表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された雑用係の私、公爵様の甘々な求愛に無自覚なまま愛されすぎている件  作者: おーちゃん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/34

21話

第21話 第三の影


 夜明け前、屋敷の外は、夜の名残がまだ空に貼りついている時間帯。

 屋敷の外壁に沿って、黒い影が滑るように動いていた。

 足音はない。呼吸の気配すらない。ただ、闇が形を持って歩いているような存在。


「ここが、ラインハルト公爵邸か」


 低い声が、風に溶けた。影は屋敷の窓をひとつひとつ見上げ、その中のひとつレティシアの部屋の窓で動きを止めた。


「やはり、ここにいたか。レティシア・アレン」


 声は、懐かしさと憎悪が混ざったような響きを持っていた。


 朝。レティシアは、いつもより早く目を覚ました。胸の奥に、何かが引っかかっている。

 夢を見た気がする。誰かが自分を呼んでいたような、そんな曖昧な感覚。


(気のせいよね)


 そう思いたかった。だが、窓の外を見ると、朝露のついた窓枠に、指でなぞったような跡が残っていた。


(誰かが触った?)


 胸が冷たくなる。


 騒がしい朝はいつものことである。食堂に入った瞬間、レティシアはメイドたちに囲まれた。


「レティ、昨日の夜、誰かが屋敷の外を歩いてたって噂よ」


「影が動いてたって、夜勤のメイドが言ってた」

「また侵入者かな。もうやだ」


「閣下がレティの部屋の前で寝てたって本当?」


「それは本当です!!」


「ちょっと待ってください!!」


 レティシアは慌てて手を振った。


「閣下は寝てません! ただ見張ってただけで!」


「それ寝てるのと同じよ」


「いや、むしろ寝てるより重症では」


「恋ね」


「恋だわ」


「恋以外に何があるのよ」


「聞こえてます!!」


 レティシアは頭を抱えた。


 ヴィクトールは、朝から落ち着かなかった。執務室の窓を何度も見に行き、廊下を歩くたびにレティシアの姿を探した。

 メイドに、

 「レティはどこだ」


 と三回聞き、ウォーレスに


「落ち着け」


 と五回言われた。


 また狙われたらどうするのかが問題だった。


 昨日の影の侵入。レティシアが怯えた顔で自分を見上げた瞬間。その記憶が胸に焼きついて離れない。

 守らなければ。何があってもと決意する。

 同時に、胸の奥に別の恐怖があった。

 レティが、私のせいで危険に晒されているのではないかとも。その考えが、彼をさらに追い詰めていた。



 視察官アレクシアは、王宮からの追加通達を読み返していた。

 レティシアを確保せよ。

 第三勢力が動いている可能性ありという内容。


「第三勢力」


 伯爵家でも、王宮でもない。だとすれば彼らが動く理由はレティシアか。アレクシアは目を閉じた。

 あの子は、ただの雑用係ではない。

 何かもっと大きなものに関わっている気がする。それが何なのかはまだ掴めない。

 私の任務は、彼女を守ることなのか、それとも。アレクシアの胸に、初めて迷いが生まれていた。




 裏庭で洗濯物を干していると、アレクシアが現れた。


「レティシア。話があります」


「はい」


 アレクシアは、昨日までとは違う表情をしていた。冷たさの奥に、何か別の感情が混ざっている。


「あなたを狙った者が、伯爵家ではない可能性が高いと判明しました」


「じゃあ、誰が?」


「まだ断定はできません」


 アレクシアはレティシアの目を見た。


「あなたの出生に関わる者かもしれません」


 レティシアの心臓が止まりそうになった。


「私の出生?」


「ええ。あなたは伯爵家の養子ですが、本当の両親については、記録がほとんど残っていません」


 レティシアは信じられない。


(知らなかった。考えたこともない)


「あなたの本当の家系が、王宮にとって危険である可能性があります」


「危険?」


「あなたは、ただの雑用係ではないのです」


 アレクシアの声は静かだった。


「あなたは鍵なのです。王宮と、伯爵家と、第三勢力にとって」


 レティシアは息を呑んだ。


(私が鍵?)


 その時、裏庭の入口から声がした。


「レティ!!」


 ヴィクトールが駆け寄ってきた。


「レティ、どこに行っていたんだ! 探したぞ!」


「閣下、私は洗濯を」


「洗濯ならメイドに任せればいい」


「雑用係です!!」


「雑用係でも危険だ」


 アレクシアが咳払いをした。


「閣下。あなたの過保護は、逆に彼女を追い詰めます」


「追い詰めてなどいない」


「追い詰めています」


「追い詰めていない!!」


「追い詰めています」


「そうなのか」


 レティシアは二人の間に入った。


「やめてください!!」


 二人はハッとしたようにレティシアを見た。


「私のことで喧嘩しないでください」


 その声は震えていた。ヴィクトールの表情が曇る。


「すまない、レティ」


 アレクシアも目を伏せた。


「申し訳ありません」



 その夜。屋敷の外で、再び影が動いた。昨日の影とは違う。

 もっと静かで、もっと深い闇に属する者。


「レティシア・アレン。やっと見つけた」


 影は屋敷の壁を伝い、窓の隙間から中を覗き込む。視線の先にはレティシアの部屋。


「迎えに来たぞ。本当の家へ」


 影の声は、闇よりも冷たかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ