15話
第15話 視察官アレクシア、屋敷を揺らす
王宮視察官アレクシアが到着した翌朝。
ラインハルト公爵邸は、まるで嵐の目にいるかのような静けさに包まれていた。
昨日の夕方、アレクシアが玄関ホールに姿を現した瞬間、
屋敷の空気は一変した。
メイドたちは怯え、
先輩メイドのハンスは胃薬を飲む始末。
ウォーレスは面白くなってきたと笑い、ヴィクトールはレティシアの前に立って壁になる。
レティシアは心の中で最悪だとなった。
屋敷には視察官アレクシアがさっそく、朝から屋敷の隅々を歩き回っていた。
(ちょっと嫌な予感しかしない。厄介な感じだ)
レティシアは、洗濯物を抱えながらため息をついた。
そんなレティシアを前に視察官は朝から全力で行動する。
「雑用係レティシア。あなたの朝の動きを拝見します」
アレクシアは、まるで軍隊の教官のように背筋を伸ばし、レティシアの後ろにぴったりとついてきた。
こんな状態で仕事をさせるのがアレクシアのやり方。
「えっあの」
「遠慮はいりません。いつも通りに」
(いや、遠慮してほしいんですけど。こんなに見られて仕事できません)
レティシアは心の中で叫んだ。
洗濯物を畳む。
アレクシアが横から覗き込む。
「その畳み方王宮式ではありませんね」
「雑用係式です」
「雑用係式」
アレクシアは眉をひそめた。初めて聞いた顔だった。
(なんでそんなに真剣に見るのよ。畳んでいるだけなのに)
次に、床掃除をする。 レティシアがモップを動かすと、アレクシアがメモを取る。
「動きが速い。無駄がない」
「褒めてます?」
「評価しています」
(褒めてよ!!)
厳しいチェックをする。メイドたちは視察官に怯える。
「レティ視察官、怖い」
エリンが震えながら近づいてきた。
「目が鋭すぎる」
「魂まで見透かされそう」
「レティが連れて行かれたらどうしよう」
「閣下が暴走するわね」
「戦争が起きるかも」
「やめてください」
レティシアは頭を抱えた。みんなが怯えた時、ハンナが静かに言った。
「あなたたち、仕事に戻りなさい」
「「「はいっ!!!」」」
全員が一斉に散っていった。
(ハンナさん、やっぱり最強だわ)
視察があり、公爵はいつも以上に朝から不安定となった。
「レティ」
低い声が廊下に響いた。
振り返ると、ヴィクトールが立っていた。
銀髪は乱れ、目は焦りで揺れている。
「閣下、おはようございます」
「おはようレティ。視察官が君を持ち帰るのでは?」
「取られません」
「本当か?」
「本当です!」
ヴィクトール公爵は胸を押さえ安心する。
「よかった」
(閣下昨日からずっとこんな感じね)
レティシアは苦笑した。
だが、アレクシア視察官はそのやり取りを見逃さなかった。
「公爵閣下。雑用係との距離が近すぎます」
「なに?」
「王宮では、主と使用人の距離は厳格に定められています。あなたの態度は規律違反です」
「これが規律違反だと言うのか」
ヴィクトールが固まった。
「規律違反なのは納得いかない。なぜならレティは私の」
「私の?」
ウォーレスが横から口を挟む。
「恋人?」
「黙れ!!」
ヴィクトールが真っ赤になって怒鳴る。
アレクシアは冷たい目で二人を見た。
「後ほど詳しく伺います」
(絶対誤解された!!)
レティシアは心の中で崩れ落ちた。
さらに視察官は屋敷を徹底調査をやめない。
アレクシアは屋敷中を歩き回り、視察を緩めない。
メイドたちに次々と質問を投げかけた。
「雑用係レティシアの勤務態度は?」
「レティはすごいです! 完璧です!」
「レティがいないと屋敷が回りません!」
「レティがいないと閣下が起きません!」
「最後のは余計です!!」
レティシアは当然とばかりに叫んだ。
アレクシアはメモを取りながら頷く。
「なるほど公爵閣下の生活に深く関わっている、と」
「違います!!」
(恐ろしい視察官)
「では、どう違うのですか?」
「雑用係として、です」
「雑用係が主の寝起きを管理するのですか?」
「えっと」
(言い返せない!)
そこで先輩ハンナが視察官に立ち向かうとなった。ハンナが静かに歩み出た。
「視察官殿。レティシアは優秀な雑用係です。それ以上でも、それ以下でもありません」
アレクシアがハンナを見る。
「あなたは?」
「この屋敷のベテランメイド、ハンナと申します。レティシアの教育係です」
「教育係」
アレクシアの目がわずかに細くなる。鋭い視線をハンナに送る。ハンナはたじろぐことはない。
「あなたは、レティシアが公爵閣下に特別な感情を抱いていると思いますか?」
「思いません」
ハンナは即答した。
「レティシアは、過去に傷つき、今は自分の足で立とうとしているだけです。閣下がどう思おうと、彼女は彼女の道を歩いています」
アレクシアは沈黙した。
その沈黙は、まるで試されているようだった。
「興味深い」
アレクシアは小さく呟いた。ハンナの会話を精密に分析した結果だった。
追及は止まらない。視察官はレティシアに迫る。
「レティシア」
アレクシアがレティシアの前に立つ。
「あなたは、なぜ伯爵家に戻らなかったのですか?」
レティシアは息を呑んだ。
「戻る理由がありませんでした」
「伯爵家での生活は不満だった?」
「不満というより」
レティシアは胸に手を当てた。
「私は飾りでした。誰も私を見ていませんでした。私の言葉も、涙も、存在も」
アレクシアの瞳が揺れた。
「ここでは違うのですか?」
「はい。ここでは私を見てくれる人がいます」
レティシアは微笑んだ。
「私を必要としてくれる人がいます。だから、私はここで働きたいのです」
アレクシアはしばらくレティシアを見つめ、
そして静かに言った。
「分析しました。わかりました」
(え?)
レティシアは驚いた。
「あなたの意思は理解しました。 しかし」
アレクシアの瞳が鋭く光る。
「公爵閣下の感情は、別問題です」
「えっ」
「彼はあなたに依存しすぎています」
「依存ですか」
レティシアは確信を突かれたような思いに。
「閣下はそんな」
「レティ!!」
噂を聞いたのが、廊下の向こうからヴィクトール公爵が走ってきた。
「レティ、どこに行っていたんだ」
「閣下、今のタイミングで来ないでください!!」
アレクシアはため息をついた。
「やはり、調査が必要ですね」
(何かが終わった)
レティシアの胸の内は複雑に。
彼女はまだ知らない。
視察官アレクシアが、公爵の過去と深く関わる人物であることを。
そしてこの調査が、レティシア自身の運命を大きく揺るがすことを。




