決意の始まり(6)
いやいやいや、【擬人化】スキルを解除し忘れたとは言え、死因が『仲間の勘違い』とか本当に勘弁してほしい。神官のおかげで何とか一命を繋いだけど、こんな体験は今後まっぴらごめんだ。さっさとレベル上げに徹した方がいいのだろうか?
ちなみに刺された後は現実世界に戻った。胸元の寝間着は真っ赤に染まっていたけど、俺が目を覚ました頃には既に完治が終わっていた。多少の違和感が胸にあったけど、通常通り本日も変わらず会社に出勤したのは、さすが社会人の鏡といった所だろう。
そして今は異世界の早朝、場所は変わらず開けた空間のある森の中。
寝起き一発目に入ったのは、ナナとラスクの平伏す――額を地面に擦りつけて土下座をしている姿だった。誤解が解けているようで一安心したが、本格的に【擬人化】スキルは封印した方がいいのではないだろうか? 【擬人化】スキルを知らない魔族に出会う度、こうやって攻撃されていたら一つの命では足りそうにない。
「この度は魔王様と露知らず、あまつさえ助けて頂いたご恩を殺傷により返してしまい、まことに申し訳ございません! この落とし前はキッチリと我が体で支払わせて頂きます!」
つまり人妻を……。いやいや、俺はまだその領域に達していない。ちょっと興味が刺激されるけど、俺にはアブノーマルすぎる。だが目の前にいるのは美しい女性で……。いかん、落ち着け俺!
「……いえ、今回の事は俺にも非があるので、特に落とし前とかは必要ないですよ」
「ですが! それでは私の気が収まりません!」
「そう言われても……」
「魔王様、この場合は今後のわだかまりを残さない為にも、ナナちゃんに相応の罰を与えて下さい。そうでなければナナちゃんは何時まで経っても悔やむ事になります」
困っている俺に、久しぶりの真面目な口調でスノーが耳元でささやく。
けど確かにスノーの言っている事も一理ある。仮に俺が会社でミスをして、誰にも怒られずにいたら不安になるし、俺の事を必要としてないのだと不審に感じてしまう。それなら心を鬼にして罰を与えた方が、今後の事を思えば大切な事なのだろう。
中々良い事を言うじゃないか、スノーよ。ちょっと汗臭さが昨日より増しているけど、それは本人の為にも言わないでおこう。
「分かった! それなら罰を言い渡す。お望み通り体で支払ってもらう事にしようかな」
仕方ないよね。だって本人が体で支払うって言ったから。俺はそれに乗っかっただけだ。
俺の決定にナナは「喜んで受けさせて頂きます!」と、決意を表していた。その時のラスクは嫉妬の塊で俺を睨みつけていた。仮にも俺は魔王様で、そんな魔王様に睨みをつけても大丈夫なのか? まぁ俺は気にしないけどね。
「あぁ、魔王様! いけません! それだけは、いけません! その罰なら私が代わりに――あぁ、それでは罰ではなくご褒美に! だけどそれでも私は――」
「はいはい、落ち着いて。スノーが思っているような展開にはならないから」
「これが落ち着いていられますか!? 想像しただけでお腹に赤ちゃんが……。あぁ、魔王様! これは責任をとって下さらないと!」
やだ、この小鳥。すごく怖いけど!
そんなスノーの暴走を見るのは慣れてきたけど、同時に俺の中には疑問が芽生える。魔王様って実はそこまで偉くないのでは、と。確かに言葉だけは敬ってくれるけど、所々でフランクな態度で接してくる。もちろん俺としては接しやすいから問題はないが、魔王としての立場を考えれば問題だらけだと思う。かといって指摘する気は全くないけどね。
その後もスノーは頻りに騒ぎ立て、それを後ろで聞きながら森で採取した野兎を朝食にした。見慣れた動物を食べるのは気が引けたが、腹が減っては歩くこともままならない。ましてや戦利品の数々を背負い、長い道のりを歩かなければならない。贅沢は言っていられない。
朝食を取った後、多少の小休憩を挟んで帰途につくことにした。さて、ここでナナに対する罰を決行する。『体で支払う』つまり女性の枠を外れ、男性陣と同等の肉体労働をしてもらう事にした。
だけど安心してほしい。【常時詳細確認】で各種パラメーターを見たところ、攻撃力は俺の数百倍の数値を叩き出していた。それは筋力が俺より高いって事にならないだろうか?
まぁ仮に攻撃力と腕力が別物でも構わない。だってラスクに手伝うように耳打ちをしたからだ。その時のラスクは分かりやすかった。俺を見つめる瞳が輝きを放ち、今にも抱き着きそうな勢いで迫り、何度も俺にお礼を言ってきた。これなら嫉妬からラクスに刺される心配もないだろう。
と、いうわけで、自動小銃の二十丁をラクスが持ち、残った男性メンバーと枠を超えたナナで仲良く五等分。後は当初の予定通り振り分け、俺たちは集落に向けて歩き出した。
捕虜となったジョン・サンダーは、今朝から一度も口を開いていない。ただ内側に悪意を募らせ、それを睨みとして俺にぶつけてきた。それに気が付いたスノーが「人間族ごときが魔王様を睨むとは許せない!」 と、ひと悶着あった。だがそれだけで、後は大人しくこちらの指示に従って行動している。
そんなこんなで蜥蜴人を先頭に、小休憩を幾度となく挟むこと五時間あまり。額に大粒の汗を流しながらも、ようやく集落に帰途につくことができた。
そして到着して早々に一息入れる暇もなく、捕虜と戦利品の整理を始めた。まずジョン・サンダーの軍服を脱がして身体検査を行い、下着姿のまま縄で厳重に縛りなおす。それから空き家に放り込み、集落の手助けも借りて二名態勢で監視をつける。これなら敵の襲撃を受けない限り逃げられる事はないだろう。
続いて戦利品の整理である。これに関しては差ほどの手間もない。ただ村長の自宅の一角を借り、そこに戦利品を並べて終了となった。
全てを終えた頃には、すっかり辺りは夕焼け色に染まっていた。
本日はこれ以上の行動を避け、村長のご厚意に甘えて一晩だけ泊めてもらった。スノーだけならまだしも、流石に全員で村長の自宅に泊まることはできず、ナナとラクスの二名はハルカの自宅にお邪魔する事になった。
そして俺は村長の自宅の窓から、そんな夕焼け空を眺めていた。今まで気にしていなかったが、現実世界でも異世界でも、空の色は変わることはなかった。そんな空を見つめているからだろうか、俺はガラにもなく物思いにふけていた。
これから先どうしようか、と。
ナナに刺された事により人間族との深い溝を、この身で感じ取った。だが俺に何ができる? 戦争どころか、それを行う戦略も戦術、多少はインターネットの力を借りて情報収集を行ったが、一日二日で身につくはずがない。だとすれば、素人目線の指示を出してその結果、被害だけやたらと増える可能性が高い。
いや、違う。それ以前に魔王としての発言力があるのだろうか? どこの馬の骨とも知らない俺に対し、魔王軍はどう思っているのだろうか?
救世主?
ただのお飾り?
名ばかりの兵士?
それとも――英雄?
「あぁ、魔王様。なんとも絵になるお姿! そしてこの時をどれだけ待っていた事でしょうか! 初夜ですよ、初夜……。あぁ、なんとも甘美なお言葉でしょうか。あぁ、この思いを魔王様にぶつけ、気が付けば――」
「ならないから! ってか、スノーも部屋が割り当てられているだろう?」
「いーえ、魔王様。私は魔王様の側近でございます。床も同じにするのが務めであり、先代からの大事なお仕事なのです! こればかりは譲れません。えぇ、譲れませんとも!」
「……確かスノーには罰を与えていなかったよな? 魔王様を拷問した罪の」
「何をおっしゃいます!? 与えたではありませんか!」
「そうだっけ?」
「そうですとも! 魔王様と離れこのスノー、どれだけ心配したと思っているのですか? その心配こそが罰だと私は考えております」
「……それはスノーが俺の話を聞かなかったからだろう?」
「なんともまぁ! あっ――いえ、そうですね。やはりここは魔王様に罰を与えてもらいたいと思います。そう、この体で支払わせて頂きます! 安心して下さい。水浴びは既に済ませてあります。汗臭いって事はございません! さぁ!」
「ほう……。ならスノーに罰を言い渡すぞ。罰は金輪際、魔王と床を同じにする事を禁止する! ……はい、って事で自分の部屋に戻ってね。はいはい、お休みなさい」
いつの間にかベッドに潜り込んだスノーを廊下に追いやり、そのまま部屋の鍵を締める。
ドアの向こうでは「あぁ、魔王様! じらさないで下さいまし! このスノーを部屋に……あれ? 鍵が……。これでは夜這いができないではないですか!? 魔王様! 魔王様!」と、何やら騒ぎ立てているが、無視して再び外に視線を向ける。
せっかく物思いにふけていたのに、これじゃ台無しだよ。あーぁ、早くヒロインが登場してくれないかな? そうすれば楽しい異世界ライフを送れるのに……。
そんな事を考えていると、急に暇の一文字が俺を突然襲う。こんな事ならギリギリまでスノーを話し相手にして、寝る直前に廊下に放り出せば良かった。けど今から部屋に招き入れたら……想像するだけでも騒がしそうだ。やっぱり止めよう。
そうなると暇を潰す方法がない。……いや、一つだけあったな。
口元をニヤリと吊り上がらせ、部屋から出る。廊下の隅で項垂れているスノーを一瞥し、村長に一言断りを入れてコップを二つ借りる。そして戦利品の酒を一つ片手に俺はジョン・サンダーの元に向かった。やっぱり異世界でも一日の終わりは酒で締めないとね!
空き家に入り監視をしてくれている蜥蜴人に目配りをさせ、外で待機を命じて俺はジョン・サンダーの前に腰を落とす。
『自分と一緒にお酒でもどうですか?』
『何しに来た?』
『ですからお酒ですよ。好きでしょ?』
『はっ、酔わせて情報を吐かせようとしても無駄だ。残念ながら俺はプロの兵士だ。それぐらいじゃ吐かねぇ~よ』
『そんなつもりはありませんよ。ただどうにも暇でして……。サンダーさんも思いませんか? この魔界には娯楽があまりにも少ない。それを埋めるために酒が必要なのだと。さっ、取り敢えず一杯だけでも自分に付き合って下さい』
そう言いながら二つのコップに酒を注ぎこむ。それと同時に辺りに甘く華やかな香りが広がり、俺とジョン・サンダーの鼻をくすぐる。
言葉とは裏腹に、酒を目の前にしたジョン・サンダーは実に分かりやすい反応を示していた。コップに視線が釘付けとなり、生唾をごくりと飲み込む。彼は根っからの酒好きなのだと直ぐに分かった。
そんな姿に微笑ましくも思い、ジョン・サンダーの口元までコップを持っていく。飲む前に香りを楽しみ、口を付けた所でコップを傾けて飲ませる。そのまま一気にコップの中身を空にした。
なんだよ。結構ノリノリじゃないか。そう思いながら俺もコップに口をつけ、そのまま一気に飲み干す。一瞬にして喉が焼けるが、それもまた酒を飲む醍醐味だ。味に関しては説明が難しいが、現実世界のウィスキーと似たような味をしている。普段は飲みなれない酒だが、こうやってたまに飲むのも悪くはなかった。
お互いに一杯ずつ飲み、立て続けに二杯、三杯、四杯と飲み続けていく。ジョン・サンダーは酒が丁度良く回ったのか、四杯目を飲み終えた頃にはムスッとした表情から一変し、今は顔全体をほころばせていた。
『サンダーさん。一つだけ聞いてもいいですか?』
『俺はプロの兵士だ。何も答えん』
『……どうして人間族は魔界に攻めようと?』
『はぁ? お前はそんな事も知らんのか? ……って、俺も実際は戦争になった経緯は知らん。ただ、酒のお礼に噂程度なら答えてやる。……本当かどうかは知らないが、何でも魔界の資源が目当てらしい』
『資源ですか? それぐらい人間界にもあるでしょう?』
『お前ってやつは……。まっ、俺が知っているのはここまでだ。これ以上の事を知りたければ、お前のお仲間さんにでも聞いてみろよ。まっ、聞いた所で似たような経緯を教えてくれると思うけどな』
『そう、ですね。そうしてみます。……あっ、そうそう。最後にもう一つ。あの銃は壊れているのですか?』
ここからが本題だ。気持ちよくなった今だからこそ、この手の話を切り出した。
拷問を繰り返せば得られる情報だと思うが、俺としてはあまり拷問に対して気乗りしていない。そんな事をスノーの言うと怒られるだろう。きっと「人間族を拷問して何が悪いのですか!?」そう言って騒ぎ立てると思う。その気持ちも分からない事は無い。だけど、それでも俺は気乗りしない。日常で拷問が繰り広げられていないからだ。だから拷問が日常になれば、今と違った思いも芽生えるだろう。そうならない事を切に願いたいけども。
『そんな訳あるか! あれはお前たち魔族には使えない様に設計されている。せっかくの戦利品がガラクタで残念だったな。まっ、お前たちの技術力じゃ使えるように改造するのも無理だろうな。はっはっは!』
『そんな事が可能なのですか?』
『人間族の技術力を見くびるなよ! あの銃には微力の魔力が流れている。銃全体を張り巡らされた魔力が、な。……別に魔力の力で銃が撃てるわけじゃない。あれは一種の安全装置の役割をしている。魔力を操る魔族が手にすると、自ずと中の魔力はお前らに流れる。そうすると安全装置が起動し――後はお前が知っての通り撃つことはできない。つまりお前たち魔族には扱えない』
『なるほど……』
それってつまり、魔力を扱えない魔力不適合者なら扱えるって事なのか? まぁどうあれ、あの自動小銃が壊れている訳じゃないのは確かだ。それだけでも良い情報を聞けた。やっぱり情報を聞き出すのには酒の力は偉大だよね!
さて、そろそろ眠たくなってきたから部屋に戻ろう。彼にどんな末路が待っているかはしらないが、後の事は仲間に任せる。きっと悪いように……されると思うけど、それも自分たちが招いた事だ。そのツケが返ってきただけの事で、これ以上は俺の出る幕ではない。
外はすっかり日が沈み、気温も肌寒さを感じた。待機していた蜥蜴人にお礼を言い、真っ暗な夜道を輝かせる星空を見上げて帰途につく。
村長は朝方なのか自宅の明かりは消され、手探りで割り当てられた部屋へと向かう。廊下の隅では今もなおスノーが項垂れていた。きっと意地を張っているに違いない。そんなスノーに大きなため息をつき、そっと抱きかかえスノーの部屋まで連れて行き、目を輝かせるスノーを尻目に布団に寝かせ、部屋を後にした。背後で何かが聞こえるが気にしない。
そして自室に戻りドアのカギを締め、フカフカのベッドに潜り込む。酔いも回っているのも相俟って、数分後には現実世界へと旅立った。
異世界に召喚されて早数日。初めて自らの意思で現実世界へと戻ることに成功した事にもなる。
ここまで見ていただきありがとうございました。
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