第二章 ルチアナ・ドナドナ編
【シェアハウスの食卓戦争】「寿司を食う天使と、雑草を食う人魚」
ポポロ村の絶対的な安全が「世界神」ルチアナによって保証されてから数日。
俺の【100均】スキルで建てた、巨大で快適な『4LDK魔導シェアハウス』の広々としたリビングでは、今日も今日とて日常という名のカオスが繰り広げられていた。
『みんなー! こんキュラ〜☆ 天界から舞い降りた君の専属エンジェル、キュララだよっ!』
リングライトの眩しい光を浴びながら、スマホのカメラに向かってウインクを飛ばす少女。
プラチナブロンドのツインテールに、頭上には七色に発光する光輪(オンオフ可能)。背中には小ぶりで純白の翼が生えている。
彼女の名前は、キュララ・アルセルラ。
天界のスパルタ教育(主にヴァルキュリアの青汁)から逃げ出し、ルナミス帝国でメイドを経て、今や神々の配信サイト『ゴッドチューブ』でトップクラスの登録者数を誇る超人気インフルエンサー(下級天使)である。
『今日はね、リスナーの【山田さん】がルナ・イーツで差し入れしてくれた、この特上お寿司セットをいただきまーす!』
キュララの目の前には、ルナキン(ファミレス)のデリバリー部門が届けた、金ピカの巨大な寿司桶が鎮座していた。
大トロ、ウニ、イクラ、そしてシーラン海で獲れた新鮮なマグローザの握り。海の宝石箱のような輝きに、配信のコメント欄が『美味そう!』『キュララちゃんいっぱい食べてね♡』と爆速で流れていく。
『ん〜っ! 大トロ、お口の中でとろけちゃう〜! 山田さん、スパチャとQR決済の奢り、本当にありがとう♡ キュララ、山田さんのこと大好きだよっ!』
あざとい上目遣いと、プロフェッショナルなアイドルスマイル。
財布を一切持たず、すべてをリスナーの「他力本願決済」で賄うという、現代の錬金術を体現する天使。
その光り輝く配信風景の、わずか一メートル横。
カメラの死角となるリビングの隅のちゃぶ台で、どス黒いオーラを放ちながらギリギリと奥歯を鳴らしている『色褪せた芋ジャージ姿の少女』がいた。
「…………ギギギギギッ」
元人魚姫にして、極貧地下アイドル・リーザである。
彼女の目の前にあるのは、公園で摘んできた『タンポポ(よく洗ったもの)』と、タローソン(コンビニ)でもらってきた『パンの耳』。それに、俺が100均で出したマヨネーズをちょろっとかけただけの、悲しすぎる【雑草サラダ定食】だった。
「もぐ……しゃり……にっが……! ペッ、このタンポポ、まだ土の味がしますわ……っ」
涙目で雑草を噛み締めながら、リーザの血走った眼球は、横で大トロを頬張るキュララを完全にロックオンしていた。
「あ、リーザ先輩! お疲れ様です! 配信外ですけど、玉子焼き、一切れ食べます? あ、でもアイドルだからカロリー制限中ですよね! ごめんなさーい☆」
「……」
「ん〜! ウニも甘くて最高〜!」
「……お前」
ブチッ、と。
リーザの脳内で、人魚姫としての最後の理性が切れる音がした。
「……私の、私の太客をよくもぉぉぉぉぉっ!!」
「きゃあっ!?」
リーザがちゃぶ台を蹴り飛ばし、猛獣のような勢いでキュララに飛びかかった。
「山田さんは昨日、私の配信で『リーザちゃんのために頑張って働くよ』って言ってくれてたんですのよ! それをアンタ、裏でDM送って引き抜きましたわね!? 私の大トロ! 私のお賽銭! 返しなさい泥棒天使ぃぃぃっ!!」
「い、痛い痛い! 翼引っ張らないで! 営業努力だよ! 視聴者のパイの奪い合いはアイドルの基本でしょ!? 貧乏神が私に触るなーっ!」
「誰が貧乏神ですの! その寿司桶、まるごと私の胃袋に没収してやりますわぁぁっ!」
ボフッ! バキィッ!
プラチナブロンドと水色の髪が絡み合い、フローリングの上で泥沼のキャットファイト(プロレス)が幕を開けた。
「大トロよこせ!」「やだ山田さんの奢りだもん!」「ギャー!」「キーッ!」と、アイドルの欠片もない罵詈雑言が飛び交う。
「……相変わらず、朝から元気なこっちゃな」
少し離れたソファ席で、淹れたてのポポロ・コーヒーをすすりながら、ニャングルが呆れたように算盤を弾いていた。
「金貨数十枚はくだらん特上寿司と、原価0円のタンポポ。……残酷な格差社会の縮図やで、タクミっち。お前、シェアハウスの大家として止めに入らんでええんか?」
「放っておいてもいいが、あいつら、暴れ回ってテレビ(100均の75インチスマートTV)を壊しそうだからな」
俺はため息をつき、ポケットから銅貨一枚(100円)を取り出して指で弾いた。
チャリン、と硬貨が光の粒子となって消える。
「インストール——『パーティ・罰ゲーム用 超激辛ロシアンわさび(スコヴィル値100万・致死量レベル)』」
俺の手のひらに、ドクロマークが描かれた毒々しい緑色のチューブが現れた。
地球の100円ショップのバラエティコーナーで売られている、冗談でも口にしてはいけないレベルの凶悪なペーストである。
「おらっ! その大トロは私のものですわーっ!」
「ああっ! 隙を突かれた!」
リーザがキュララの上に馬乗りになり、寿司桶の中から最も脂の乗った『極上大トロ』を手掴みで奪い取った。
勝利の笑みを浮かべ、大口を開けて大トロを放り込もうとするリーザ。
だが、その瞬間。
俺はマリーシア(ブラック企業で培った絶妙なタイミング管理)を駆使し、リーザの背後からチューブを構え、大トロの裏側に『緑色のペースト』をたっぷりと、親の仇のように絞り出した。
「いただきまーーすっ!!」
「あーっ! 私の大トロー!!」
パクッ!
リーザが勢いよく大トロを噛み千切り、下から身を乗り出したキュララも、残りの半分に喰らいついた。
……ピタッ。
二人の動きが、コマ送りのように完全に停止した。
「……ん?」
「……え?」
大トロの甘い脂が広がるはずだった二人の口腔内に、致死量レベルのカプサイシンとアリルイソチオシアネート(わんこそばの100倍の辛味成分)が、核爆発のように炸裂した。
「~~~~~~~~~~ッ!!?!?」
「!!!!?!?!?!?!」
声にならない悲鳴。
リーザの目から滝のように涙と鼻水が噴き出し、キュララの頭の光輪がショートした電球のようにバチバチと明滅する。
「が、がはっ……! ヴぇぁぁぁぁぁぁっ! 辛っ! 痛っ! 口の中が燃えてますわぁぁぁぁぁっ!?」
「ひ、ひぃぃぃぃっ! 神様助けて! 舌が! 舌が溶けるぅぅぅぅっ!!」
二人は床をのたうち回り、喉をかきむしりながら、リビングの隅に設置された『100均ドリンクバー』の給水機へとゾンビのように這っていった。
ガブガブと水を飲み続ける二人の醜態に、配信のコメント欄は『謎の放送事故ww』『急にどうしたww』『大トロに当たった? 草』と大爆笑に包まれている。
「ふぅ。これで少しは静かになったな」
「……タクミっち。お前、怒らせたらアカン人間ランキング、この大陸で堂々の第一位やで」
ニャングルが引きつった笑顔で算盤を抱え込む。
俺は残った寿司桶から、わさびのついていないイクラの軍艦巻きをつまんで口に放り込んだ。
「美味いな。さすが山田さんの奢りだ」
「人の金で食う寿司は美味いか?」
「あぁ。労働のストレスがない味がする。……さて、アイツらが水を飲み終わったら、ルナキンの新作メニューの試食でも手伝わせるか」
ポポロ村の絶対安全圏で繰り広げられる、騒がしくも愛おしいシェアハウスの日常。
モブの悪党など入り込む隙間もない俺たちのスローライフは、今日も極めて順調に回っていた。




