人間界の勇者(1)
まず初めに魔王と勇者、この二名は切りたくても切れない関係ではないだろうか?
どのような物語にも魔王が誕生すれば勇者もまた現れ、そして互いに魅了されたかのように惹かれ――そして争う。その物語は王道でもあり、王道だからこその魅力がそこにあるのではないだろうか。
この世界でも例外ではない。前田健太郎が魔王として召喚された一月前、人間界でも勇者が誕生していた。そして前田健太郎が一月後に受け持つC区域の担当に就任した。つまり勇者がC区域に現れたからこそ、前田健太郎が召喚された事となる。
それこそがこの世界での自然の摂理であり、ごく当たり前な流れなのだ。
ちなみにC区域の他にも区域は無数にある。それは人間族が分かりやすく区域化しただけで、魔族の表現方法とは異なるが、それはまた別の話である。
そんな人間界の勇者は旧魔王軍の本拠地――前田健太郎が召喚された王都、それも前田健太郎が魔王として召喚された謁見の間、そこに勇者は片肘をついて座っていた。
以前との違いはそれだけではなく、内装もガラリと変貌していた。まず飾られていた装飾品などは全て戦利品として押収し、開けた空間には自軍から持ち込んだ机や周辺の地図――作戦会議室としてガラリと変貌を遂げた。ただ作戦室といっても立派なものではない。あるのは先に説明した机と周辺の地図のみで、電子機器は何一つ備えられていない。
それには理由がある。魔力と電波は非常に相性が悪いためだ。もちろん人間界でも魔力は存在するのだが、魔界と比べたら微々たる物である。そんな微々たる魔力が流れる人間界では、支障なしに使えた通信電子機器も、魔力の濃度が高い魔界では使い物にならなかった。原理としては空気中に漂う濃度の濃い魔力が電波を拡散し、一種のジャミング現象が発生するからだ。それは同時に無人航空機による偵察も行えず、有人航空機を導入するにも精密機械があまりにも多すぎて断念。かといって一昔前のアナログ戦闘機を今から開発しても、それを操縦する技術を有する者はいない。
そんな訳で技術力に優れた人間族でも、魔界での戦争ではアナログに頼らざるを得ない。それは同時に人間族にストレスとして帰ってくる事でもあった。
人間界でのデジタル化は百年ほど過去にさかのぼり、その進化は近年でもめ目まぐるしく成長を遂げていた。だからこそ、とも言える。デジタル化に慣れ過ぎた結果、一世紀前では当たり前だったアナログに嫌悪感を抱き、それと同時に兵士に不満が広がるのは遅くは無かった。
それも当たり前である。人間界ではどれだけ離れていても、通信機器が一つあれば互いの状況を判断する事ができる。だが魔界では違う。魔界では状況や情報を得るためには自分の足で現地に赴き、そして自分の目で確認する。それしか方法はないのである。一応は人間族が毛嫌いしているアナログ伝達――ライトでのモールス信号があるのだが、どうにも魔界は山脈が多く、それに相俟って背の高い木々がライトの光を邪魔する。そのせいで確認の行き違いから作戦に支障が生じ、今となってはモールス信号を誰も使っていない。
そのため自ずと作戦会議室は人の出入りが激しく、慌ただしく駆けまわる兵士を一瞥し、お飾り勇者はそっとため息をついた。
「勇者様ご報告します。旧魔王城に二十名ほど、城下町に百名ほどの捕虜を発見しました。情報を聞き出した後、本国に奴隷として搬送します。ただ約一名、魔王軍の主力部隊の隊長につきましては拷問を続け、敵の情報を洗いざらい聞き出していきます」
「あのね、別に私に報告しなくてもいいと思わない? だって私って勇者の癖に何もしてない訳だし」
「いえ、そのような事はございません! 勇者様がいての――」
「それ! 何かあれば『勇者様がいて』とか言うけど、私がいて何か変化はあった?」
「当たり前です。勇者様の存在だけで私を含め、全ての兵士は救われております!」
「……あっそ。お世辞でも嬉しいわよ」
「そのような事はありません! 私は心の底から――」
「あー、はいはい。もう分かったから下がっていいよ。ご報告ご苦労様でしたぁ~」
何度も聞いた返答に勇者は嫌気が差していた。普段は今みたいに嫌みったらしく言い放したりしない。もっと丁寧に言葉を選んで応答している。
だが、今日は違った。正確に言えば王都戦の以降からだ。
事の発端はこうである。勇者となり戦場に赴いて一月余り、戦場にはいるが前線とは程遠い場所で毎日退屈な時間を過ごしていた。朝起きて朝食を取り、退屈な会議に出ても発言は許されない、夜になったらお風呂に入って就寝。一月余りその退屈な生活を繰り返していた。勇者なら前線に出てこそ! そう思っていた一月前が恋しくなるほど退屈な日常。だから初めて提案した『私も前線に行きたい!』、と。もちろん全員一致で却下され、再び退屈な日常を繰り返している。その腹いせに子どもみたいに兵士に八つ当たりし、今もこうして不機嫌な表情で椅子に座っている。
だが、こればかりは仕方のない事だった。そもそもデジタル化が進んだ人間界において、勇者とは時代遅れの化石のような代物である。戦争を行うのは規定のプログラムをクリアしたプロの兵士の仕事で、勇者とはいえプログラムをクリアしなければ民間人、どれだけ駄々をこねても前線には行くことは不可能なのだ。それが勇者――いや、第三王女殿下の願いであっても。まぁそもそも第三王女殿下を、前線に送り込むこと自体が不可能である。
もちろん本人もそれは理解している。だが、魔界に赴く際に思っていた『勇者なら前線に出てこそ!』その思いも捨てられない。別に訓練した兵士と同じように、自動小銃で敵をバンバン撃ちたいとか思ってはいない。ただ前線をこの目で、肌で感じたかった。
たったそれだけの願いなのだが、叶えられそうにない願い。だから勇気を振り絞って発言した。だか、結果は先の通りである。そして勇者の逆ギレで、今に至る。
本日何度目かも分からない大きなため息をつき、勇者はそっと瞳を閉じた。今日もこのまま退屈な日常を繰り返す事に嫌気が差して。
そんな時だった。今まで以上に慌ただしく勇者の元に、血相を変えて兵士が駆け寄る。
「勇者様ご報告します! ただいま諜報部より通達がありました! 今まで不在だったC区域にて魔王が誕生したとの事です! つきましては勇者様には後方へ、安全地帯へと避難するよう本国か――」
「面白くなってきたじゃない! やっぱり勇者がいるなら魔王もいないと、この戦争も締まらないわよね! もちろん私もここに残るわ! 何だったら前線に行ってもいいぐらいよ!」
「いえ、本国から安全地帯へとの命令が――」
「バカじゃないの!? どこの世界に魔王から逃げる勇者がいるのよ!?」
「ですが――」
「本国には安全地帯に非難した、とだけ伝えなさい。どうせ分かるはずないわ。……さてさて、魔王様とは一体どんな方なのか。これは楽しみだわ……。むふ、むふふふ」
その後も兵士は何度も「安全地帯に非難を!」と叫ぶが、自分の世界に入ってしまった勇者の耳に入ることはなかった。
それよりも勇者にはやる事があった。何としても兵士の目を盗んで城から脱出し、何食わぬ顔で前線に合流。後はおとぎ話の英雄伝説のように魔王を討伐し、今までのお飾り勇者から本物の勇者に。そして本物の勇者になった自分を、白馬に乗った王子様が――と、脱線した妄想を膨らませていた。
仮にも第三女王殿下である。本物の勇者にならなくても、白馬に乗った王子様が迎えに来てくれる可能性は十分にあるのだが、今の彼女にはその考えが回らないほど、それほど魔王に対して強い敵対意識を向けていた。大半が独りよがりの安易な考えなのだが、当の本人はそれに気が付いていない。
そうと決まれば勇者の行動は早かった。
何食わぬ顔で作戦会議室から飛び出し、城内のあちこちを調べ歩き、抜け道となる場所のリストアップを始めた。城外に出るのは禁止されているが、こと城内に関しては特に規制もないため、すれ違う兵士も特に疑問には思わない。窮屈な生活を過ごす勇者に対しての息抜きだったが、今回に限っては完全に裏目に出たといえよう。
たっぷり半日も調査した結果、その甲斐あっていくつかの抜け道を勇者は探し出した。さすがに一階からの抜け道は使用できないが、その程度で妄想を膨らませる勇者は諦めない。
最も確率が高そうな抜け道、それはトイレ付近にぽっかりと開いた爆発跡だった。丁度その下は花壇となっており、小柄な勇者が隠れるには十分だった。問題はその爆発跡は二階にあることだろうか。だが、その問題点は勇者にとって容易く解決できる内容である。
勇者であり第三王女殿下の肩書を持つ彼女なのだが、それを思わせないほどのお転婆娘である。歳を重ねるごとに落ち着きを覚えたが、根は今も昔もさほど変わっていない。人間界に実家――王城を抜け出すのは昔からの特権で、時には今と同じように二階から飛び降りた事もあった。そうなれば今回も同じ方法で爆発跡から飛び出し、そのままバイクを盗んで前線に向かう。城内の兵士が気づいた頃には、既に前線に身を投じている頃だろう。
そして兵士は慌てふためき――想像しただけで勇者は笑いを堪えるので精一杯だった。
兵士に対して悪いとは思うが、これも将来の王子様のため。そう思えば今まで自分を除け者にしたバツであり、腹いせなのだと思うと罪悪感は綺麗さっぱり消えていた。
脱出プランもまとまり、後は夜が更けるのを待つのみとなった。
それなら、と。勇者は割り当てられた部屋のベッドに潜り込む。皮肉にもその部屋は魔王の寝室なのだが、そうとは知らない勇者は数分後には寝息を立てていた。
――勇者は大きな勘違いをしていた。
勇者が知っているのは戦争の爪痕で、実際の戦争は何も知らない。
本人は気づいていないが、第三王女殿下として沢山の仲間に守られてきた。戦果の報告だってそうだ。都合の良い内容だけを教え、それ以外は何も知らせていない。
一つの戦闘で仲間がどれだけ命を絶ったのか、一つの攻撃で重大な後遺症を負った兵士がどれだけいるのか、そして非道ともいえる虐殺を何度も繰り返している事とか。
そうやって守られてきた物を捨て、安易な考えで前線に行けばどうなるだろうか?
きっと絶望するだろう。仲間の死に、仲間の姿に、仲間の侵す非道な行動に。
だけど今の勇者には気が付かない。なぜなら守られる事に慣れてしまい、戦争について深く考えていないから。
だが明日からは嫌でも思い知るだろう。前線で戦闘を終えた双方の末路を。
そして遠い未来、きっと気が付くだろう。勇者が本当の意味で魔王なのだと。だがそれはまた別の話である。
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