1231 おじさんたちは急遽学園から自宅に戻ってきたけど……
ミグノ小湖の湖畔でのトラブル。
冒険者が何者かに襲われていたというものだ。
幸いにして、彼らは一命を取り留めた。
発見が早かったからだろう。
あのまま放置されていれば、確実に魔物のエサになっていたはずだ。
聖女による治癒が終わり、おじさんは皆を連れて転移した。
そのままおじさんは学園長に報告に。
ゴトハルトたちは冒険者を担いで組合へ。
とりあえず、おじさんたちのクラスはそのまま待機だ。
「ふむぅ……なるほどのう」
おじさんからの報告を聞いて、学園長はその白鬚をしごく。
「面倒なことになっておるな」
「確かに面倒ですわね。いったい何が起こっているのやら」
「恐らくじゃが聞いた限りでは、冒険者同士の争いであろうか。あるいは、その違法煙草に関する件か。リーはなにか聞いておるか?」
「いえ、なにも。うちのニュクスは広く噂を集めておりますから。そのことで軽く聞いただけのようですわね」
「なるほどの。いいじゃろう。リー、今日はもう帰ってよい。皆も衝撃を受けておるようだしの。まぁそれは仕方ない」
「……でしょうね。悪意をもって傷つけられた人たちを目の当たりにするのは初めてのことかもしれませんし」
「じゃろうな。あとはこちらに任せよ。冒険者組合の方にはワシが説明に行く」
「承知しました。では、お言葉に甘えますわ」
「うむ。ようやってくれた」
――ということで、おじさんは家に戻ってきたのである。
皆を連れて。
今日は男子組も、だ。
「うぇええーい!」
聖女とケルシーが我が物顔でおじさんちに入っていく。
もはやこの二人は自分の家だとでも思っているのだろう。
明るく、賑やかな二人である。
使用人たちにとっても好意的に迎えてくれるのだ。
「たっだいまんもーす!」
「まんもーす!」
にはははは、と高笑いをあげる蛮族たちである。
「エーリカ、ケルシー。皆を連れてサロンで待機ですわ。男子も少し寛いで、落ちつかせるといいでしょう」
「……ありがとうございます」
男子たちはものすごく緊張していた。
なにせ公爵家のタウンハウスなのだ。
そうそうに来られる場所ではないのだから。
「よっしゃー任せとけい!」
「任せとけってばよ!」
こっちだー、ついてこい! と蛮族たちが歩き出す。
それを苦笑しながら見るおじさんだ。
「アリィ、わたくしはお母様に報告してきますので。寛いでいてくださってかまいません」
「……承知しました」
では、とおじさんは颯爽と歩いていく。
母親は私室でのんびりと本を書いていた。
おじさんと共同開発をした術式についてである。
「あら? リーちゃん? 今日は早いわね」
どうしたの? と母親がおじさんに問う。
「実はミグノ小湖の湖畔で――」
と、大雑把に報告するおじさんだ。
「ほおん……冒険者の争いねえ」
なにか思うところでもあるのだろうか。
「リーちゃん、使い魔に探らせておいてちょうだいな」
「もちろんですわ。情報収集は大切ですものね!」
ニヤッと笑う公爵家の母と娘であった。
出しゃばる気満々ということだ。
「わたくしは皆をもてなしてきますので。なにかあればお知らせくださいませ」
「そうね、リーちゃん。アドロスにもその話はしておいて」
こくんと首肯するおじさんであった。
家令にも事情を伝え、一息つくためにサロンへと足をむける。
「いよっしゃああああ! 第一回チキチキゴブリン叩き大会よ!」
聖女の声が聞こえてきた。
今日も元気である。
おじさんちのサロンには様々な遊具がおかれている。
モグラ叩きならぬ、ゴブリン叩きもそのひとつだ。
ちなみにおじさん付きの侍女と、侍女長は使用禁止である。
つい侍女の血が騒いで、本体を叩き壊してしまうから。
「……お嬢様。ホーバル家のシャルワール様がおいでになっています」
侍女がおじさんに告げた。
「シャル先輩が? 珍しいですわね。お一人でお訪ねになるなんて」
「なんでも冒険者組合での動きについて話があるそうですわ」
「いいでしょう。こちらに――」
と言いかけて、おじさんは少し逡巡した。
うぇーいと蛮族たちが騒いでいるから。
ま、あれもショックなことを忘れさせようという配慮だと思うことにした。
なので、空いている応接室を指定する。
おじさんちのタウンハウスは広い。
空いている応接室などいくらでもあるのだから。
「シャル先輩、なにかあったのです?」
いつもとはちがう部屋に通されて、シャルワールは少し戸惑っていた。
なので、挨拶もそこそこにおじさんから話を振る。
「ん……いやさっきまで冒険者組合にいたんだけどな。会長にも報せておく方がいいかと思って」
「……もしかして違法煙草の件ですか?」
「さすが会長。もう耳にしてたのか」
「いえ、わたくしもさっき聞いたところなのです」
と、事情を説明するおじさんだ。
「なるほどなあ。こりゃ思ってたよりも厄介なのかもしれないな」
シャルワールも組合でのことを報告する。
違法煙草の件で金級冒険者が動いていることを、だ。
「組合の方でも動いていたのですね。それも当然ですか」
「実際に冒険者が命を狙われたとなると……やっぱり裏のヤツらかな」
「まあその可能性は高いでしょうね」
ふむとシャルワールがソファの背に体重をかける。
ようやく少し落ちついてきたのだ。
「それと――会長にひとつ頼みたいことがあるんだけどいいかな」
「なんでしょう? わたくしにできることなら協力しますわよ」
「春からカラセベド公爵家領で新設される冒険者学校があるだろう? そこに入学したいんだけど、なんとかならないかな」
ダメ元である。
シャルワールは思い切って、おじさんのコネに頼ることにしたのだ。
「ああ――その件ですか。でしたら紹介状をお渡ししましょう。あそこはわたくしが出資しましたし、そのくらいなら雑作もありませんわ」
おほほほ、と笑うおじさんである。
対して――予想外の言葉が返ってきて顔が引き攣るシャルワールだ。
出資したって……。
まだ学生。
しかも一年生なのに?
いや、それを言っても仕方がない。
なにせおじさんなのだから。
予想外なのはいつものことである。
ぱちんと指を弾くおじさんだ。
一瞬で魔法で書きつけられた紙ができあがる。
そこに公爵家の紋まで入った正式な書状だ。
「こちらを見せていただければ問題ありませんわ。というか――後でわたくしから話をとおしておきますので」
「ありがたい! 助かるよ、会長!」
「いえいえ。シャル先輩なら大歓迎ですわね。というかですね、王都からそんなに移籍したいという話がでているのですか?」
「あくまでも受付の人が話してた限りだけど……王都の若手でも半数くらいは興味を持ってるらしい」
「……ほおん」
今回の対校戦で決勝まで駒を進めたのが、おじさんちの冒険者学校だ。
優勝は敵わなかったものの、あれはおじさんが相手だったから。
決勝まで進むというのは、やはり地力があるからだと判断されたのかもしれない。
「まぁ入学希望者が多いのは良いですが、やはりうちの領における学校になりますから。さすがにうちの出身者を優遇しますわね」
ちなみに、とおじさんが続ける。
「いったい何が理由で選ばれているのでしょう?」
「いや、色々と噂にはなっているんだ。これまでになかった新しい講義が取り入れられるとか、対人戦の訓練も積めるとか」
「ああ――なるほど」
心当たりがありまくるおじさんだ。
座学ではテーブルトークRPGを採用されている。
これは祖母が放った鶴の一声であった。
他にもおじさんが提案した公爵家領の貴族学園との交流が増えることなども、ついでに宣伝しておくおじさんだ。
「そういうこともやるのか。うん、楽しみだ」
「ということですわね。ん~シャル先輩なら問題ないでしょうが、くれぐれも王都では気をつけられた方がいいでしょう」
「そのことなんだけが、もうひとつ頼ってもいいか?」
「ん? なんでしょう?」
「いや、しばらくは冒険者組合に顔をだすのはやめようかと思って。あっちに顔を出せば出すほど、逃げられなくなりそうだからな」
苦笑いするシャルワールだ。
実際にそのようなことも言われたから。
「できたらでいいんだが、あの闘技場ダンジョンを利用させてもらえないか?」
「かまいませんわよ。というか学生会の面々ならいつでも利用しても良いと通達をだしていますので転移陣を使ってくださいな」
「え? そうなの? そんな通達をだしてたんだ」
「ええ。もちろんですわよ。ヴィル先輩やキルスティ先輩をお誘いになってもらってもかまいませんので」
「ありがてえ。明日は学園に顔をだしてみるよ」
と、腰をあげるシャルワールだ。
もう帰る気なのだろう
「先輩もサロンにきます? うちの者たちがいますが」
「いや、今日は帰るよ。ありがとう、会長。この礼はさせてもらうから」
「お気になさらず」
退室するシャルワールを見送るおじさんだ。
その後でサロンに移動する。
「だらっっしゃあああああ!」
ばごん、と音が聞こえてくる。
一瞬だが静かになった。
そして――少し遅れて……。
「うおおおおお! しゅごいい! 師匠しゅごい!」
「しゅごい!」
「……あ、またやってしまいましたわ!」
使用禁止の禁を破ったようである。
サロンに入ったおじさんは見た。
縦にひしゃげたゴブリン人形と、小さくなっている侍女の姿を。




