1219 おじさんは軽くあしらってしまうが自覚がない
カラセベド公爵家タウンハウスには大人が集まっていた。
サロンにはヴァネッサとデミアンがいる。
そこには母親と王妃もいた。
ラケーリヌの親子が揃っていたのだ。
「ん~あの温泉地はいいな」
今朝も入ってきたのだろう。
やけにつやつやとした顔でデミアンが言う。
「そうなのよね。もうあそこ以外は使いたくないわ」
ヴァネッサも話にのる。
それに頷く王妃だ。
母親はと言えば……少しうんざりしていた。
正直なところ、早く帰れというのが本音である。
転移陣で結んだことで、気軽に会えるようになった。
それは別にいい。
ただ、こうも頻繁にこられると面倒臭い。
偶に会うくらいでちょうどいいのだ。
そこへコンコンとドアをノックする音が響いた。
入りますわよ、とおじさんが顔を見せる。
「おう! リーか」
デミアンがおじさんを見て、顔を綻ばせる。
実に嬉しそうな表情だ。
「顔色も良いですし、その後の調子はどうですか?」
義歯の件である。
デミアンの体調不良は義歯が発端だった。
それを治療したのがおじさんだ。
「うむ。まったく痛みがない。それどころかもはや義歯であることすら忘れそうなくらいだ」
「それはよかったですわね」
にこりと微笑むおじさんだ。
ソファに座り、おじさんが言う。
「お母様、ソニアが風邪を召してしまいました」
「ん? そうなの?」
母親はこちらにかかりきりだったから。
事情を把握していなかった。
「寝かしつけてきましたので、問題ないでしょう」
ところで――と話を変えるおじさんである。
「こんなものを作ってみましたの」
どんと加湿器の魔道具をだす。
第三号機である。
「ほおん」
と母親の目にやる気が宿った。
説明してと言わんばかりである。
「これは加湿器の魔道具ですわ」
「……加湿器。よくわからんな」
「冬になると空気が乾燥するでしょう? それを解消するものです。もちろん部屋の中などに限りますが……」
と、実際に起動させてみるおじさんだ。
少しすると魔道具の上部から蒸気が噴きだす。
「これにどんな意味があるのかしら」
「そうですわね。風邪の元になるものが活動しにくくなります。またお肌の調子を整える手助けにもなるかと」
なぬ! とヴァネッサが目を見開く。
「詳しく、そこのところを詳しく聞きたいわ!」
いくつになっても女性は女性だ。
美を求めるものなのだろう。
「今でもお肌の乾燥を防ぐものはあるでしょう? け……」
「リーちゃん!」
説明しようとしたおじさんを止めたのは母親である。
「ちょっとこちらに」
自分の隣をポンポンと叩く母親だ。
ん? となりながらも移動する。
おじさんの耳に口を近づけて、母親は小声で言う。
「ダメよ、リーちゃん。あれのことは秘密なんだから」
「秘密? あれは売りにだすと……」
「だって、量が確保できないからって話だったじゃない」
ああ――と納得するおじさんだ。
母親は少し勘違いしているようである。
ちょっとだけ若返るお薬と。
「あれとはちがいますの。お化粧水と乳液の話ですから」
「……あ、そうなの?」
こくんと頷くおじさんだ。
「ちょっと、二人だけで話をしないの! ちゃんと聞かせてちょうだいな」
ヴァネッサの機嫌を損ねる前に向き直るおじさんだ。
「ヴァネッサお祖母様もふだんから化粧水や乳液を使っていらっしゃるでしょう?」
うむ、と頷くヴァネッサだ。
「この加湿器を使ったお部屋で寝ると、その効果が高まるというだけの話ですわ。直接的に美容に良いとかそういうものではありませんの」
「……なるほど、効果を高めるのね! 買ったわ!」
「その辺りのことはお母様とお話になってくださいな。わたくしではわかりませんので」
にこりと微笑むおじさんだ。
「リー、この魔道具を設置していると風邪を引きにくくなると考えて良いのかな?」
デミアンもおじさんに聞く。
「ええ、そのとおりですわね。完全に引かなくというわけではありませんわよ。やはり手洗い、うがいといったことも大事です。ただ、引きにくくはなるでしょうね」
「買った! 言い値でかまわんぞ」
どいつもこいつも、という話である。
だが、おじさんは微笑みを絶やさない。
「ま、そのような些末な話はどうでも良いのですわ」
よくない! とラケーリヌの祖父母が声をあげた。
「ん~リーちゃん。この複合的な術式回路はスゴいわね」
母親はそちらに夢中だ。
おじさんとてその話をしにきたのである。
「でしょう? 火、水、風と三つの術式を切り替えて……」
「作りとしては難しいものではないのよね。水を生成して、沸騰させて、拡散させる。ん~いいわね、この術式回路は」
「にゅふふふ」
褒められて嬉しいおじさんだ。
ちょっと変な笑い声が出てしまう。
「うちの屋敷の部屋にも設置しようかと思いまして、そのご相談にあがったのですわ」
ただ、目的は忘れない。
先にこれを言っておかないと、ということだ。
「ん~いいんじゃないの? 体調を崩す人間が少なくなるのはいいことよ。流行病の対策にもなりそうだし」
「承知しました。では、わたくしは数を揃えてきますので」
「はい!」
と手をあげたのは大人しくしていた王妃である。
「リーちゃん! 私の分も作ってね!」
微笑んで、首肯する。
そのくらいはお安い御用である。
一度作ってしまった魔道具なのだ。
おじさんの手にかかれば、必要な素材があればどうとでもなる。
それこそ神がかった錬成魔法によって一発だ。
「では、わたくしはこれで」
と、席を立つおじさんだ。
ついでとばかりに母親も席を立つ。
「ヴィーちゃん? どうしたの?」
ヴァネッサが声をかける。
「どうもこうも……ソニアの様子を見てきますわ」
「風邪を引いたって言ってたもんね、心配になるわね」
うんうんと頷くヴァネッサである。
「だけど、ヴィーちゃんにうつったら大変じゃない?」
にやりとするヴァネッサにおじさんが言う。
「その点はご安心を。私が浄化してきましたので問題ありませんわ」
ぐぬぬ、となるヴァネッサだ。
孫娘が優秀すぎてからかえない。
ヴェロニカが飽きていることを察していたのだ。
だから、わざと言ってみたのである。
だが――おじさんが一撃で斬って落としてしまった。
冗談がつうじない。
あはははは、と朗らかに笑う母親だ。
実に機嫌がよさそうである。
「残念でしたわね、お母様」
おほほほ、と軽やかに部屋を出て行く。
おじさんとともに。
「よくやったわ! リーちゃん!」
サロンを出たところで、母親がおじさんを褒める。
「ん? なんのことですの?」
相変わらず、そういうところの自覚がないおじさんであった。
修正しました!




