【第17話 交渉の場】
「……呼び出しだ」
役人の声は、低かった。
坂井新之助は、その意味を理解する。
「来たか」
短く呟く。
「他藩の使者が来ている」
沈黙。
(逃げられないな)
ここからは——完全な外交。
個人の問題ではない。
藩と藩の問題だ。
「行くぞ」
———
城の一室。
空気は、重い。
正面には、見慣れない男。
その背後には、数人の従者。
「……お前が坂井新之助か」
低く、冷たい声。
新之助は頷いた。
「そうです」
男は、じっと見つめる。
値踏みするような視線。
「随分と、好き勝手やってくれたな」
沈黙。
「我が藩の市場を荒らし」
「商人を引き抜き」
「価格を乱した」
一つずつ並べる。
「……そのつもりはありません」
新之助は静かに返す。
「結果だ」
男は即答する。
空気が張り詰める。
———
「要求は一つだ」
男が言う。
「手を引け」
沈黙。
「市場を元に戻せ」
短い言葉。
だが——重い。
全員の視線が、新之助に集まる。
(分かっている)
ここで引けば——
すべて終わる。
だが——
(正面から拒否すれば、衝突する)
ならば——
「提案があります」
新之助は言った。
空気が変わる。
「……提案だと?」
男の目が細くなる。
「争うのではなく——」
一呼吸置く。
「分けませんか」
沈黙。
「……何をだ」
「市場です」
ざわめきが起こる。
「境を決める」
「互いの領域で商う」
「干渉しない」
静かに言う。
「それで、争いは減ります」
男は、しばらく黙っていた。
やがて——
「……甘いな」
低く言う。
「それでは、利益は増えん」
沈黙。
(予想通りだ)
新之助は、次の手を出す。
「では——」
「増やしましょう」
空気が止まる。
「……何?」
「市場そのものを広げる」
短く言う。
「互いに、です」
ざわめきが広がる。
「どういう意味だ」
男が問う。
新之助は答える。
「交易する」
沈黙。
「互いの特産を、交換する」
「足りないものを補う」
「余っているものを流す」
空気が変わる。
「……つまり」
「競うのではなく——繋ぐ」
一言だった。
———
沈黙が落ちる。
長い沈黙。
やがて——
「……面白い」
男が口を開いた。
その目が、わずかに変わる。
「だが、信用できん」
当然だ。
新之助は頷く。
「ならば——」
「試しましょう」
空気が張り詰める。
「一部で」
「限定的に」
「成功すれば、広げる」
沈黙。
男は、新之助を見つめる。
やがて——
「……いいだろう」
短く言った。
「試すだけだ」
その一言で、流れが決まる。
———
外に出る。
空気が軽い。
だが——
緊張は解けない。
「……通ったのか」
商人が問う。
新之助は頷く。
「ああ」
「だが——」
一呼吸置く。
「ここからだ」
———
夕暮れ。
新之助は、一人で立っていた。
(敵ではなく——相手)
変わった。
戦い方が。
(潰すのではなく、使う)
それが——次の段階。
「……いい」
小さく呟く。
「やってやる」
その目は、さらに遠くを見ていた。
——藩を越え、地域を繋ぐ。
その未来へ。
――続く




