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第7話 一発逆転の投資話

第7話 一発逆転の投資話


王都ルセリアの冬は、終わりを知らないかのようにその寒さを厳しくしていく。アストレイ商会の執務室の窓からは、灰色の雲からちらちらと舞い落ちる粉雪が見えていた。室内は、上質な無煙炭が赤々と燃える暖炉の熱によって驚くほど暖かく、乾燥した空気の中に、エルザが淹れたばかりのシナモンティーの甘くスパイシーな香りが心地よく漂っている。

エルザ・フォン・アストレイは、漆黒のベルベット生地で作られた、実用的ながらも気品あるカッティングの冬用ドレスに身を包んでいた。金髪を端正な夜会巻きにまとめ、机の上に広げられた王都の最新の経済動向レポートに視線を落としている。

手元の小皿には、香ばしく焼き上げられたナッツ入りのスコーンと、自家製の洋梨のジャムが添えられていた。それをフォークで小さく崩して口に運ぶと、素朴な甘みが口いっぱいに広がる。


そのとき、エルザの優秀な秘書が、静かにドアをノックして室内に滑り込んできた。その手には、独自のルートで入手したという、王都の裏社交界で出回っている一枚のパンフレットが握られていた。


「お嬢様、やはり動きました。レナード様とミリア様です。お二人は昨日、新興の『ゴールド・ツリー商会』が主催する、非公開の投資説明会に出席されたようです」


「ゴールド・ツリー商会……。あの、最近やたらと高い配当を謳って急成長している、実体の見えない商会ね」


エルザはシナモンティーを一口啜り、秘書から受け取ったパンフレットに目を走らせた。

金箔が派手に押し出されたその紙面には、眩い文字が躍っている。『東方新航路の独占利権による、絶対確実な資産運用』『月利十パーセント保証、元本完全保証』。

夢のような言葉ばかりが並ぶその内容を見た瞬間、エルザの明晰な脳細胞は、そこに潜む致命的な欺瞞を瞬時に見抜いていた。


「月利十パーセントで元本保証なんて、この世の経済原則ではあり得ませんわ。典型的なポンジ・スキーム――つまり、後から入ってきた投資家の出資金を、さも利益が出ているかのように偽って先の投資家に配当として回しているだけの、自転車操業の詐欺行為ですわね」


「その通りです。しかし、有責の婚約解消によって莫大な違約金を背負わされたレナード様と、社交界での地位を完全に失ったミリア様にとっては、これ以上ない『一発逆転の救い』に見えたのでしょう。お二人は、周囲の目から隠れるようにして、王都の薄暗いカフェでその商会の代表と何度も密会を重ねているそうです」


秘書の報告を聞きながら、エルザは冷めた目でスコーンの残りを口に運んだ。

想像するだけで、その光景が目に浮かぶようだった。焦燥感に駆られ、判断力の鈍った愚か者たちが、甘い言葉を並べる詐欺師の口車に簡単に乗せられていく姿が。


「ミリア、これで僕たちは救われる! この『ゴールド・ツリー』に投資すれば、数ヶ月で元の資産どころか、アストレイ商会を買い叩けるほどの富が手に入るぞ!」


王都の片隅にある、安っぽい洋酒の匂いが染み付いた個室のカフェで、レナードは血走った目を輝かせてミリアの細い手を握りしめていた。近衛騎士の凛々しかった面影はどこへやら、今の彼は借金に追われる哀れな男の顔をしていた。


「本当ですか、レナード様!? まあ、元本が保証されているなんて、なんて素晴らしいのかしら。あのおぞましいお姉様を見返すためにも、私、絶対にこの投資に賭けたいわ。あの人が持っている宝石も、ドレスも、すべてお金の力で奪い取ってやりましょう!」


ミリアもまた、煤けた桃色のドレスの胸元をかきむしりながら、狂気じみた笑顔を浮かべていた。彼女たちの頭からは、すでにリスクを計算するという最低限の知性が引き算されていた。ただ、目の前にぶら下げられた偽りの黄金に、盲目的に飛びついているだけなのだ。


報告を終えた秘書は、少しだけ心配そうな面持ちでエルザに尋ねた。


「お嬢様、このまま放置すれば、レナード様はバルドール伯爵家の公金、あるいは騎士団の管理口座から資金を不正に流用してまで、あの詐欺商会に突っ込む危険性があります。アストレイ商会の名において、公式に警告を発しますか?」


エルザは珈琲のように深い色の瞳を細め、完璧に計算された冷徹な微笑みを浮かべた。


「いいえ、その必要はありませんわ。あえて止めずに、そのまま泳がせておきなさい」


「よろしいのですか?」


「ええ。人間というものは、他人の親切な警告には耳を貸さない性質を持っていますの。特に、自分たちが『一発逆転の天才』だと信じ込んでいるおバカさんたちには、言葉の薬は一切効きませんわ。彼らには、数字という名の絶対的な現実の壁に、その身を以て激突してもらうのが一番の教育です」


エルザは万年筆を手に取り、手帳の「監査予定」のページに、新たな項目を書き加えた。


「レナード様が公金を横領して投資に回せば、それはもはや単なる私的な失敗ではなく、国家的な重大犯罪になりますわ。ゴールド・ツリー商会が破綻するその瞬間、私は公認監査官として、一番特等席で彼らの破滅をデータに記録させていただくわ。その時が、今から本当に楽しみですこと」


暖炉の炎がエルザの美しい横顔を赤く照らし、その青い瞳に不気味なほどの知性の光を宿らせていた。

一発逆転を夢見る哀れな溺死者たちが、自らさらなる深淵へと飛び込んでいく。その悲劇のシナリオは、エルザの筋書き通りに、狂いなく進行し始めていた。



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