13話
第13話 嵐の余波、そして新たな波紋
ギルバートが去った翌朝。
ラインハルト公爵邸は、昨日とは違う意味でざわついていた。
昨日の緊張感は薄れたものの、屋敷全体に何かが変わった空気が漂っている。
メイドたちはいつもより声が大きく、足取りも軽い。
まるで、長年の宿敵が倒れた後の祝賀ムードのようだった。
(なんだか、みんな元気ね)
レティシアは、いつもの日課である洗濯物を抱えながら廊下を歩いていた。
昨日の対峙は、彼女の心に大きな区切りをつけた。
胸の奥にあった重い石が消え、代わりに静かな決意が宿っている。
メイド達は慌てている。
「レティ、凄いじゃん!」
ドロシーが勢いよく飛び出してきた。
その後ろには、エリン、カトリーヌ、ハンナ、マルタまで揃っている。
(全員集合してる嫌な予感しかしない)
予想は当たっていて、メイド会議の開幕となる。
「レティ昨日のあれ、すごかったわよ」
ドロシーがレティシアの肩を掴んで揺さぶる。
「何がですか?」
「何がってあのギルバート様に、あんなに堂々とした態度」
「かっこよかったです!」
エリンが目を潤ませている。
「まさか、あの冷血伯爵を黙らせるとは、おそれいる」
マルタが腕を組んで唸る。
「レティシアさん、惚れ直しました」
カトリーヌが妖艶に微笑む。
「あなた、昨日のあなたは本当に立派だったわ」
ハンナが静かに頷いた。
レティシアは顔が熱くなるのを感じた。
「みなさん、そんな私はただ、自分の意思を言っただけで」
「それがすごいのよ!」
ドロシーが叫ぶ。
「伯爵家の使者を前に堂々と宣言するなんて、普通できないわ」
「しかも閣下の前でね」
エリンが手を握りしめる。
「閣下、あの時完全に恋する男の顔でしたね」
カトリーヌがにやりと笑う。
「やめてください!!」
レティシアは耳まで真っ赤になった。
(なんだこの雑談は)
そんな雑談をしていると公爵は朝から不安定だった。廊下の向こうから足音がした。
「レティ」
ヴィクトールが立っていた。
いつもより少しだけ疲れた顔をしている。
(昨日のこと、気にしてるのかしら)
「閣下、おはようございます」
「おはようレティ。昨日はその」
言葉が続かない。
ヴィクトール公爵は視線を泳がせ、落ち着かない様子でレティシアを見つめている。
「昨日のことは本当に、よかった」
声は、どこか震えていた。
「ありがとうございます」
レティシアが微笑むと、ヴィクトールは胸を押さえた。
「レティが、伯爵家に戻らないと言ってくれて私は」
また言葉が詰まる。
(閣下)
レティシアは胸が少しだけホッとなるのを感じた。
「閣下、顔が赤いですよ?」
エリンが小声でささやく。
「閣下、昨日からずっとレティのこと見てますよね」
ドロシーがにやにやする。
「完全に恋ですね」
カトリーヌが断言する。
「黙れ!!」
ヴィクトールの怒号が廊下に響き渡り、メイドたちはピシッとする。
そこへウォーレス登場となった。まるで待ち構えていたかのように。
「やあ、朝から賑やかだね」
ウォーレスが優雅に挨拶。
手にはコーヒー、表情はいつもの余裕。
「昨日の修羅場、見事だったよ。まるで劇場のクライマックスだった」
「黙れ。何も言うな」
ヴィクトールが即座に怒鳴る。
「いやいや、褒めてるんだよ。君のレティを守る騎士っぷりは素晴らしかった」
「黙れと言っている!!」
ウォーレスは肩を揺らして笑った。
「でもね、ヴィクトール。昨日の件で、王都は大騒ぎだよ」
「なぜ騒ぐのだ」
「鉄血公爵、元婚約者のギルバートを追い返すって噂が広まってる」
「誰がそんなことを噂する。バカか」
「王都の噂は早いからね。しかも、伯爵家の使者があんな顔で帰ったんだ。広まらないわけがない」
ヴィクトールは頭を抱えた。
「また面倒なことに」
「まあ、王都の噂なんて可愛いものだよ。問題は深い」
ウォーレスの声が低くなる。
「王宮が、この件に興味を持ち始めたことだ」
レティシアは息を呑んだ。
「王宮が?」
(王宮までも。話が大きくなっている)
「うん。王宮雑務局は、レティシア嬢の異常な有能さに興味津々だ。王宮内務局は鉄血公爵の恋愛事情に興味津々だし、王宮広報局は新たな英雄誕生として記事にしたがってる」
「全部いらないです」
レティシアは叫んだ。
(恋愛やら英雄とか、どんどんと進んでいるよう。困った)
するとメイドたちの暴走は加速する。
「レティが王宮入り?」
「いや、閣下の恋人枠でしょ」
「違います」
レティシアは全力で否定した。
「でも、昨日の閣下の顔完全に恋してましたよね」
エリンが頬を赤らめる。
「レティが伯爵家に戻らないって言った瞬間、閣下の顔がぱあっと明るくなったの、見た?」
ドロシーが興奮気味に語る。
「恋する男の顔でしたね」
カトリーヌが断言する。
「閣下、レティのためなら戦争も起こしそう」
マルタが真顔で言う。
「やめてください!!」
レティシアは頭を抱えた。
(メイド達の妄想が止まらないです)
レティシアが困っていると、王宮からの新たな通達かある。玄関ホールから声が響いた。
「ラインハルト公爵閣下に申し上げます。王宮より緊急通達です」
レティシアは顔を上げた。
(また?)
使者が封書を差し出す。
ヴィクトールはそれを受け取り、封を切った。
そして。
「は?」
ヴィクトールの顔が固まった。
「閣下、なんて書いてあるんですか?」
ハンスが覗き込む。
「レティを王宮に呼びたいそうだ」
「はああああああああああああああああああああ?」
レティシアは叫んだ。
(王宮に!)
「なんでですか!!」
「鉄血公爵の寝起きを改善した英雄として、正式に王宮で働いてほしいと」
「そんな英雄いりません」
レティシアは頭を抱えた。
(呼ばれる理由が、おかし過ぎる!)
新たな手紙にヴィクトール公爵は再び暴走となる。
「レティは王宮に行かせない」
ヴィクトールが宣言した。
「閣下、落ち着いてください」
「これが落ち着けるか。レティが王宮に行ったら、私は私はどうするのだ」
「朝起きられない?」
「それもだが」
ヴィクトールは顔を真っ赤にして叫んだ。
「レティがいなくなるのは嫌だ!!」
レティシアの心臓が跳ねた。
(閣下、本当ですか)
メイドたちがざわめく。
「きゃー!!」
「告白!? 今の告白!?」
「閣下、ついに言ったわね!」
「違う!!」
ヴィクトールが真っ赤になって否定する。
(否定するの?)
今のヴィクトールの発言にレティシアの胸の内は動揺する。
(本当に変な屋敷だわ)
しかしレティシアは決意もあった。
(ここでなら、私前に進める)
レティシアは、そっと微笑んだものの、彼女はまだ知らない。
王宮が動き始めたことで、新たな人物が公爵邸に向かっていることを。
その人物こそ、レティシアの運命を大きく揺るがす存在となるのだった。




