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人間界の勇者(2)

残酷な描写があります。苦手な方はご注意下さい。

 人間界の勇者――とある国の第三王女殿下は道に迷っていた。

 ただの思い付きで侵略した魔族の旧王都を飛び出し、ろくに地理を把握していないにも関わらず軍用バイクを走らせ、三日分の食料も底をつきかけている。

 まさに万事休すなのだが、当の本人はお気楽なものだった。

 生き物の影があれば自動小銃(アサルトライフル)で狙いをつけ、それが小動物なら撃ち抜く。運の良い事に、勇者は未だにモンスターと遭遇はしていない。仮に遭遇していたのなら、もう既にモンスターの腹の中に納まっている頃だろう。

 実のところ、勇者が飛び出して既に四日は経過しているのだが、未だに食力が健在なのは先に説明した狩りを行っているためである。


 さて、そんな勇者は蜥蜴人(リザードマン)の集落――少し前まで現魔王であるマエケンが滞在していた集落の付近にいた。もちろん当の本人は現在地どころか、どこに向かっているのかも把握していない。

 そんな中での集落である。それが可能としているのは、魔王と勇者が惹かれあっているからではないだろうか。どれだけ離れていても、どこに居るのかさえ分からなくても、自ずと勇者は魔王を目指し、魔王もまた勇者を待つ。

 意思とは関係のない繋がりが二名の間に存在しているが故、それを可能としている。


「はぁ……。いったい前線基地はどこにあるのよ。これだと魔王に出会う前に飢え死ぬわ」


 誰かに言う訳でもなく勇者は呟き、付近に落ちている石を川に投げ込む。

 そう、勇者が今いる場所、それはマエケンとハルカが出会った川沿いである。

 起床と共にバイクを走らせ、正午まで移動した末にたどり着いた場所であった。久しぶりの綺麗な川に魅了され、四日分の汗を流しながら小休憩をとっていた。

 もちろん人前で一国の王女が肌を晒すのはご法度であったが、ここには魔界であり人間界ではない。人の視線どころか、周囲には魔族すらいない。そのため堂々と水浴びをしたのだが、本人は知らないだけで木の陰から勇者を覗く蜥蜴人(リザードマン)の影があった。

 その蜥蜴人(リザードマン)――ハルカは対応に困り、こうして三十分ほど息を殺して覗き込んでいた。

 ハルカは日課である野花を探しに森に入り、いつもと同じルートで川沿いの野花を摘みに来た。鼻歌まじりで歩いていると、視界に入ったのは人間族が水浴びをしている姿。更には数日前に捕獲した人間族――ジョン・サンダーと同じ軍服が川沿いの岩に置かれている。最初は興味本位で覗いていたハルカだが、水浴びを終えた彼女は自動小銃(アサルトライフル)の元に腰を下ろし、集落の仲間を呼びにいくタイミングを逃してしまった。


『ハルカお姉ちゃん。何やっているの?』

『もしかしてかくれんぼう? 僕もするー!』

『わーい! ハルカお姉ちゃんとかくれんぼうー!』


 そんなハルカの事情を知らず、集落の数少ない三名の子供たちがハルカを見つけて駆け寄ってくる。

 勝手に解釈し騒ぎ立てる子供たちに『しー!』と、口元に指を当てて静止を呼びかけるが、遊びを目の前にした子供たちが止まるはずがない。むしろそれすらも遊びの一環だと想像を膨らませ、余計に騒ぎ立てる。


『えー! 一緒に遊ぼうよう!』

『ねぇねぇ、誰と遊んでいるの?』

『あっ、もしかしてハルカお姉ちゃんの――』


 そこで子供の声が銃声によって遮られる。

 銃声は森中に響き渡りこだまする。こだました音が消える頃、背中に大粒の汗を流してハルカは勇者に振り返った。

 そこには自動小銃(アサルトライフル)を向ける人間族の姿と、先ほどまで隠れていた木にあいた一つの穴。

 それが自分に向けられたら、そう思うとハルカの指先は自然に震えて生唾を飲んだ。

 見つかっても仕方がない。子供たちの騒ぎ声は静かな森に響き渡り、それほど距離の離れていない勇者の元に届かないはずがない。

 そして勇者もまた、初めて見る蜥蜴人(リザードマン)に冷や汗を流していた。

 ――魔法を放ってきたらどうしよう。

 ――牙がむき出しの口で嚙まれたらどうしよう。

 と、未知の生物と対峙する事に恐怖し、同時に防衛からグリップを握る手に力が入る。


「あなた達は誰!?」


 恐怖を払拭しようと勇者は声を荒げるが、魔族のハルカ達には言葉は通じない。それどころか血相を変えて叫ぶ勇者の姿に、怯えるどころか子供たちを引き離して立ち向かう。完全なる逆効果であった。

 その行為は子供たちを守る母親――使命感にも似た感情がハルカの中に生まれたからだ。

 時には屈強な肉体を持った男性より女性の方が強い。

 まさにその言葉通りであった。肉体的な強さではなく、子どもを守る本能というべき心の強さ、それだけで敵わないと知りながらも真っ向から見据える事ができる。

 だからだろうか。今のハルカに恐れはなかった。身を犠牲にしてでも子供たちを守れるなら、それだけでお釣りが返ってくる。半ば願いではあったが、その願いもまたハルカを駆り立てた。

 引き離された子供たちは泣き叫び口々に『ハルカお姉ちゃん!』と叫び散らすが、もうハルカは止まらなかった。

 この場で子供たちを守れるのは自分だけ、集落の宝物を死なせるわけにはいかない。

 その言葉を胸に秘めて一歩、また一歩と子供たちから離れていく。それと比例して子供たちの叫び声が大きくなり、その声が二度と聞くことができない。そう思うと胸が張り裂けそうに痛み、同時に水浴びの時点で逃げなかった事に後悔の念が押し寄せる。


『逃げて……。早く……。早く逃げてよ!』


 恐怖のあまり子供たちは体が硬直し、三度目の悲痛にも似た叫び声でようやく子供たちは走り出した。

 一目散に逃げる子、最年少の手を引っ張る子、そして引っ張られながらハルカの名前を叫ぶ続ける子。

 その姿を横目で確認し、ハルカの視界が涙で歪む。

 子供たちを逃がしたことにより、再び全身を恐怖が支配したからだ。足は小鹿のように震え、指先は枝すら持てないほど力を無くし、目の前の銃口に息をするのも忘れる。

 ――人間族が怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。

 ――撃たれたら痛い、痛い、痛い、痛い。

 自動小銃(アサルトライフル)の銃口を向けられ、ハルカの心はざわついていた。これから己の身に降りかかる痛みと恐怖に。

 この場で降伏できれば救われるだろう。だがハルカはその行為を寸前で思い止まる。

 降伏した後、その後は逃がした子供たち――いや、集落はどうなるのだろうか。それが降伏を躊躇(ちゅうちょ)する理由だった。

 人間族が行った今までの非道を思い出して想像した。降伏した自分自身を盾に殺戮(さつりく)を繰り返す。そして最後まで自分は無様に生き残り、目の前で繰り広げられる蹂躙(じゅうりん)をただ見つめるだけ。

 花が大好きで、争いを嫌うハルカにとって、それは耐え難い苦痛。それならこの場で刺し違える覚悟で挑んだ方がマシともいえよう。

 もちろんそれはハルカの想像からの結末で、兵士でもないお飾り勇者――いや、一国の第三王女殿下がそんな事をするはずがなかった。

 なぜなら勇者の願いはただ一つ『前線を肌で感じたい』それだけである。その中には『魔族をこの手で葬りたい』とは一度も思った事がないし、そもそも魔族との争いすら想像していなかったからだ。

 前線を肌で感じたいのに、魔族との争いを想像していない。かなり矛盾する事柄だが、勇者は目の前の願いを叶える事に一生懸命で、その後の事を何も考えていなかった。それゆえに頭の中には魔族と出会う、それすら想像もしていなかった。

 そんな勇者が非道に走るはずもない。もちろん想像していたとしても、そのような行いは決してしない。勇者の前に一国の王女であり、幼少期から周囲に大事にされた身だ。そのような野蛮な思考はそもそも持ち合わせていない。


 ハルカは勇気を振り絞り一歩ずつジリジリと勇者に近づき、それと同じぐらい勇者は後退する。そんなやり取りが五分ほど続く。気が付けば元いた場所より数百メートルほど移動し、尚も勇者とハルカは睨み合っていた。

 そんな中、均衡を崩したのはハルカだった。

 勇者の後退する先、そこには川が蛇行していた。そうとは知らずに後退した勇者は川沿いの、それも非常に濡れた雑草に足を滑らせ――不意の出来事に対応できる訳がなく、そのままバランスを崩した体はよろめく。

 その最初で最後の隙を逃すはずはなかった。

 ハルカは蜥蜴人(リザードマン)として生れながら特化した俊敏性を生かし、勇者の元に向かって全力で地を蹴った。

 距離にして百メートルほどを十秒もかからず駆ける。無我夢中で駆けたが、あと一歩、たった一歩だけ足りなかった。あと一つでもハルカのレベルが高ければ違った結果が生まれただろう。だが戦争において『もしも』の言葉はない。あるのは結果のみ。


 ――銃声が鳴り響く。一度ではない。三十発もの銃声が鳴り響いた。


 勇者もまた無我夢中だった。

 足を滑らせて気が付けば空を見上げ、倒れる寸前で体制を持ち直して前を向けば――目の前には血相をかえて手を伸ばすハルカの姿が。

 そこから勇者の記憶はない。

 気が付けば指が勝手にトリガーを引き、そして辺りに銃声が鳴り響く。全てを撃ち終わっても錯乱状態の勇者は止まらなかった。何度も何度もトリガーを引く。だが出るのはカチカチと歯車が合わない音だけ。

 それを何度も繰り返し、気が付けば足元には血の湖をつくり倒れ込むハルカの姿。


「ひっ!」


 初めて見る死体に勇者は膝をつき、体が小刻みに震える。今まで持っていた自動小銃(アサルトライフル)が重たく感じる。先ほどまで生きていた蜥蜴人(リザードマン)が己の行動によって、己がトリガーを引いたばかりに――目の前の現実に頭が真っ白になる。

 そして嘔吐した。それが自分の太ももにかかろうが、目の前の死体にかかろうが、そんな事はお構いなしに吐き出す。下から漂う胃液の悪臭が拍車をかけ、何度も何度も吐き出す。

 胃の中を全て吐き出した所で、次に押し寄せたのは後悔の念だった。

 防衛とはいえ王族が、それも王女の身で尊い命を殺めた。その事実は言い訳しても覆らないし、許されるはずがなかった。瞳を閉じれば血相を変えて迫るハルカの表情が浮かび、同時に出し切ったはずの吐き気を感じる。


『ハルカちゃん、どこだぁー! おーい、ハルカちゃーん!』


 そんな時だった。森の奥から叫び声が聞こえる。

 勇者は震える脚に力を込めて立ち上がり、意思とは関係なく崩れ落ちそうな体を自動小銃(アサルトライフル)で支え、数百メートル先のバイクに向かって歩き出した。

 ハルカの死体を目の当たりにされれば、次に屍となるのは自分の番であり、想像しただけでも心臓の鼓動が早くなる。

 自分の心臓の音と森から聞こえる叫び声、周囲が騒がしく余計にパニックに陥りそうになるが、勇者は寸前で持ちこたえる。そして威嚇の意味を込めて森の中に手榴弾を投げ込む。

 周囲に爆音が鳴り響き、先ほどまで騒がしかった叫び声は静まる。

 その間に何とかバイクまでたどり着き、震える手でエンジンをかける。が、何度クラッチを合わせて出発を試みようが、焦りから何度もエンストを繰り返す。

 四度ほど繰り返し、ようやく出発する事に成功した。

 直後に後方から何やら叫び声が聞こえるが、今の勇者に振り返る勇気はなかった。

 ただただ前だけを見てバイクを走らせるが、恐怖がすぐ後ろから迫り続ける。それを振り払おうとスピードを上げるが、それを振り払う事は出来なかった。


 それから小一時間ほどバイクを走らせ、そこでようやく心の余裕が生れてバイクを停める。

 だが瞳を閉じればハルカの姿が――そして心の弱い勇者は涙を流した。己を守るために他人を殺め、罰を受けるのを恐れて逃亡し、瞳を閉じれば殺めた本人が姿を現す。

 今にも勇者の心は壊れそうだった。

 それからしばらくの間、勇者は泣き崩れるのであった。

ここまで見ていただきありがとうございました。

甘口から辛口の感想やご意見、お気軽に下さると嬉しいです。


以前の執筆した作品なので当分は毎日投稿となります。

よろしくお願いします。



混乱する前にプチ登場人物紹介

・【スノー】妖精族の小鳥?、女性。魔王の側近。魔王に恋する一人の女性。

・【ナナ】妖精族のエルフ、女性。ラスクの嫁。魔王直属の臣下。魔法特化型。

・【ラスク】妖精族のエルフ、男性。ナナの夫。魔王直属の臣下。魔法特化型。

・【スルト】爬虫類族のサラマンダー、男性。魔王直属の臣下。防御力と俊敏性に優れている。

・【ショウグン】昆虫族のカマキリモドキ、男性。魔王直属の臣下。←消息不明。

・【ドルガ】鳥獣族のグリフォン、男性。魔王直属の臣下。←戦死。


・【ニコラス】妖精族のオーガ、男性。魔力不適合者。

・【フェイト】爬虫類族の蜥蜴人、男性。魔力不適合者。

・【ハイド】妖精族のエルフ、男性。魔力不適合者。


・【ジョン・サンダー】人間族の男性。十三部隊の部隊長。仲間は全員戦死。←捕虜。

・【ハルカ】爬虫類族の蜥蜴人、女性。マエケンが立ち寄った集落に住む。←死亡。

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