31話
第31話 元婚約者、屋敷に滞在する
ギルバートが屋敷に来た翌朝。
レティシアは、まだ昨日の混乱を引きずっていた。
(まさかギルバート様が来るなんて)
婚約破棄して以来、顔を合わせることはないと思っていた。
なのに、彼は昨日、堂々と宣言した。
「レティシアを諦めない」
その言葉が、胸の奥にまだ残っている。
そんなレティシアの前でギルバートは、当然のように言った。
「しばらく滞在させてもらうよ。レティシアの安全を確認するためにね」
「えっ!?」
レティシアは固まった。
その横で、ヴィクトールの眉がピクリと動く。
「誰が許可した」
「君じゃないよ、公爵閣下。王宮からの“視察協力”という名目だ」
「王宮!」
アレクシアがため息をついた。
「私のせいです。王宮が第三勢力の動きがあるため、伯爵家にも協力を求めると」
「視察官殿!」
「すみません」
レティシアは頭を抱えた。
(どうしてこうなるの)
いつもなら大騒ぎするメイドたちだが、今日は少し控えめだった。
「レティ、大丈夫?」
「元婚約者と公爵様が同じ屋敷って胃が痛くならない?」
「私たち、今日は恋バナ控えるから」
「控えるんですか?」
「控えるつもりだから」
「つもり」
レティシアは不安になった。
ギルバートは、レティシアの前に立った。
「レティシア。昨日は驚かせてしまったね」
「い、いえ」
「君が伯爵家を出た時、僕は何もできなかった。そのことを、ずっと後悔していた」
「ギルバート様」
「だから、今度こそ君を守りたい。君が望む形で」
レティシアは胸が少しだけ揺れた。
(ギルバート様前より優しい?)
昔の彼は、もっと冷たかった。婚約者という肩書きだけを見ていた。
でも今のギルバートはレティシアの目をまっすぐ見て、
言葉を選んで話している。
(変わったのかな)
ヴィクトールは、黙って二人を見ていた。
静かに。とても静かに。
その静けさが逆に怖い。
「レティ」
「は、はい?」
「ギルバートと二人で話す必要はない。何かあれば私が聞く」
「閣下!」
「私は君の“運命”になりたいと言ったはずだ」
「やめてください!!」
レティシアは真っ赤になった。
ギルバートが眉を上げる。
「運命、ね。君らしい言い方だ、公爵閣下」
「皮肉か?」
「事実だよ」
レティシアは慌てて二人の間に入った。
「やめてください!! 喧嘩しないでください!!」
【五】アレクシア、胃痛を抱えながら調整役
アレクシアは、二人の間に割って入った。
「閣下、ギルバート殿。ここは公爵邸です。個人的な争いは控えてください」
「個人的ではない」
「個人的ではないね」
二人が同時に言った。
「私の胃が死にます」
アレクシアは頭を押さえた。
そこへ、ドロシーがやってきた。
「はいはい、二人とも落ち着きなさい。レティが困ってるでしょ」
「困ってない!!」
ヴィクトール。
「困ってる!!」
ギルバート。
「困ってます!!」
レティシア。
「ほらね」
ドロシーは腕を組んだ。
「レティの気持ちを聞くのが先よ。レティ、あんたはどうしたいの?」
レティシアは胸に手を当てた。
「私は」
「私はここで働きたいです。雑用係として、みんなの役に立ちたい」
ギルバートは目を細めた。
「そうか」
ヴィクトールは小さく微笑んだ。
「レティらしいな」
レティシアは続けた。
「だから喧嘩しないでください。私のために争わないでください」
二人は黙った。
そして同時に言った。
「努力する」
「努力するよ」
「同時に言わないでください!!」
こうしてギルバートの滞在が正式に決まった。
メイドたちはざわめく。
「レティ、恋の嵐が来るわよ」
「公爵様と元婚約者が同じ屋敷って」
「胃薬いる?」
「いりません!!」
レティシアは叫んだ。




