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第9話 法廷へようこそ

第9話 法廷へようこそ


王都ルセリアの最高高等裁判所。その第一法廷は、天高くそびえる漆黒の御影石の壁に囲まれ、まるですべての罪人を威圧する監獄のような冷徹さを放っていた。高い天窓から差し込む冬の薄い光が、傍聴席を埋め尽くした大勢の貴族や記者たちの顔を白々と照らし出している。

中央の証言台に立たされているレナードとミリアは、かつての華やかな面影を完全に失っていた。レナードの着ている近衛騎士の礼服からはすべての勲章が剥ぎ取られ、泥をかぶったように薄汚れている。ミリアの桃色のドレスも、連日の取り調べで皺だらけになり、見るも無惨な姿に成り下がっていた。

一方で、原告側の席に腰掛けるエルザ・フォン・アストレイは、完璧な美しさを保っていた。今日の彼女は、理性の象徴である深い天鵞絨の濃紺のテーラードドレスを身にまとい、襟元には狂いのない直線を真珠のブローチで留めている。

エルザは手元に置かれた、アストレイ商会特製のハーブとチキンのサンドイッチを優雅に一口、口へと運んだ。しっとりとしたパンの中に、バジルの清涼感とジューシーな鶏肉の旨味が広がる。それを完全に飲み込み、温かい麦茶で喉を潤してから、彼女は冷徹な青い瞳を証言台へと向けた。


「これより、被告レナード・フォン・バルドールによる公金流用罪、および被告ミリア・フォン・アストレイによる組織的横領罪に関する最終審理を開始する」


厳格な裁判長の宣告が、法廷内に重々しく響き渡る。その瞬間、レナードは狂ったように机を叩いて叫んだ。


「裁判長! 私は無実です! すべては隣にいるミリアに騙されたのです! 彼女が『絶対に確実な投資話がある、お小遣いを増やすためだ』と言うから、私は一時的に、本当に一時的に騎士団の資金を融通しただけに過ぎない! 横領する意図など毛頭なかった!」


「な、何をおっしゃるのですか、レナード様!」


ミリアが裏返った金切り声を上げてレナードに掴みかかろうとする。その指先は恐怖でがたがたと震えていた。


「私をそそのかしたのはあなたでしょう!?『バルドール伯爵家の面目のために、アストレイ商会を上回る利益を出してエルザを見返してやる』と息巻いていたのはあなたですわ! 私はただ、あなたのために書類の手続きを手伝っただけです!」


「黙れ! お前が僕の財布をアストレイ商会の名義で使い込んでいた時から、こうなることは決まっていたんだ! この詐欺女め!」


法廷の中で醜く罵り合う二人。その浅ましい姿に、傍聴席からは冷ややかな失笑と蔑みの囁きが漏れ聞こえる。鉄の匂いと、二人の焦燥した脂汗の不快な臭いが、法廷のぬるい空気の中に充満していく。


エルザは深く、ため息をついた。それは感情的な怒りではなく、あまりの論理性の低さに対する、心底からの呆れだった。彼女は静かに立ち上がり、淡淡とした足取りで中央の書記官の元へと歩み寄った。


「裁判長、被告両名の見苦しい主観のぶつかり合いは、審理の時間を無駄にするだけです。感情論を引き算し、ここに残された客観的な証拠を足し算いたしましょう」


エルザが合図を出すと、アストレイ商会の調査員たちが、台車に載せられた数十冊に及ぶ分厚いファイルを運び込んできた。ドン、と重い音が法廷内に響く。


「まず、被告ミリア・フォン・アストレイ。あなたは『ただ手続きを手伝っただけ』と主張されましたが、ゴールド・ツリー商会の裏口座に振り込まれた横領金のうち、実に六十パーセントが、あなた個人の名義で開設された別口座へ還流している事実が、この銀行の送金記録で証明されています。手続きどころか、あなたが主犯として資金の隠匿を行っていたことは明白です」


「あ、あれは……その、誰か別の人が、私の名前を勝手に使ったに決まっていますわ!」


ミリアは涙目で言い逃れようとする。しかし、エルザの追及はそこからが本番だった。


「では、こちらの音声魔導録音石の記録を再生いたします。これは、お二人が王都のカフェで密会されていた際、偶然にも当商会の魔導監査官が記録した、あなた方の生の声ですわ」


エルザが卓上の青い魔導石を指先で軽く叩く。すると、法廷の中に、はっきりとミリアの傲慢な声が響き渡った。


『レナード様、騎士団の治安維持費の口座から、とりあえず金貨三万枚をゴールド・ツリーに回してくださいな。誰にもバレませんわ。利益が出たらすぐに戻せば、お姉様を見返すどころか、アストレイ商会すら私たちの足元にひざまずかせることができますわ!』


完全にミリア自身の声だった。言い逃れのできない決定的な証拠に、ミリアは喉をヒッと鳴らし、顔面を土気色に変えてその場に崩れ落ちた。


「次に、被告レナード・フォン・バルドール」


エルザの視線が、今度はレナードを射抜く。


「あなたは『ミリアに騙され、横領の意図はなかった』と発言されましたね。ですが、先ほどの音声記録の直後、あなたの発言もきっちりと記録されております。再生いたしましょう」


『ああ、ミリアの言う通りだ。エルザのあの生意気な顔を数字で叩き潰せるなら、公金の流用など安いものだ。どうせ騎士団の監査など、僕の権限でいくらでも誤魔化せるからな』


レナード自身の傲慢な笑い声と共に、その音声が法廷内に響き渡る。

レナードはまるで全身の血が凍りついたかのように硬直した。彼がこれまでに述べてきた「騙された被害者である」という主張の矛盾が、彼自身の口から発せられた言葉によって、完全に証明された瞬間だった。


「あなた方のこれまでの発言の矛盾、および提出されたすべての客観的証拠に基づき、反論の余地は一切ございませんわね。ビジネスにおいても、法廷においても、数字と記録は決して嘘をつきません。嘘をつくのは、常に保身に走るあなた方の醜い感情だけです」


エルザは濃紺のドレスの裾を静かに整え、完璧な淑女の礼を取って自身の席へと戻った。

法廷内は、完璧な沈黙の後に、一斉にレナードとミリアを非難する怒号で満たされた。裁判長は厳かに木槌を打ち鳴らし、二人に対して国家反逆罪および巨額横領罪による、生涯にわたる強制労働刑の終身刑を言い渡した。


「嫌だ! 僕は伯爵家の嫡男だぞ! こんなところで終わるわけがない!」

「お姉様! 助けて、お姉様ぁ!」


衛兵たちに引きずられ、絶望の悲鳴を上げながら法廷の奥へと消えていく二人。エルザはその背中を一度も振り返ることなく、残ったサンドイッチをゆっくりと口に含み、冷徹な勝利の味を静かに噛み締めていた。



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