【第16話 境界線の攻防】
「……他藩が、動いている」
役人の言葉は、短かった。
坂井新之助は、その意味をすぐに理解する。
「どこだ」
「西だ」
答えは簡潔だった。
「すでに、商人を動かしている」
空気が変わる。
(やはり来たか)
新之助は、静かに息を吐く。
(こちらの動きは、見られている)
当然だ。
市場を広げ、流通を変えた。
それは——
他の藩にとっても脅威になる。
「何をしている」
新之助が問う。
役人は答える。
「安く流している」
沈黙。
(価格戦争……)
分かりやすく、強い手だ。
「狙いは」
「こちらの市場を潰すことだろう」
———
数日後。
境に近い町。
新之助は、現地を見ていた。
「……確かに安いな」
商人が呟く。
並んでいる品は、明らかに低価格。
「赤字だろ、これ」
「構わねえんだろう」
別の男が言う。
「潰せればいい」
空気が重くなる。
(短期で攻めてきたか)
新之助は考える。
(なら——長期で返す)
———
「対抗はしない」
新之助は言った。
「は?」
全員が固まる。
「値下げしない」
ざわめきが広がる。
「勝てるわけねえ!」
当然の反応だ。
だが——
「勝つ必要はない」
静かに言う。
「え?」
「耐えればいい」
沈黙。
(相手は無理をしている)
(続かない)
ならば——
「こちらは崩れない」
短く言う。
———
さらに。
「もう一つ」
新之助は続ける。
「分ける」
「……何をだ」
「市場を」
空気が変わる。
「境の町は、捨てる」
ざわめき。
「なっ……!」
「奥に集中する」
短く言う。
「守る場所を絞る」
沈黙。
(全部を守ろうとすれば、全部崩れる)
(なら——選ぶ)
———
数週間後。
変化が出始めた。
境の町は、相手が押さえる。
だが——
奥の町は、安定している。
「……崩れねえな」
商人が呟く。
「当たり前だ」
新之助は言う。
「無理をしていない」
———
その頃。
他藩の商人たち。
「……おかしい」
一人が顔をしかめる。
「潰れねえ」
「値を下げてるのに、効かねえ」
沈黙。
「どうなってる」
「……引いてる」
別の男が言う。
「戦う場所を、選んでやがる」
空気が変わる。
「……厄介だな」
———
さらに数日後。
「……戻ってきたな」
商人が呟く。
境の町の客が、徐々に戻ってきている。
「向こう、値を上げ始めてる」
「持たなかったか」
新之助は、静かに頷く。
(想定通りだ)
———
だが、そのとき。
「……新之助」
役人が駆け寄る。
表情は、険しい。
「今度は、別の動きだ」
空気が変わる。
「何だ」
「……正式に、抗議が来た」
沈黙。
「他藩から、だ」
———
その夜。
新之助は、一人で座っていた。
(価格戦は終わり)
だが——
(次は、外交だ)
藩同士の問題になる。
つまり——
(個人ではなく、組織の戦い)
「……いい」
小さく呟く。
「やってやる」
視線を上げる。
闇の中に、境が見える。
——戦いは、さらに上の次元へ。
――続く




