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死神のしごと~タナトスの場合~【オムニバス短編連作】  作者: ミズアサギ
第4章 死神の虫かご

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第2話

 

「ゴホゴホッ。……来てくれたんだね」


 青白い顔をしたルカが、力なく微笑んだ。

 いつもの発作が起こった日。いつものように壁際に現れた黒いケープに、ルカは声を掛けた。


「うん。でも、毎日は来られない」


 ルカの顔が曇る。返事の代わりに、ヒューヒューという呼吸だけが部屋に響いた。


「暇ができたら、また来る」


 少年はルカには近づかない。ルカは少年に会えなくなるのが寂しかった。少年が踵を返した時、ルカの呼吸がやっと整った。


「名前は?」


 少年は一瞬足を止めた。そして振り向きもせずに、ドアから出ていった。出ていく寸前、ルカの耳には少年の声が聞こえた。


「タナトス」




 言った通り、タナトスはあの日からしばらく姿を現さなくなった。最近は発作が出ていない。

 ルカは出ることのできないベッドの上で、何度も読んだ本に目を通したり、絵を描いたりして過ごした。



 高い熱が出た日。

 二週間ぶりにタナトスが姿を見せた。


「タナトス!」


 少年は熱で潤んだ目を見開いて、ルカは嬉しそうに声を上げた。

 タナトスは小さくため息を吐きながら、ルカの側まで歩いてくる。


「嬉しそうだね」


「うん! せっかく咳が出てないのに、話す相手がいないから」


 ルカはそう言って、まっすぐタナトスを見つめた。


「今日は、僕?」


「……まだ」


「そう」


「今日も両親は遅そうだね」


「僕の薬は高いから……」


 一瞬だけルカの顔が曇る。けれど、すぐにいつもの笑顔に戻った。


「ねえ、見て」


 ルカは体を起こし、ベッドの近くにある粗末なテーブルを指差した。タナトスの視線が、ルカの指先を辿る。


「それ、少し前に窓から入って来たんだ。ママは捨てろって騒いでいたけど、パパが……」


 テーブルには、小さな虫かごがポツンと置かれていた。


「毒虫だ」


 ルカの話を遮って、タナトスが虫かごに向かう。


「ママもパパも、気持ち悪いって言うんだ」


「人間って、そう言うね」


 虫かご越しに毒虫を撫でながら、タナトスはぽつりと呟いた。


「かっこいいのに……」


 少し拗ねるルカの顔を驚いたように見てから、タナトスはポツンと言った。


「緑に黒のまだらが、かっこいい」


「本当に、そう!」


 ルカは嬉しそうに何度も頷いた。二人はしばらく、毒虫の好物について話した。


「鳥の骨が好きだと思う」


「えっ。うちではいつも葉っぱを食べてるよ。骨は変だよ」


「そうかな」


 ルカは、タナトスが次は何を言い出すのか楽しみだった。




 ルカの体調はゆっくりと、しかし確実に悪くなっていく。

 ルカ自身が、もうダメだと思うほど苦しい時には、昼夜関係なくタナトスが現れるようになった。

 ルカの呼吸が落ち着くと、タナトスは毒虫を撫で、何も言わずに消える。そんな日が続いた。



「今日は早いね」


「仕事が終わったから」


「今日は、僕?」


「まだ」


 挨拶のように繰り返されるやり取りに、タナトスは表情を変えない。ルカにも、ほっとした様子も悲しむ様子もない。

 二人はまた、毒虫について話した。


「脱皮するのかな?」


「わからない」


「毒虫、好きなのに?」


「別に」


 ルカは、両親と医者以外の人と話したことがほとんどなかった。掴みどころがないタナトスと、もっと話したかった。けれど会話というものは難しい。

 次は何を話そうか。

 そんなことを考えながら眠りにつくのが、ルカの日課になった。



「今日は、僕?」


「まだ」


「ふーん」


 その日は、突然階下から赤ん坊の泣き声がした。どうやら、タナトスにも聞こえたらしい。


「あれ、何?」


「昨日生まれたんだって。女の子だってさ。ママが言ってた」


 赤ん坊の鳴き声が大きくなるにつれて、タナトスの肩がびくっと震える。


「嫌いなの? 赤ちゃん」


 見たことのないタナトスの反応に、ルカが興味津々といった顔をする。


「嫌いっていうか、怖い。力が凄すぎる」


 ルカはタナトスの言っている意味がわからなかった。赤ん坊の力なんて知れているのに。

 首を傾げるルカをよそに、タナトスは急ぎ足で虫かごに向かった。




「今日は、僕?」


「まだ」


「ふーん。今日は、誰?」


「知らない人。変わった人だった」


「人以外は?」


「まだ。人とは思えないぐらい、煩いのはいた」


 ふふ、とルカが笑う。タナトスは毒虫を指に乗せて遊んでいる。ルカはなぜか、その景色を忘れたくないなと思った。





 風が冷たくなった日。

 タナトスが壁際に現れてだいぶ経ってから、ようやくルカが弱弱しく口を開いた。


「今日は、僕だよね」


「うん」


 いつもと同じ口調と声色で、いつもと違う答えをしたタナトスに、ルカはゆっくりと頷いた。


「そう」


 タナトスは何も言わない。ただ、じっと立っていた。


「やっと、外に出られる」


 少し困ったような笑みを浮かべながら、ルカが言った。

 タナトスは、漆黒の瞳でルカを見つめる。


「この子、連れて行っていい?」


 ルカが虫かごを見る。タナトスは、ルカから毒虫に視線を移した。タナトスはじっと毒虫を見ていた。そして、息をひとつ吐くと、毒虫に話し掛ける。


「死神に魅入られたと思って、諦めてね」


 虫かごの毒虫が、ほんの少し動いた気がした。

 ルカは瞳を閉じた。


 

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