表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神のしごと~タナトスの場合~【オムニバス短編連作】  作者: ミズアサギ
第4章 死神の虫かご

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/15

第1話

 

 王都から少し離れた、ごちゃごちゃとした平民街。同じようなアパルトメントが、支え合うように立ち並んでいる。建物は木造だが五階建てが多く、どれも古びていて、お世辞にもきれいとは言えない。外壁は所々剥がれ、雨に濡れた木の匂いが路地に漂っている。


 意外なことに街は人で賑わい、活気に溢れていた。毎日の暮らしに追われながらも、精一杯に働く人々の声が至る所から聞こえる。



 その中でも一際古く、陽が当たらないそのアパートは、危うい角度で路地へと迫り出していた。

 アパートの最上階の角部屋。通りからだいぶ入り組んだところにあるせいか、そこだけは喧騒から切り離されたように静かだった。


 その部屋に、ルカはいた。



 七歳になったばかりのルカは、一日のほとんどを古びたベッドで過ごしていた。窓はあるが、すぐ隣の外壁と細く見える空が唯一の景色。それでもルカは、その僅かな青を見るのが好きだった。

 ルカはいつも通り、母親が準備した昼食を少しだけ食べると、ウトウトして過ごした。

 遠くに聞こえる馬車の音、誰かの笑い声、怒鳴る声……。それが、ルカの世界の全てだった。



「……タナトス」


 それぐらい眠ったのだろうか。眠りから覚めたルカは、壁際に立つ人影を認識する。


「うん」


 いつからいたのか。壁にもたれ掛かるように立っていたタナトスが、短く返事をした。


「今日は早いね」


「仕事だったから」


 ルカは、目に掛かるほど伸びた蜂蜜色の前髪を、指で払いながら尋ねた。


「今日は僕?」


 タナトスと呼ばれる、ルカより少し大きな少年は、顔色を変えずに答えた。


「まだ」


「そっか」


 ルカも特に気にした様子もなく返事をする。




 ルカは物心ついた時にはすでに、ベッドから出られないのが普通だった。

 父のジェムと母のシーラは、とても優しく楽しい。ルカは二人に叱られた記憶がない。この小さな部屋には、三人で笑い合う時間がたくさんあった。

 しかし、ジェムとシーラはいつも留守にしていた。


 二人はルカの薬を買うために、朝早くから夜遅くまで働いている。大きくなるにつれて、ルカはそのことを理解した。

 両親に寂しいと泣きつかなくなった頃、ルカはタナトスを認識するようになった。




 最初は、ルカの発作が止まらなくなった夜だった。


 ルカを抱きしめるシーラの肩越しに、医者を呼びに走るジェムをルカはぼんやりと見ていた。その視界の端に、真っ黒なケープをフードごと被った男が映った。男は壁際に佇んでいる。


 はあはあと途切れる息の中で、ルカはシーラにその存在を知らせるため、震える指を持ち上げた。

 しかし、泣き叫ぶシーラには届かない。喉が切り裂かれるような痛い咳が出る。口の中が鉄臭い。

 壁際の男は、ゆっくりとこちらに歩み寄る。


 ルカはなぜか怖くはなかった。気を抜くと寝てしまいそうな感覚の中、ルカはケープの中の顔を見たくて何とか手を伸ばした。

 近づく男のフードに、もう少しで手が届く。

 フードの男はゆっくりと、ルカの手首を掴もうとした。



「ルカッ! お医者様がいらしたっ」


 その瞬間、ドアが乱暴に開けられ、ジェムが医者を連れて戻ってきた。そこから先の記憶はない。気づいた時には、ケープの男はいなくなっていた。


 それからだった。


 深夜に咳が止まらなくなった時。日中、熱が急激に上がった時。必ず、黒いケープの男はいた。

 男は必ずルカに手を伸ばす。ルカがその手を掴もうとした瞬間、男は消えた。


 そんなことが、何度となく続いた。



 ある日、ベッドに横たわったままのルカは、朝食も昼食も取らずに激しく咳き込んでいた。

 壁際に感じるいつもの気配。苦しさの余り、ルカは初めてその男に向かって声を掛けた。


「……もう、連れてってよ」



 ゆっくり近づいていた男が足を止める。血の混じった湿った咳をしながら、ルカは目を閉じた。苦しいせいか、目からは涙が溢れる。

 早く早く、早く……。


 その時、ルカは背中に冷たい感覚を覚えた。男が、ルカの背中をゆっくりと摩っているのだ。ルカはまた、精一杯咳をした。

 どれぐらい時間が経っただろう。ゆっくり、ゆっくり、ルカの発作は治っていった。


「……冷たいよ、手」


 ようやく落ち着いたルカが、顔を上げる。ぼんやりとしていた焦点が男を捉えた。

 フードが後ろに下がっていて、男の顔が見えた。


 ルカは驚いた。


「男」だと思っていたその人物は、自分より少しだけ年上に見える少年だったからだ。

 少年は、くるくるした金髪の髪をくしゃくしゃと掻き上げた。どことなく後悔しているようなその行動に、ルカは申し訳なくなる。


「ご、ごめんね。ありがとう」


 少年は驚いたように、その漆黒の瞳でルカを見つめた。


「こちらこそ。勝手に触っちゃった」


 ルカはまた驚いた。想像していたよりはるかに高い声だった。子供の声なのに、どこか掠れている。

 その日からルカは、少しだけ年上に見えるその少年に会うのが楽しみになっていった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ