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魔力不適合者(2)

 ――軍事訓練。

 世界には様々な軍事訓練が存在し、中には人体にリスクを追う方法も存在する……らしい。なぜ『らしい』なのか、それは軍事訓練の全貌をインターネット大先生のお力をお借りしても、得られる情報に限りがあった。

 よく考えたら当たり前だ。軍事訓練を大々的に公表などするはずがない。公表したとしても、それは旧式の方法で、現代ではあまり取り入れない訓練法だ。

 そこに思い立った時、俺は絶望した。

 このままでは訓練――いや、ただの運動部の顧問ではないかと。

 このままでは信頼――いや、口先だけの木偶(でく)の棒ではないかと。

 このままでは結果――いや、手詰まりのまま兵士に近づくのではないかと。

 そんな絶望を胸に抱くも、時間だけは無情にも過ぎていく。いや、絶望に近づいていく方が正しいだろう。


「まず自己紹介からさせてもらう。私は魔王軍――違うな。つい先日に魔族の長、魔王に就任したマエケンだ。本日をもって君たちの訓練は私が行う」


 そう思えば思うほど、より絶望に近づく時の流れは速まり、訓練の方法があまり決まらないままその時はやってきた。

 場所は野外の軍事訓練施設――名ばかりの何もない開けた一角で、威厳の意味も込めて偉そうに自己紹介をする。

 昨日のラクスとの会話もそうだが、どうも俺には偉そうな立ち振る舞いは居心地が悪い。

 別に誰かに強制されている訳でもないし、柔らかい口調に指摘された事もない。だが魔王としての固定概念が俺の中に存在し、俺を魔王として演じさせた。

 最終的には魔王は『偉そう』に行きつくのだが、言い訳程度に説明すると、全くの別物だ。正確には『王様としての上品で気品な物腰』からくるもので、後はそこからの連想ゲームの末、『王様は偉そうな物腰』にたどり着いた。

 中には俺の固定概念と当てはまらない王様もいるだろう。だが彼らは彼らで、俺は俺だ。俺の中には王様が存在し『そうしなければならない』と、義務感も駆り立てられる。

 そのような理由で、くどいようだが居心地が悪い。

 きっと近いうちに一つのボロが出て、後はなし崩しに魔王としての演技が崩壊するだろう。だが実際はそれでも構わない。

 なぜなら人の第一印象は表情、物腰で決まる。それなら魔王としての威厳も、気品も、多少なりとは魔力不適合者(魔族モドキ)に植えつけられる。ラクスではないが『舐められる』心配もないだろう。

 現に目の前で整列をする魔力不適合者(魔族モドキ)の表情は緊張が走り、そして俺と視線を合わせる者はいなかった。粗相から打ち首に発展するのが怖いのだと想像はつく。

 もちろん打ち首にするつもりは毛等もない。その事を彼らに言うつもりもない。きっと表面上では受け入れるが、内心では誰も信じてくれそうにないから。


「それはそうと、なぜ三名しかいない? 残りの十名はどうした?」


 昨日の話では残りが十三名と聞いていたが、目の前にはよれよれの私服姿の男性が三名。残念ながら根性とは無縁の、実に内気そうな面構えの男性がたった三名。いや、そんな彼らだからこそ逃げ出さず、今もこうして足繁(あししげ)く通っているのかもしれない。

 言うまでもないが、それはそれで俺的には嬉しい。正直なところ、十三名でも手に余る人数で、それが半数以下まで勝手に減ってくれた。感謝しか生まれない。

 ただ当初の目的は軍事力の強化であり、その点に関しては実に残念な結果である。


「あぁ、何ともお労しい魔王様……。魔王様がお望みでしたら、このスノーにご命令を下さいまし。逃げた十名を地の果てまで追い、引きずってでも魔王様の元にお連れ致します。そして魔王様に恥をかかせた罪、しっかりと償わせましょう」

「別にいい、逃げた者に構う事はない。……残った君たちも遠慮はいらない。今すぐに逃げたければ逃げればいい。別に処罰の対象にするつもりもなければ、引き留める事もしない。ただ、最後まで私の指導を耐え抜き、一人前の兵士となった暁には、私の直属――魔王直属の兵士として取り入れよう。その時、今までの君たちはいなくなる。魔力不適合者(魔族モドキ)だからとバカにされる事も、周囲の視線を気にする事も、力なき一般民だった事も、全てなくなる。そして約束しよう。もし、私の指導を耐え抜いた際、君たちの立場が何も変わらなかった時、その時は私が全力で君たちを守り抜くと。……さて、君たちはどうする? 今までと同じ風当たりの強い社会に戻るか、それとも第二の人生を始めるか。決めるのは君たち個人で、周囲に流されず決めてくれ」


 現実世界の仕事中に知恵を振り絞り、ようやくたどり着いた豪華特典が『魔王直属の兵士』だった。

 若干の不安と共に異世界での目覚めと同時に、珍しく仕事をしているスノーに聞いてみた。答えは『仮の魔王にそこまでの権限はない』とのこと。その答えにガッカリしたところ、慌ててスノーが裏で手を回してくれた。きっと上層部に掛け合ってくれたのだろう。色々と揉めたらしいが、ナナとラクスを救った功績もあり、今回は特別に許可が下りた。

 半分以上はスノーのお蔭もあり、こうして自信満々に提案をした。のだが、彼らの反応を見る限り、どうも雲行きは怪しい。

 今まで置かれた立ち位置に己の自信を無くし、魅力的な特典も霞むのだろうか。それとも根っからの優柔不断で、咄嗟の決断に躊躇を覚えているのだろうか。

 何が正解なのか接してみないと分からないが、このままでは一名が辞退を表明すれば、後は芋ずる方式。新たな兵力の導入は白紙に戻り、ラクスから何を言われるか分かったものじゃない。

 だが『引き留めない』と最初に伝えてしまった以上、もう俺の口から言えることは何もない。後は運次第。


 たっぷり待つこと五分ほど。

 待ちきれないスノーがイライラし始めた時。ようやく一名の男性が一歩前に出た。


「ま、魔王様! 自分は周りを見返したいです! どうか自分にご指導をよろしくお願いします!」


 緊張からか額に大粒の汗を流し、彼――妖精族のニコラスは表明した。

 そんなニコラスは(オーガ)で、全体的に赤黒い肌をしている。額には一本の角が生え、身長は二メートルを超えている。個体種としての特徴なのか、体のどこを見ても筋肉が盛り上がっている。胸を張っていれば、の話だが。そんな体格とは裏腹に、内心の影響からか、体を縮めてモジモジしている様は見ていて異様だ。

 だが彼は逃げなかった。内に秘めた思いが誰よりも強いのか、誰よりも先に参加を表明したのだ。きっと彼なら最後までやり遂げるだろう。そんな気がする。


「うむ。私は君の参加を歓迎する。スノー、彼に戦闘服を」

「はい、魔王様!……ほら、ありがたく受け取りなさい。戦闘服の裾に腕を通す意味をよく考え、誰に忠誠を誓うのか改めなさい」


 ちなみに彼らの為に戦闘服を新調した訳ではない。

 現在の魔王軍が着用している戦闘服の三つほど前の旧式モデル。それがニコラスに渡した戦闘服の正体である。

 現在の戦闘服は人間族の影響か迷彩柄を取り入れている。それに対して旧式モデルは見た目と素材は同じなのだが、黒一色の素っ気ない見た目をしている。

 そんな旧式モデルの戦闘服が倉庫に保管されており、再利用を兼ねて倉庫から引っ張り出してきたのだ。私服姿だと締まらないし、彼らにとっても都合がいいだろう。


「……さて、残った君たちはどうする? いつまでも口を閉ざしている様なら、やる気がないと見なし――」

「俺も参加します! いえ、自分も参加させて下さい!」

「僕もお願いします!」


 ニコラスが参加を表明し、その余裕から強気に出たら残りの二名――フェイトとハイドも慌てて参加を表明する。

 フェイトは爬虫類族の蜥蜴人(リザードマン)。彼に関しては特に説明も必要ないだろう。表情の暗い二足歩行のトカゲだと思ってほしい。

 ハイドは妖精族のエルフ。彼に関しても特に説明はしない。常にキョロキョロと周りを気にし、頻りに爪先をいじろうとする。魔力特化型のエルフにとって、魔力不適合者(魔族モドキ)とは実に皮肉な話だろう。きっとそのストレスの表れが、今の行為なのだろう。


「うむ。その場で五分以内に訓練服に着替えろ」

「「「はい」」」

「もっと腹から声出せ!」

「「「はい!」」」

「着替えている間に今後のスケジュールを説明する。まず最終的に君たちは銃――人間族の兵器を使ってもらう。だが銃の練習は当面は無い。その前に、君たちの基礎体力の底上げを行う。それが第一ステップだと思ってほしい。先に言っておくぞ。その第一ステップが地獄の始まりだ。鍛えるのは肉体面だけではないぞ。君たちの弱さはその精神面にあると私は思う。それをも克服したのなら、きっと誰も君たちをバカにはしない。いや、むしろ君たちを称賛するだろう。……さて、着替えも終わったな? では本日から訓練を開始する。初日だろうが容赦はしない。まず私の後についてこい」


 昨晩の内に頼んで作ってもらった競技用トラックに向かって歩き出す。一周は約一キロで、別に障害物がある訳でもない。どこの学校にでもある競技用トラックだ。

 さて訓練方法はあまり決まっていないが、その前に軍事訓練――俺の中では『原始的な肉体改造』や『窮地に追い込み精神を鍛える』訓練だと思っている。

 洋楽の戦争映画では兵士の訓練風景を目にする事もあり、事前の準備はそこからの受け売りだ。そして現在の訓練内容もまた、戦争映画の影響だったりする。

 まず、今から行うのはスタミナの底上げである。

 魔族は基本的に人間族とは比べ物にならない身体能力を秘めており、並大抵の距離では息すら上がらない。それは新王都ブルッケンに向かう際に、身をもって感じた事だ。

 つまり数キロ程度ではスタミナの底上げどころか、ただの時間の無駄に終わってしまう。

 そこで考えたのが――。


「まず君たちには、このトラックを十周ほど走ってもらう。その際に、マスクの着用と――スノー頼む」

「あぁ、魔王様! このスノーと共同作業……これが、これが初めての共同作業なのですね! なんと甘美で――」

「いいから早くしろ」

「まぁまぁまぁ、つれない魔王様。そんな魔王様もす、て、き」


 その直後、彼ら三名の頭に水が降り注ぐ。

 そう、全身をずぶ濡れにして身動きの規制をかけると共に、マスクを濡らす事によって息苦しさを上げる。これならいかに魔族でも、たかだか十キロでは済まされないし、時間の短縮にはもってこいだ。


「休まず走れよ? 一度でも休憩した場合、その場で腕立てを五十回の追加。他の者に一周差をつけられた場合は腕立てを百回。それが嫌ならせいぜい気張ってみせろ。ほら、さっさと行け!」

「「「はい!」」」


 そして地獄のランニングのスタートである。

 (オーガ)のニコラスを先頭に、蜥蜴人(リザードマン)のフェイト、エルフのハイドと軽快に走り出す。

 最初の一、二週は軽快に走るが、それが崩れたのは四週を過ぎた頃だった。

 生れながら魔力の才能に特化しているエルフ――ハイドの限界が迎えたのだろうか、気が付けば半周の差をつけられ、気が付けば戦闘を走るニコラスが真後ろに、気が付けば一周差が生まれ、そして六週目でハイドが立ち止まった。

 盛大に肩で息をし、額から流れ落ちる汗で地面を染める。


「誰が休んで良いと言った!? その場で腕立て五十回だ!」

「は、はい!」


 もちろん連続で五十回も出来るはずがなく、十回もしない間に腕が小刻みに震えだし、二十回もしない間に倒れ込む。背中が大きく上下しているので、気を失っている訳ではなさそうだ。


「スノー、ハイドに水でもぶっかけてやれ」

「畏まりました。効果がなかった場合は、いかがなさいましょうか?」

「そうだな……。尻に火でも噴いてやれば嫌でも走るだろう」

「あぁ、容赦のない魔王様も素敵ですわ。そのような魔王様にゾクゾク致しますわ。あぁ、私も魔王様に罵られ――」

「さっさと行け!」

「むぅ、つれない魔王様ですわ……」


 名残惜しそうに俺をチラチラと振り返り、ハイドの元に向かうスノー。

 これを機に、スノーがアブノーマルな性癖に目覚めないか心配だ。仮に目覚めたとしたら……。ため息しか出てこない。

 そしてスノーは倒れ込むハイドの上空に水の球体を作り出し、そのまま躊躇(ためら)いなく叩きつける。流石のスノーでも威力は殺したのか、遠目から見る限りでは衝撃を受けている様には思えない。

 だがハイドはピクリとも動かない。スノーの優しさに気づかないのか、それとも体力の限界から動けないのか、それに関しては俺の知る事ではない。俺の役割は彼らを鍛える事にあり、限界だからといって甘やかす事ではない。

 十秒ほど待つがハイドは動くことはなかった。それに痺れを切らしたスノーは、俺の言いつけ通りハイドの尻に火を噴き――ズボンから煙が上がった。

 火の手は上がってはおらず、きっと急な蒸発から煙が上がっただけだろう。ただ効果は抜群だったようで、慌ててハイドは立ち上がり、混乱しながらも全力で走り出した。

 ほら、十分に走れるじゃないか。

 何事にも限界の先に結果が生まれる。きっとハイドは本当に限界だったのだろうが、それを越えなければ得られる物に限りがある。

 筋力トレーニングも同じだ。限界の手前で止めれば、それは意味のないトレーニングとなる。限界を迎えた先にある底力を出し切り、ようやく筋力トレーニングとしての結果が生まれる。

 果たしてそれが基礎体力と関係するのかは分からないが、それ以上に精神は鍛え上げられたと思う。その積み重ねが強靭な肉体、鋼の精神を生み出すと俺は思う。


「誰が休憩しても良いと言った!? ハイドが完走するまで走り続けろ!」


 さすがは魔族だろう。

 通気性が最悪のマスクに、体の自由を大幅にカットされたずぶ濡れ訓練服、それなのにニコラスとフェイトは完走してしまった。この二名には負荷の段階を大幅に上げなければ、ハイドだけが成長し続けそうだ。


 それからハイドがスノーにケツを叩かれ――燃やされながら完走したのは二時間後の事だった。

 ハイドは十週、ニコラスは十八週、フェイトは十五週と、今は俺の足元で三名が崩れ落ちている。


「よし、それでは十分の小休憩を与える。それまでに息を整えろ。……スノー、次の準備を始める」

「よろしいのでしょうか? この者たちは疲弊しきっていますが……」

「彼らは『訓練を受ける』と言った。そんな彼らを甘やかせて何になる? それで立派な兵士になれるのか? 周囲からバカにされないのか? そして――彼らの成長を無くして戦争に勝てるとでも思うのか?」

「いえ、それは……」

「今は実感がないと思う。だけど、彼らが一人前の兵士となった暁には、きっとスノーにも私の言っている意味が分かると思う。……お前たちにも言っておくが、逃げ出したければ好きにすればいい。だが、な。ここで逃げ出せば、お前たちは死ぬまで魔力不適合者(魔族モドキ)としてバカにされるだろうな。このまま訓練を耐え抜き戦果を挙げて英雄となるか、周囲の視線に怯えながら暮らすのか、それはお前たちの決める事だ。好きにしろ」


 そうして魔力不適合者(魔族モドキ)たちの地獄ともいえる訓練が幕を開けた。

 遠目から何事かと見つめる一般兵、興味本位で城内から覗き見る下女(メイド)、仕事に終われる合間に観察する臣下。

 様々な視線を集め、その中で(オーガ)蜥蜴人(リザードマン)、エルフの三名は徐々に力をつけていく。

 日を重ねるごとに訓練はエスカレートし、それを耐え抜く彼らの姿は魔力不適合者(魔族モドキ)の枠を外れ、いつしか三名をバカにする者はいなくなった。

ここまで見ていただきありがとうございました。

甘口から辛口の感想やご意見、お気軽に下さると嬉しいです。


以前の執筆した作品なので当分は毎日投稿となります。

よろしくお願いします。



混乱する前にプチ登場人物紹介

・【スノー】妖精族の小鳥?、女性。魔王の側近。魔王に恋する一人の女性。

・【ナナ】妖精族のエルフ、女性。ラスクの嫁。魔王直属の臣下。魔法特化型。

・【ラスク】妖精族のエルフ、男性。ナナの夫。魔王直属の臣下。魔法特化型。

・【スルト】爬虫類族のサラマンダー、男性。魔王直属の臣下。防御力と俊敏性に優れている。

・【ショウグン】昆虫族のカマキリモドキ、男性。魔王直属の臣下。←消息不明。

・【ドルガ】鳥獣族のグリフォン、男性。魔王直属の臣下。←戦死。


・【ニコラス】妖精族のオーガ、男性。魔力不適合者。

・【フェイト】爬虫類族の蜥蜴人、男性。魔力不適合者。

・【ハイド】妖精族のエルフ、男性。魔力不適合者。


・【ジョン・サンダー】人間族の男性。十三部隊の部隊長。仲間は全員戦死。←捕虜

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