表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/36

【第20話 揺れる人】

「……あいつ、見てないか」


商人の男が、小さく言った。


坂井新之助は顔を上げる。


「誰だ」


「佐吉だ」


その名前に、新之助の表情がわずかに動く。


運びを任せていた若者。


真面目で、よく働く男だ。


「今日、来ていない」


沈黙。


(……来たか)


新之助は、静かに立ち上がる。


「探す」


———


村外れ。


小さな小屋。


戸が半分開いている。


「佐吉」


声をかける。


中にいた。


だが——


様子が違う。


「……新之助様」


視線を合わせない。


空気が重い。


「どうした」


短く問う。


沈黙。


やがて——


「……話があります」


低い声だった。


———


「向こうから、誘いが来ています」


その一言で、すべてが繋がる。


「いくらだ」


新之助は、すぐに聞いた。


佐吉は、少しだけ躊躇い——


「……倍です」


沈黙。


(分かりやすい)


金。


一番、強い理由。


「条件は」


「運びの情報を、教えること」


空気が凍る。


——完全に、核心だ。


「……断ったのか」


新之助が問う。


佐吉は、答えない。


その沈黙が、すべてだった。


———


「……迷っているのか」


静かに言う。


佐吉は、拳を握った。


「当たり前です!」


声が震える。


「家族がいます!」


「食わせないといけない!」


空気が張り詰める。


「今より、楽になるなら——」


言葉が詰まる。


「……何が悪いんですか」


沈黙。


——正論だ。


新之助は、ゆっくりと息を吐く。


(これは責められない)


「悪くない」


短く言う。


佐吉が顔を上げる。


「……え?」


「選べ」


静かに続ける。


「自分で」


沈黙。


「ここに残るか」


「向こうに行くか」


空気が、重く沈む。


「……止めないんですか」


佐吉が絞り出す。


新之助は、首を振った。


「止めても、意味がない」


短く言う。


「心がなければ、続かない」


———


沈黙。


長い沈黙。


やがて——


「……もし」


佐吉が口を開く。


「ここに残ったら」


「どうなりますか」


新之助は、迷わず答えた。


「楽じゃない」


沈黙。


「だが——」


一歩踏み込む。


「大きくなる」


空気が変わる。


「お前がやっていることは」


「ただの運びじゃない」


「流れを作っている」


言葉を重ねる。


「ここが広がれば——」


「もっと必要になる」


佐吉の目が、揺れる。


「……でも」


「今は苦しい」


小さく呟く。


新之助は頷いた。


「分かっている」


———


「なら、変える」


空気が止まる。


「……何をですか」


「仕組みを」


短く言う。


「働く者が、報われるようにする」


沈黙。


「今までは、足りなかった」


認める。


「だから——」


「直す」


———


数日後。


新しい仕組みが導入された。


・運びの成果に応じた報酬

・長期での分配

・家族への支援


「……増えてる」


佐吉が呟く。


袋の中の銭。


以前より、明らかに多い。


「これで、いいのか」


誰かが言う。


新之助は答える。


「これでも、足りない」


沈黙。


「だが——」


一歩踏み出す。


「これが、始まりだ」


———


夕暮れ。


佐吉は、一人で立っていた。


手の中の銭。


そして——


遠くの市場。


(……ここでいいのか)


迷いは、まだ消えていない。


だが——


「……やるか」


小さく呟く。


その目に、わずかな決意が宿る。


———


遠くで、それを見ている影があった。


「……残ったか」


低い声。


「だが——」


口元が歪む。


「次は、別を当たる」


——戦いは終わらない。


人を巡る争いは、さらに広がる。


――続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ