1227 おじさんトラブルに遭遇しちゃうのかい?
「……リー様」
アルベルタ嬢が蛮族たちを見て絶句していた。
なぜなら彼女たちはもはや屍のようであったから。
「ま……そういうことですわ」
おじさんは見ていた。
侍女が稽古をつける様子を。
まぁ常識の範囲内だろう、と。
ただし、それはおじさんや侍女基準での常識である。
ここが非常に危ういのだ。
常識というものは。
万人に共通するものなどないのだから。
「エーリカとケルシーのことはこちらで見ておきます。ゴトハルトたち騎士を中心に野外料理に進んでくださいな」
はい! と元気な返答があった。
やはり野外での学習というのは楽しいらしい。
騎士たちが中心になって、基本的なことから教えている。
その様子を見ながら、おじさんは口を開く。
「エーリカ、ケルシー」
「……」
返事がない。
まったく、と言いながら治癒魔法を発動するおじさんだ。
「昼食はどうしますの?」
「……食べる」
ぼそりと呟く聖女だ。
がばっと上半身を起こす。
「でも、今日は作りたくなーい!」
ゴロゴロと地面を転がる聖女だ。
ケルシーも同じようにしている。
まぁわからないでもない。
さっきまで限界を超えて訓練していたのだから。
しかも二人が嫌がる地味な筋トレだ。
なにせ、おじさんのようなきれいなカーテシーを決めるには、相応の筋力が必要となってくるのだから。
「では――」
とおじさんが口を開こうとしたときだった。
ミグノ小湖の周りにある夜迷いの森、その空に火の魔法が打ち上がったのだ。
花火の魔法である。
あれは比較的にかんたんなので、騎士の間で緊急の信号として使われていた。
「ん? なにかありましたか」
おじさんが侍女に目配せをする。
「わたくしが行ってきます。サイラカーヤはこの場で待機、エーリカたちの面倒を見ておいてくださいな」
「……畏まりました」
異論はあるが、スッと頭を下げる侍女だ。
では、とおじさんが立ち上がった。
トントンとつま先で地面を叩く。
直後、おじさんの姿が消えた。
圧倒的な速度で移動しただけ。
だが――もう姿が見えなくなっている。
「ほええ……」
蛮族たちが息を漏らす。
「あなたたちもいずれはできるように……」
なります、とは言わない侍女だ。
まだまだ先は長そうだから。
一方でおじさんは森の中を高速で移動していた。
木の枝から枝へと跳んで縦横無尽に駆けていく。
ほどなくして、おじさんは信号弾をあげた騎士を見つけた。
アストリッドだ。
「お嬢様!」
地面に降り立ちながら、おじさんはだいたいの事情は把握できた。
だって、アストリッドたちの前に倒れている者たちがいたから。
「装備を見ると、冒険者ですわね」
人数は三人。
全員が青年だ。
十中八九は駆け出しの新人である。
「はい。認識票で確認をいたしました。全員、息はありますが……」
アストリッドが言葉を濁したのも当然だろう。
なにせ、冒険者たちの背中には大きな傷があったのだから。
それも魔物によるものではない。
これは刃物で傷つけられたものだ。
「本日の訓練は中止とします。良からぬ輩がいるようですから」
アルベルタ嬢たちの班だ。
少し顔を青くさせている。
それもそうだろう。
こうした傷つけられた者を見るのは、恐らく初めてのことだから。
――ぱちん。
と、おじさんは全員を連れて、ミグノ小湖の湖畔に転移していた。
「アストリッド、信号弾を定期的に放ってくださいな」
「畏まりました」
「サイラカーヤ! 周囲を警戒、怪しい者がいれば制圧して構いません」
「はい!」
実に嬉しそうな侍女である。
おじさんが治癒魔法を発動させて傷を治す。
「エーリカ、この者たちに治癒の続きを。致命的な部分は直しておきましたから」
「がってん! この聖女におまかせだもんに!」
「ケルシーはこの場を守ってくださいな。今日はギャルのケルシーではなく、ガーディアンのケルシーですわね」
「わははは! ガーディアンだもんに!」
蛮族たちは切り替えが早い。
さすがに森の中で生きてきただけのことはある。
「皆、ここは安全ですわ。いざとなればサイラカーヤがいますから」
「お嬢様はどちらへ?」
「残りの班を回収してきます」
言うや否や、おじさんは転移で姿を消す。
まずは馴染みのあるゴトハルトの魔力を掴んだのだ。
「むううん」
聖女が冒険者たちに治癒魔法を発動させる。
さすがに聖女といったところだろう。
「ねぇねぇこの人たち大丈夫かな?」
「問題ないわよ。誰が治療しているのと思ってんのさ」
蛮族たちが、ニハハハと笑う。
その姿を見て、少し余裕を取り戻してアルベルタ嬢だ。
「ニュクス……なにかこれに連なる情報は?」
「特には……強いてあげるのなら」
「王都では違法な煙草が流れているという情報がありますが」
「違法な煙草?」
こくんと頷くニュクス嬢だ。
「重度の依存性がある煙草のことですわ」
「それって……」
絶句するアルベルタ嬢だ。
程なくして、おじさんが男子組を連れて戻ってくる。
「ゴトハルト、わたくしが不在の間はあなたが指揮を」
ハッと短くも強い答えを返すゴトハルトだ。
「ちょっといいかしら」
男子班に声をかけるアルベルタ嬢だ。
「王都で違法な煙草ですか?」
男子にも情報を聞いてみたのである。
「そのような話は初耳です」
目立たなくっても彼らは良家のご子息たち。
そのような情報は知らないらしい。
「エーリカ殿、治癒にはあとどのくらいかかりそうですかな?」
ゴトハルトが確認をとった。
「ん~もう終わるかな。でも、気を失っているから」
「……なるほど。承知しました」
冒険者が三人、傷つけられた。
人の手によって。
「まったく……」
これもお嬢様だからだろうか。
少しそんなことを考えるゴトハルトであった。




