第3話
第3章、終話です。
「私の葬儀に来てくれたのね。エドワードったら、やっぱり優しい」
「何言ってるの? 私の棺に並んでいるのよ」
二人は睨み合った。その時、エドワードの隣に小柄な女性が並んだ。エドワードの婚約者のクララだ。
エドワードがクララに自分の分の花を渡すと、列からそっと離れた。レオノーラとセレスティーヌは顔を見合わせる。
クララは順番に、二人の棺に二人分の献花をすると、エドワードの元に戻った。そのまま二人は少し離れた場所に移動する。
偶然にも、それはレオノーラとセレスティーヌのすぐ目の前だった。
「きちんとお見送りしなくて良かったの?」
「うーん。多分、大丈夫」
何が大丈夫なの、と二人は眉間に皺を寄せる。
「あのお二人、エドワードのことがお好きだったって噂があったから」
少し俯きながらクララが小さな声で言った。
「え?! まさかぁ! あの二人が僕のこと、そんな目で見る訳ないよ」
レオノーラとセレスティーヌは絶句した。問題になってまで迫っていたのに、エドワードには何ひとつ伝わっていなかったのか……。
「あれ、クララのヤキモチかな? それなら嬉しいんだけど」
すごくいい笑顔で、エドワードがクララを覗き込む。愛おしい人を見る目をして。
赤くなったクララがエドワードの胸元を叩く。エドワードはその手を取って指を絡ませた。二人は手を繋いで、また参列者の中へと姿を消した。
「何を見せつけられたの、私たち」
「本当にね」
二人は呆然とした。あんな脈無しな相手に対して、自分たちは何を仕掛けていたのだろう。浅はかさが恥ずかしい。恥ずかしさは怒りへと変わり、その矛先はすぐにお互いへと向かった。
「セレスティーヌがあんな男好きになるから、こうなったのよ。趣味悪っ」
「は? レオノーラが先に好きになったんでしょう。その見る目の無さに巻き込まれたのは、こっちよ!」
「あんたに負けるのが嫌だっただけよっ」
レオノーラがセレスティーヌの肩を突く。
「私も、あなたの悔しがる顔が見たかっただけなんだから!」
セレスティーヌはレオノーラの胸を突き返す。二人はギャーギャーと騒ぎながら、叩き合う。そのうち髪を掴み合い、引っ張り合う。
「大体、どうしてよく知りもしないあんたと、いつもいつも比べられるのよ!」 バシッ
「それはこっちのセリフよ!」 ギューッ
二人は口汚く罵り合い、互いの髪は無惨に乱れ、ストールのレースもところどころ破れている。
「まだ、決着つかないの」
まるで空気を読まないような、タナトスの呑気な声が聞こえる。
二人はギョッとしてそちらを見た。二人ともすっかりタナトスの存在を忘れていたようだ。
タナトスは二人の姿を見て、眉間に皺を寄せ「うわー」と小さく呟いた。
「ちょうど良かったわ! タナトスはどっちが上だと思うの?」
「そうね。どちらが淑女として勝っているのか、判断してもらいましょう!」
ものすごい形相で詰め寄る二人に、タナトスは自分の手のひらを見せた。
「毒虫が一番かっこいい」
急に視界に登場した、緑の体に黒いまだら模様のある虫に、二人は悲鳴を上げて抱き合った。
「仲いいね」
タナトスが毒虫を撫でながらチラリと二人を見る。二人はハッとして、慌てて体を離した。が、お互いの悲惨な姿を見て、ぷっと吹き出した。
「結局、周りの声に煽られてただけなのよねぇ」
レオノーラがセレスティーヌの白銀の髪を、ひとつに纏め直しながら言う。
「周りから見たら、さぞ面白かったでしょうね。悔しいわ」
大人しく髪を触らせているセレスティーヌは、レオノーラのストールの、破れたレース部分を結んでいた。
「あんたが、早く気づいていれば良かったのに」
「あなたが話し掛けてくれていたら、こんなことにはならなかったのよ」
二人の空気がまたピリッとし始める。
「もう、気が済んだ?」
タナトスの言葉に二人は顔を見合わせてから、ゆっくりと頷く。
タナトスが二人の手首に再び手を伸ばす。二人はタンゴを華麗に踊るように、タナトスの手からするりと逃げた。
「「触らないでっ」」
二人が叫んだ瞬間、教会中の木々が騒めくほど強い風が吹いた。二人は風から顔を背けて目を閉じた。
***
「ええー!」
「ここ、何処なのよ!」
二人は目と口を同時に開いた。なぜならそこは、光も闇もない、音も遠い不思議な場所だったからだ。ただある空間の先に、薄く光が差していた。
「ここまで来てうるさいの、初めて」
タナトスが乱暴に二人の背中を押す。二人は戸惑ったが、行くべき先は不思議とわかる。二人は恐る恐る、歩き出した。
「ねぇ、なんだか暗くない?」
「あら、あなた怖いの?」
「こ、怖くないわよ。あの虫の方がよほど怖いわ」
「本当ね」
タナトスは少しムッとしながら後ろをついて歩く。後ろから見る二人の手は、ギュッと握られていた。
「仲、いいんだね」
「「は?」」
二人が同時に振り返る。まるで「何言ってるんだ、こいつ」と言わんばかりの表情に、タナトスは二人の手を指差した。
二人は同時に手元を見る。
「ちょっ! 手を離しなさいよ」
「そっちが握っているんでしょ!」
「……指が絡まって離れないのよ」
「……私もよ」
結局二人は手を繋いだまま、ああだこうだと言いながら再び歩き出した。タナトスは小さくため息を吐いて、後ろを歩く。
あの夜会のドレスは自分の方が華やかだった、デビュタントのダンスは私の方が上手かった、王太子の婚約者を選ぶお茶会では自分を推す声が一番多かった……。
二人の話は途切れない。時折顔を見合わせ、人前では見せなかったような大笑いまでし合っている。
タナトスは両耳に指を突っ込みながら歩いた。
やがて二人は、薄い光の前に到着した。
「す、少し怖い」
震えた声で言うレオノーラの指には、力が入る。
「私も……」
セレスティーヌも力を入れ返す。
「ねぇ! ここ、二人一緒に通っちゃだめなの?」
レオノーラが大声で後ろのタナトスに質問する。
「二人が望むなら。どうでもいいよ」
本当にどうでもよさそうに、タナトスが答える。
セレスティーヌはもう一度、しっかりとレオノーラの手を握る。レオノーラもセレスティーヌを見つめて頷く。
小さな合図の声がして、二人は薄い光に飛び込んだ。
やっと逝った……。肩の力を抜き、伸びをしたタナトスの耳に、賑やかな声が届いた。
「あんたと手を繋ぐのは私だけよ!」
「当たり前でしょ! どこにいても、ずっとあなたと喧嘩してやるんだから!」
「望むところよっ」
二人の声がようやく聞こえなくなった頃。光は消え、騒がしい気配がなくなり、また光も闇もない音も遠い世界が戻ってきた。
タナトスは、ここはこんなに静かだったんだと苦笑いする。
「うるさい魂は珍しくない」
タナトスは首を回す。コキっと音がする。
「でも、二人は珍しい」
タナトスはフードを深く被り、踵を返す。少し疲れたような足取りで、元来た道を戻る。
嫉妬も驕りもない世界に、タナトスの回す首の音と足音が、ゆっくりと溶けていった。
「あなたと手を繋ぐのは私だけ」
お読みいただきまして、ありがとうございました。
婚約者より初恋相手より、二人には強く手を握り合っていて欲しいなと思った方、評価など頂けましたら幸いです。
次回からは新章です。




