1220 おじさん不在の学生会は今日も楽しそうだ
「おらああああ!」
聖女が叫んだ。
その手には札が握られている。
ばちぃんと床に叩きつけたのだ、札を。
ふわり、とその衝撃で床に置かれた札が浮く。
しかし、ひっくり返るまではいかなかった。
「にーはははは! 甘いわね、エーリカは!」
「なんだとー!」
「ま、見てなさいよ!」
厚みのある札を人差し指と中指で挟んでポーズを決めるケルシーだ。
「ほりゃあああああ!」
ばちーんと床に札を叩きつける。
が、今度も札はひっくり返らない。
「ぷーくすくす。さすが口だけのケルシーね!」
「なんだとー!」
血の気の多い蛮族たちである。
ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも、楽しんでいるようだ。
「ん~さっきから二人はなにをしてるです?」
パトリーシア嬢だ。
ちょっと興味があるのかもしれない。
「知らないの?」
ケルシーが悪意なく問う。
それがわかったのだろう。
パトリーシア嬢も素直に返答した。
「知らないのです」
「むふーん。これはね、メンコって言うのよ」
「メンコ……初耳なのです」
聖女がごそごそと宝珠次元庫から冊子をだす。
それは、いわゆるカードホルダーだ。
もちろん、おじさんが作ったものである。
というか聖女にねだられたのだ。
「厚みのある紙で作った札なのです」
ホルダーの中から一枚取り出すパトリーシア嬢だ。
実際に触ってみている。
だいたい大きさは名刺サイズ。
長方形のものだ。
どちらが裏か表かはわからない。
ただ、一方の面には数字が書かれていた。
一から十三まである。
そして、もう一方の面には魔物の絵が描かれていた。
写実的なもので、なかなか躍動感がある。
「これは……なんなのです?」
我が意を得たりと聖女が唇の端をつり上げた。
「ま、こうやって遊ぶものなのよ」
だらっしゃああと聖女が床のメンコにむかって投げ下ろす。
ばちーんと良い音が鳴った。
「ひっくり返したら勝ちなの」
ケルシーが解説を加える。
「ああ――そういうことなのですか」
ここで理解したパトリーシア嬢だ。
「私もやってみていいです?」
手にした札を持ち、ばちーんと床にたたきつける。
が、札は裏返らない。
「むぅ……意外と難しいのです」
「でしょう? だから面白いのよ」
なはははは、と高笑いする蛮族たちだ。
学生会室である。
他の面々は黙々と作業をしているのだ。
だから目立つ。
現在、学生会は大忙しだ。
予想外に広がってしまったビブリオバトルの事務作業で。
学園内のあちこちで勝負が繰り広げられ、その結果がもたらされる。
結果を集計し、次なる試合を組んでいく。
なかなか大変なのだ。
それに加えて、学生会本来の仕事もある。
ただ、蛮族たちは致命的に事務作業が苦手だ。
こういう仕事を任せられない。
つまり――戦力外通告である。
そして、暇をもてあました蛮族たちは遊びだしたのだ。
おじさん手製のメンコで。
ちなみに聖女はメンコ直撃世代ではない。
ただ、遊ぶ機会はあったのだ。
なにせお正月などには多くの人が集まる旧家の出身だったから。
子どもが集まれば、年長の者たちが色々と考えるものだ。
そのひとつがメンコだったのである。
「ところでパティちゃん」
聖女が言う。
眉根に皺を寄せるパトリーシア嬢だ。
「ちゃん付けはやめて欲しいのです。なにを企んでいるのです?」
「おほほほ。なにも企んじゃいませんってばよ」
「うさんくさいのです」
「なんだとー!」
すぐボロがでる聖女だ。
「おおっと……ごめんあそばせ」
「なにが言いたいのです?」
おじさんよろしく、ぱちんと指を鳴らす聖女だ。
「パティ、この札のね、魔物が描かれている面があるでしょう。そこにリーの絵を描いてみたらどうかしら?」
「はう! お、おお、お姉さまの!?」
「そう! ふだんのリー、男装をしたときのリー、先生になったリー、猫のリー!」
がた、と椅子を引いて立ち上がった者たちがいた。
狂信者の会である。
「エーリカ、その話を詳しく聞かせてくださいな」
とんでもない速さで移動し、聖女の手を握るアルベルタ嬢だ。
目が既にガンギマリである。
さすがの聖女も若干だが引いていた。
「お、おう……詳しくもなにもないってば。ただこの札にリーの絵を……」
「私は猫のリー様がいいです!」
イザベラ嬢が手をあげて宣言する。
「私はやはりふだんのリー様が最も尊いかと」
もはや祈りの姿勢に入っているニュクス嬢だ。
「ちょっと! 先生になったリーさんってどういうこと?」
キルスティまで参戦してきた。
このところ暇なのだ。
なので、学生会には必ず顔をだしている。
「ああ――パイセンは知らないのね。先生になったリーを!」
にゅふふふと笑う聖女だ。
その瞬間である。
ばちーんと床を叩く音がした。
ふわっと札がひっくり返る。
「しゃらああああ! ひっくり返ったもんにー!」
空気を読まない蛮族二号だ。
ひっくり返った札を手に取っている。
「はう! や、ややややっぱりダメなのです!」
パトリーシア嬢が我に返って、聖女にもの申す。
「なんでさー? 見てみ、あれを」
狂信者の会を指さす聖女だ。
もはや三人はトリップしているかのようである。
「いや、あれは関係ないのです。だって、このメンコとかいう札は床に叩きつけるのです! お姉さまの絵を描いたものをそんなことに使えないのです」
実に正論であった。
そんなもの不敬罪として取られても仕方ない。
ここは貴族社会なのだから。
「な、ななな、床に叩きつけるですってえええ!」
いや、そういう遊びなのだ。
迂闊に提案した聖女が悪いとも言える。
が――そこだけ切り取られるとという話でもあった。
「ちょっと! ニュクス!」
魔力を昂ぶらせるニュクス嬢だ。
今にも魔法をぶっ放しそうな雰囲気である。
「ねぇねぇ……ニュクスもやってみ?」
ゴブリンの絵が描かれたメンコを渡すケルシーだ。
「む。この札を叩きつけるのですか」
「そうそう。それで床にある札をひっくり返したらもらえるの!」
ほーん、と言いながらニュクス嬢が腕を振り上げた。
――どっせええええい!
およそ清楚な御令嬢が口にして良い言葉ではない。
が、その迫力は想像以上のものであった。
ばちこーんといい音が鳴る。
だが、札はひっくり返らない。
「な、なんですってえええ!」
「な! 面白いでしょ」
ケルシーが屈託なく笑う。
ニュクス嬢がメンコを拾い上げる。
「もう一回!」
ばちこーん。
ふわっと浮く札。
だが、ひっくり返るまでには至らない。
「きいいいいいいい! もうちょっとだったのにいい!」
地団駄を踏むニュクス嬢だ。
その姿を見て、ケルシーと聖女が腹を抱えて笑っている。
「……ふぅ。どうにかなったのです。今回ばかりはケルシーに感謝なのです」
きゃいきゃいと蛮族たちと遊ぶニュクス嬢。
その姿を見て、アルベルタ嬢も微笑んでいた。
「ん~床にたたきつけるというわけにはいきませんが。ですが、このような小さな札に絵を描くというのは面白そうですわ」
「まぁお姉さまの許可が下りないと思うのです」
「……確かに」
勝手に作るのもダメなのだ。
なにせおじさんは公爵家の御令嬢だから。
「個人で楽しむ分には大目に見ていただけるでしょう?」
イザベラ嬢が言う。
「それはそうなのですが……」
いえええええす!
どうやら札がひっくり返ったのだろう。
珍しく大きな声をあげるニュクス嬢に、パトリーシア嬢の言葉は遮られるのだった。
誤字報告いつもありがとうございます。
助かります。




