1229 おじさん不在の冒険者組合でシャルワールはうざ絡みされる
数日後のことである。
シャルワールが冒険者組合に顔をだした瞬間だ。
「ごるぁああ」
見れば、あのときの冒険者だった――と思う。
いや、あのときは暗かったからよく顔が見えなかったのだ。
ただ、声と立ち姿の雰囲気が記憶と合致したのである。
「なぁまぁいぃきぃ小僧が!」
「ん? よくわからん」
と、首を傾げるシャルワールだ。
なぜ生意気だと言われるのか。
「おめーが初めてだよ、オレっちの誘いを無視しやがったのは」
ああ、と得心がいくシャルワールだ。
少しだけ考えてから、口を開いた。
「初心者講習でも言ってたけど。知らない冒険者についていくなって」
「え? お前、オレっちのこと知らないの?」
大げさなまでに首肯するシャルワールであった。
「かあああ! かああああ! これだから生意気小僧は!」
「いや、そうは言われても……ええと、蒼天六騎? の……イボさん?」
「誰がイボじゃい、こらあ! ヴォイドだっつうの!」
「惜しかったか」
「惜しいとかじゃねえ!」
まったく、と言いながらヴォイドが親指で隅にあるテーブルをさす。
そこで話そうということだ。
くるりと背を向けるヴォイド。
その背を見送って、シャルワールは受付にむかった。
「ちょおっと待てええい!」
「あの……さっきから変な人に絡まれて困っているんですけど」
そんなシャルワールに受付嬢は苦笑いである。
なにせ相手は王都でそこそこ名の知れた冒険者なのだから。
「……うん。まぁ話くらいは聞いてあげたら?」
「いやあ……そういうことはしたくないかなって」
「どうして? 教導のことだと思うんだけど」
見習い冒険者には教導という制度がある。
要はベテランについて実地で教えてもらうというものだ。
「ん~いや、オレ春からカラセベド公爵家領で新設される学校に行こうかと思ってて……」
「ああ~そういうことなの。あそこすっごく人気があるわね」
「そうなんですか?」
「ええ……新人さんの半数くらいは興味持っているみたいよ。でも、あっちはカラセベド領出身者の入学を優遇するでしょうから、王都出身だと難しいかもしれないわよ?」
「え?」
ちょっとそこまで人気があるとは考えていなかったシャルワールだ。
まさか入学できないとかそういうことがあるのか、と。
そんなシャルワールの肩にポンと手が置かれた。
ヴォイドだ。
「いや、わざわざ行かなくてもいいだろ?」
一瞬、顔を向けたもののシャルワールは華麗にスルーした。
「あの、推薦状みたいなものとか貰えたりしませんかね?」
「ん~有望な新人さんってどこも取り合いだから」
軽く笑いながら受付嬢はシャルワールを見る。
「あなた、学園の出身者でしょう? かなり有望だと見られてるから、そんなことを迂闊に言っちゃうと、組合長が逃がさないようにするかもよ?」
「それは困る!」
「いや、だからさ!」
ほぼ同時にシャルワールとヴォイドの重なる。
「おいおい、なにやってんだよ」
新しい部外者の登場だ。
いや、部外者ではないのか。
シャルワールとヴォイドはほぼ同じくらいの身長である。
だいたい百八十センチちょっとくらい。
それよりも大柄な男であった。
「うるせえよ、ダウリング」
「新人に絡んでやるなって。お前も絡まれてうざがってたろうが」
「いや、それはそうなんだけどな。でもよーあのときの先輩の気持ちがわかるっつーかよ」
「ほおん……」
シャルワールは思った。
今日はこのまま帰ろう、と。
学園に顔をだすのもいい。
いつもならこの時期の学園は静かだ。
大きなイベントがなかったから。
だが、今年はビブリオバトルがある。
あちこちで対戦が行われていて賑やかなのだ。
ヴィルの戦績を聞くのもいいだろう。
それに会長がいるのなら冒険者学校の話を聞いてもいい。
そんなことを考えて、そっと立ち去ろうとしたのである。
が――その目論見は見事に破綻した。
いや、させられてしまったというべきだろう。
「おい! どこ行くんだよ!」
見習いの冒険者だ。
シャルワールのことを貴族のお坊ちゃんとからかった。
「せっかく声をかけてくれてるんだぞ! なんで話を聞かねえんだ!」
彼は怒っていたのだ。
羨望や嫉妬が入り混じった複雑な感情で。
なぜなら彼は声をかけてもらってないから。
蒼天六騎といえば、王都で名が売れている上位の冒険者だ。
そんな冒険者から声をかけてもらえるのは、将来が有望だという意味である。
なら、話を聞くのは当然だろう。
だが――シャルワールにそんな気はないのだ。
あと、さっきの受付嬢の話も聞こえていたのである。
王都からカラセベド公爵家領へ移籍するというものだ。
基本的に地元愛が強い民が多いのである。
だからシャルワールのように、かんたんに移籍するとは言いにくいのだ。
それを平然と言ってのける姿に嫉妬したのだ。
もともと貴族の出身。
平民出身では買えないような立派な装備も身につけている。
端的に言えば、羨ましいのだ。
ただ、そのいらだちをぶけるように見習い冒険者が詰め寄る。
そして――シャルワールの胸ぐらを掴んだ。
「てめえ、なめてんじゃねえぞ!」
なんとなくこの見習い冒険者が言わんとすることもわかる。
が――それを言われても、だ。
シャルワールとて好きで貴族の子として生まれたわけではない。
確かに裕福ではあったし、そのお陰で自分の力を伸ばすこともできた。
つまり、見習いの彼とは環境が大きく違ったのである。
「べつになめてねーよ。オレには魅力的な話じゃないってだけで」
「魅力的じゃない? お貴族様ってのあ、そんなに偉いのかよ!」
「いや、おれは貴族の息子ではあるけど、貴族じゃないし。それにもう少ししたら継承権も放棄するからな。もう平民と変わらないぜ?」
貴族の爵位とは家長の者だ。
そして――一般的には長子が引き継ぐ。
貴族の家族というのは、貴族ではない。
正確にはという話だが。
「な? なにを言ってんだよ! 訳わかんねえこと言うなよ!」
「ん~そっか。悪かったな」
べつに事を荒立てる気はないのだ。
貴族ではない平民が、貴族のルールを知らなくても当然だし。
「ったく。大した隠形だな、オレっちにも気づかせないなんて」
ヴォイドがシャルワールの肩に手を回してきた。
逃がさないぞという意思を見せるためだ。
「はぁ……もう面倒くせえな」
頭をガシガシと掻くシャルワールである。
「ま、とりあえず話をしようぜ?」
ふぅと大きく息を吐く。
もうここから逃げだすのは難しいだろう。
「……わかった。ええと……そっちの人も蒼天六騎の方?」
「おう。こっちのでかいのがダウリング。蒼天六騎の盾役だな」
ヴォイドが答える。
「なるほど。オレはシャルワール」
敢えて家の名前は言わない。
ややこしいことになりそうだから。
「お前にとっても有益な話をしてやっから」
「有益?」
「――見習いの冒険者の間でな、どうも違法な煙草が流行ってるって話だ」
「……なるほど」
これは聞いておいた方がいいだろう。
なんだったら会長に報告する必要があるかもしれない。
いや、学生会の会長がなにをするんだ、という話だ。
冷静に考えれば。
ただ、それでもおじさんには報せておくべきだという直感が働いたのであった。




