというのだろう。
ただ、おじさんも悪い気はしない。
「ちょっと! さすがにそれはないわよ、パティ」
「仕方ないのです。アリィたちにはちょっと狭いですから」
アルベルタ嬢やニュクス嬢は平均的な身長がある。
おじさんには届かないまでも、身体が大きいのだ。
「それは私たちが大きいと!」
「事実なのです!」
がはっと膝をつくアルベルタ嬢とニュクス嬢だ。
それを見て、がやがやと騒ぎ出す御令嬢たちである。
「大きいのは悪いことではないぞ!」
プロセルピナ嬢たちも参戦してきた。
モデル体型の者たちだ。
「そうだ! ボクたちだって好きで大きくなったわけじゃない!」
セロシエ嬢も参戦する。
「セロシエは平原の民だけどね」
聖女が余計なことを言う。
「平原の民筆頭には言われたくないね」
きっちりカウンターを食らう聖女だ。
「誰が筆頭じゃい! アタシはなだらかな丘の民よ!」
「ははは……丘もなにもないじゃないか。それを平原の民と言うのさ」
「あんだとー!」
「平原の民同士で争うとは愚かなのです」
やいやいと騒ぐクラスメイトたち。
女子は姦しいのだ。
一方で男子たちは完全に空気にならざるを得なかったのである。




