1228 おじさん不在の王都で働くシャルワール
――冒険者組合。
王国では様々な組合があるが、その中でも大きな組織のひとつだ。
理由としてはセーフティネット的な役割を果たすからである。
王国では基本的に跡継ぎがすべてを継ぐ。
故に次男や三男などは継ぐべきものがない。
これが貴族になると、また少しややこしい話になるので横に置く。
自作農ならすべての田畑は跡継ぎのものだ。
商家であるのなら、跡継ぎが商会長になる。
職人なら、漁師なら……。
原則として跡継ぎのものだ。
わかりやすく農家を例にとろう。
次男として生まれ、跡継ぎではない場合の話だ。
農家として生きたいのなら、自ら食い扶持となる田畑を開墾しなくてはいけない。
おじさんばりに魔法が使えるのなら、一瞬で開墾も終わろう。
が、ほぼ魔法が使えない一般人にとって、開墾は大変な作業になる。
それこそ年単位で作業をしなくてはいけないわけだ。
加えて、開墾したとて初年からうまくいくとは限らない。
つまり、自作農として自立するのは、とっても難しいのである。
結果、農家となるのなら、小作農にいくしかないわけだ。
おじさんちで言う黄金の三角地帯である。
ここは官製の大規模農地だから、小作農としての条件も悪くない。
ただ、仕事を見つける。
それだけのことだけど、職業選択の自由がないとけっこう大変なのだ。
だからこそ冒険者組合はセーフティネットの役割がある。
食い詰める者がでないための組織なのだ。
「で、あるからして諸君らもがんばって欲しい。金級になれば貴族に仕官することも難しくない。功績によっては一代貴族、あるいは世襲貴族という目も……」
王都にある冒険者組合の一室である。
シャルワールは老講師から退屈な説明を受けていた。
彼は伯爵家の次男坊である。
つまり跡継ぎではない。
兄からは家に残ってくれと誘いを受けている。
が、シャルワールは外に出ることを望んだ。
おじさんという規格外に出会ったことで、自分の知る世界の狭さを知ったからである。
年下の、しかも学生会に入ってきたばかりの女の子にわからされたのだ。
自分は知ったつもりになっていただけだった、と。
だから――もっと外の世界のことを知りたい。
そう考えたのだ。
退屈な座学が終わる。
シャルワールは受付へと足を運んだ。
「あの、すみません。見習いの仕事って残ってます?」
受付嬢というには少し年を召したおばさんが愛想良く笑う。
「ああ――うん。残ってるわよ。と言っても選べるほどじゃないけどね」
「それはべつにいいんですけど……」
冒険者組合がセーフティネットであるというのは、この見習い制度にある。
王国では一般的に十八歳が成人とされる年齢だ。
貴族の場合だと学園を卒業したあとの話になる。
ただ冒険者組合では、それ以下の年齢でも見習いとして、かんたんな仕事をさせてもらえるのだ。
つまり、年齢や身分に関係なく働ける場所なのである。
「じゃあ、今日も下水道の魔物処理ね」
魔物といっても低級のものばかり。
ここで実戦の訓練ができる。
と言っても、だ。
シャルワールのようにしっかり装備がある者にだけ受注できる仕事だ。
だから、この昼過ぎの時間帯であっても仕事が残っている。
書類を渡されて、シャルワールは頷いた。
「ありがとな、助かるよ」
「いいってことよ、がんばってきな!」
受付嬢が笑って、シャルワールを送り出す。
冒険者組合に登録して、およそ一ヶ月ほど。
シャルワールは順調に実戦の経験を積んでいた。
弱い魔物相手だが、学ぶことは多い。
組合を出て行こうとしたときだ。
同じく見習いの輩から声をかけられる。
「よう。貴族のお坊ちゃんってのは余裕だな」
どこにでもあるやっかみだ。
庶民出身の見習いからすれば、装備を揃えるのは大変だから。
「おう。余裕はあるぜ」
実際そのとおりだから。
言っても仕方のないことだ。
生まれのことなんて。
でも、言わずにはいられない気持ちもわかる。
だがシャルワールは怒ったりしない。
「ちっ!」
相手にされていないとでも思ったのか。
声をかけてきた見習いが舌打ちをして去って行く。
「さて、と……」
シャルワールは下水道の詰め所へと向かう。
と言っても、王都にはいくつかあるのだ。
そう言えば、軽く腹が減ったと屋台街を通っていく。
いつもの串焼きを買って、食べる。
この辺りも余裕があると見られる原因だろう。
「組合からきた見習いです」
詰め所で声をかける。
いちおう魔物がいるだけに衛兵が常駐しているのだ。
書類をざっと確認して、衛兵が言う。
「ご苦労様。キミはもう何度かきているよね」
首肯するシャルワールだ。
「じゃあ、いつものように。なにか異変があったら報せてくれるかい」
わかりました、と返答をする。
詰め所の脇にある鉄格子の鍵を衛兵が開けた。
「気をつけてね」
「ありがとうございます」
一礼して、シャルワールは鉄格子を開き、中に足を踏み入れた。
じわっとした高い湿度と、カビの匂い。
決していい匂いではない。
ぱちんと指を弾いて光球をだす。
一気に辺りが明るくなる。
この程度なら、もう慣れたものだ。
いつもならシャルワールの相棒は戦槌である。
が、この下水道は狭すぎて取り回しができない。
ということで、今は短槍を持っている。
だいたい一メートルほどの長さのものだ。
このくらいなら取り回しができる。
ちなみに下水道といっても、さほど汚れてはいない。
なぜならスライムがいて、だいたいのものは掃除してくれるからだ。
ただ――。
ぢゅうううと野太い鳴き声がする。
大ネズミだ。
今回の討伐対象でもある。
尻尾まで含めれば、およそ一メートル半ほど。
かなり大きいのだ。
ただし、その大きさのせいなのか。
動きは鈍重である。
ざくっと短槍で突き刺す。
かんたんなお仕事なのだ。
シャルワールが任された場所は入り口から、およそ二キロほどの直線。
奥まで行って帰ってくる形だ。
そこから先は、さらなる地下へと水が流れこんでいる。
が、道はないのだ。
のんびりと歩きながら行く。
普段なら、ちょっとした散歩くらいの感覚でいける距離だ。
ただ、装備を身につけていると、身体が重い。
そして――大ネズミがいつ襲ってくるのかわからないという緊張感。
たかが二キロ、されど二キロだ。
最初よりは疲れにくくはなっている。
ただ、まだまだ基礎的な部分の体力が足りていない。
そう自己分析するシャルワールだ。
かつんかつんと足音が響く。
水が流れる音、大ネズミの鳴き声。
そして――がしゃんという金属音がした。
――なぜ?
シャルワールが反射的に疑問を抱く。
同時に彼は身構えていた。
「んん? ああ――見習いかな?」
シャルワールのいる大きな通路。
その脇にある扉からでてきたのだ。
装備もつけていない、ローブ姿の男が。
「――あんたは?」
まだ警戒を解かないシャルワール。
「ああ――オレは『蒼天六騎』のヴォイドだ」
「蒼天六騎? 金級の?」
男がにやっと笑った。
「お前、なかなかいいな。しっかり警戒してる」
そう。
シャルワールは頭から信じたりしない。
今も短槍の穂先は男にむいたままだ。
「ま、それでも見習いは見習いだな」
ぱちんと水路の方で音がなった。
その瞬間、シャルワールの意識はそれてしまったのだ。
一瞬ではあるが。
ただの隙に男はシャルワールの隣にいた。
そして肩をポンポンと叩く。
「な。けど、悪くはない。見習いの仕事が終わったら『穂波亭』にこいよ」
「……なぜ?」
くすくすと男は笑った。
そして――
「くればわかるさ」
――と姿を消した。
まだ警戒はとかない。
少しして、肩の力を抜くシャルワールだ。
ふぅと息を吐く。
――まったく。
その日の仕事はそれ以外、何事もなかった。
ちなみに衛兵に確認をしたところ、確かに金級冒険者だったようだ。
怪しい人物かと思っていたのだが。
衛兵から判子を押してもらった書類を組合に提出する。
労いの言葉と小銭を受け取って、シャルワールは組合の外にでた。
「なんだかなー」
と、言いながらシャルワールは歩を進める。
ヴォイドの話は当然だが、スルーした。
いや、そもそも約束なんてしていないもの。
意外と蛮族魂を持っているシャルワールなのだ。




