1226 おじさんは蛮族たちを翻弄してしまう
聖女とケルシーの二人はうつ伏せで横たわっている。
ぴんと身体を伸ばした状態で、しびびと小刻みに痙攣をして。
侍女の訓練は厳しかったのだ。
ちなみに他の面々は実践訓練に出ている。
蛮族たちが抜けたところで、だ。
本職の騎士がいるのだから安心である。
「もう終わりですか! 聖女もエルフもそんなものなのですか!」
侍女の叱咤が飛ぶ。
いつもなら負けん気の強い二人は奮い立っていただろう。
だが――今はムリだ。
もう限界を二回くらい超えてきたのだから。
「サイラカーヤ、もういいでしょう。そろそろ皆も帰ってくる頃でしょうから」
おじさんが治癒魔法を使ってやる。
どんどこ回復していく聖女たちだ。
しかし、二人は身動きひとつしない。
「あら? おかしいですわね。しっかり回復したと思うのですが……」
しびびという痙攣はとれた。
だが、うつ伏せになって身体はピンと伸ばしたままである。
「仕方ありません。もう少し寝かせておきましょう。がんばった二人のために軽食を用意していたのですが……」
「お嬢様、それは甘やかしすぎというものです」
ビクっと震える蛮族たちの身体である。
お菓子という部分に反応したのだ。
だが、それは実に小さなものだった。
おじさんでなきゃ見逃してしまうくらいの。
「せっかくですから、サイラカーヤが食べますか?」
「いいのですか!?」
「身体を動かしてお腹も空いたでしょう?」
「ありがとうございます!」
侍女の声にまたもやビククッと身体が震える蛮族たち。
おじさんは素知らぬふりをして、てきぱきと用意をする。
先ほど聖女が使っていた調理セットに似たものをだす。
そして――。
じゅわあああ、となにかを揚げるいい音が響く。
それは香ばしい匂いが周囲に広がっていくのだ。
ヒクヒクと蛮族たちの鼻が動く。
さっきとはちがう意味で身体が震えていた。
せめぎ合っているのだろう。
このまま寝たフリをしてやり過ごすか。
あるいは、軽食のために起き上がるのか。
「はい。できあがりましたわよ」
揚げパンである。
余分な油を紙に吸わせてから、砂糖を振る。
すごく良い香りがする。
「召し上がれ」
お皿に盛った揚げパンを侍女がひとつ掴む。
頬張ると同時に、しゃくと小気味いい音がした。
「ん~美味しゅうございます」
「でしょう? 今回はチョコレートを中に入れてですね……」
「我慢できるかあああああ!」
「かあああああ!」
蛮族たちは限界を超えられなかったようだ。
おじさんの手作り揚げパン。
それはとても美味しいものだから。
しかも新作のチョコレート入り。
そんなものを聞かされて黙っていられるほど大人ではないのだ。
蛮族だもの。
「やっぱり……元気ではないですか」
おじさんが呟く。
同時に聖女が言った。
「元気じゃない! だけど揚げパンは食べたい!」
ケルシーが笑う。
「にーはははは。揚げパンと聞いて黙ってられるかああ!」
「ほおん……では、先ほど起き上がってこなかった理由は?」
侍女が揚げパンを頬張りながら、一歩だけ詰めた。
「い、いま! 今気がついたの! ね、ケルシー?」
「お、おう! 今気がついた! エルフ嘘つかない!」
「……狸寝入りをしていたということですか?」
おじさんの言葉に、聖女が先に答える。
「ち、ちがわい! ほんとに寝てたの!」
「寝てたの!」
「……ほんとうに?」
おじさんが詰める。
ちょっとオタオタする蛮族たちだ。
「ま、いいでしょう。こちらに」
空いている席を指さすおじさんである。
「うーほほーい!」
喜び勇んで椅子に座る蛮族一号と二号。
その前にさっと皿をだしてやるおじさんだ。
「はえ? リー?」
「リー?」
そこにあったのはいつものクッキーであった。
揚げパンではない。
「揚げパンのタネはサイラカーヤの分で最後でしたからね」
侍女はと言えば、最後の一切れを口の中に入れたところだ。
何度か咀嚼して、ごくんと飲みこむ。
「とっても美味しかったですわ。お嬢様、ありがとうございます」
「お気に召したようで何よりですわね」
にこりと微笑むおじさんと侍女だ。
「…………揚げパンないの?」
「もうなくなりましたわね」
聖女が椅子から転げ落ちた。
ケルシーもだ。
だんたんと地面を叩いて悔しがる蛮族二号。
「ああぁあぁぁあんまぁああありだああああ!」
聖女が叫ぶ。
「もう完全に揚げパンの口になってるって言うのに! ああぁあぁぁあんまぁああありだああああ!」
聖女もまた地面を叩いて悔しがっている。
おじさん、ドン引きだ。
そこまでか、と。
おじさんだって食にはうるさい。
前世で苦労したから、今生では美味しいものを食べたいのだ。
だから、色々とこだわって作る。
ただ、なければないで我慢もできるのだ。
そういう人生を送ってきたから。
一食や二食抜くくらいはへっちゃらである。
「ん~と言っても本当に材料がありませんのよ。べつに意地悪をしているわけではなくて」
「わかってるうう! リーはそんなことしないもん。わかってるうう!」
聖女はもはや泣いている。
ケルシーもだ。
「まったく。これだから蛮族と呼ばれるのです」
身も蓋もないことを言う侍女だ。
「だあってえええ!」
ん~と思うおじさんである。
仕方ない。
ここは、ちょっとアレといくか。
宝珠次元庫から小麦をだす。
魔法でお湯を作って、錬成魔法を使う。
はいやーとかけ声ひとつで、餃子の皮ができあがった。
もはやよくわからない領域の錬成魔法である。
「お嬢様?」
「この皮にジャムを包んでいきます」
手早く皮の中にジャムを入れ、ピッと合わせてしまう。
その手業はもはや熟練の職人のようでもあった。
できあがったそのジャム入り餃子を揚げていく。
じゅわあああと小気味良い音が響いた。
そこで蛮族たちは顔をあげる。
おじさんがなにかを作っているのを確認したのだ。
しかし、お目当ての揚げパンはない。
――なにを?
と、思っていると最初のもの揚がったようだ。
「はい。こちらを召し上がれ」
「リー? これは?」
「スイーツ揚げ餃子ですわ! はい、サイラカーヤもどうぞ」
いただきます、と侍女がひとつつまむ。
ザクザクとした食感。
しかし、中からじゅわっと甘いジャムの味が広がってくる。
「はふ、はふ……これも美味しいですわね」
侍女がおじさんに微笑む。
「でしょう? わたくしもいただきます。エーリカ、ケルシーは食べませんか?」
「食べりゅ!」
聖女が指でつまんでかぶりついた。
「はふ、はふ……うまー!」
「うまー!」
蛮族たちの口にあったようである。
次に揚がったものに手をだそうとする蛮族たちだ。
その手をぴしゃりといくおじさんである。
「皆が帰ってくるのですから、その分ですわ。余ったら食べていいですから」
「にぃいいいいい!」
地団駄を踏む蛮族たちだ。
その様子を見て、侍女が一歩前にでた。
「まったく! 先ほどから見苦しい。まだ理解していないのですか!」
「はうあ! ち、ちがうんです、師匠」
聖女が口走る。
「け、ケルシーがやれって!」
「なにいいいい! そんなこと言ってないもんに!」
「い、イヤだああああ!」
聖女が脱兎の如く逃げだす。
しかし、二歩ほど踏み出したところで、ずだーんと転けてしまう。
「私から逃げられるとでも?」
ぷるぷると首を横にふる聖女だ。
「にーははは! 師匠、やったんさい!」
ケルシーが言う。
だが、その首根っこが掴まれていた。
侍女に。
「な、なにをするだー!」
「特訓再開ですわ!」
「いやあああああああ!」
蛮族たちの声がミグノ小湖に響く。
おじさんは思う。
もう少し落ちついた方がいいのかも、と。




