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死神のしごと~タナトスの場合~【オムニバス短編連作】  作者: ミズアサギ
第3章 あなたと手を繋ぐのは私だけ

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第1話

第3章スタートです。全3話。

今回、タナトスが少し困ります。

 

 その夜会は、近年稀に見る騒ぎとなった。

 なにせ、二人の侯爵令嬢が死んだのだから。その二人は、『社交界の双璧』として名を馳せていたから余計に。


 深紅の髪に金色の瞳を持つ『社交界のガーネット』ことレオノーラ・ヴァレンティン侯爵令嬢と、白銀の髪に蒼い瞳の『上流社会のプラチナ』ことセレスティーヌ・アルバート侯爵令嬢。


 二人がホール中央の大階段から落ちる様子を、夜会参加者の多くが目撃していた。

 赤いドレスのレオノーラと、白いドレスのセレスティーヌが、花びらのように絡み合って落ちる。お互いの腕をしっかりと掴み合ったまま……。

 会場は悲鳴に包まれた。


 目撃者は言う。そんな時でも二人は美しく、まるで手を取り合ってラストダンスを踊っているかのようだったと。



 ***



「棺への献花なら、もっと大きな花を準備して欲しいわ。小顔に見えるように」


「あらあら。私は小さな花でも構わないわよ。レオノーラはお顔の主張が強いから」


「はー?! 何言ってるの。セレスティーヌなんて髪が白銀なのに花も白いから、棺全体が頭部みたいよ」


「何よ!」


 ヴァレンティン侯爵家とアルバート侯爵家の葬儀の日。街で一番権威ある教会は、「人は神の下では平等」という理念を掲げている。両家がどれだけ金を積んでも贔屓はせず、折れた両家は苦肉の策で合同葬儀を執り行う運びとなった。


 教会は、外にまで献花に訪れる人たちが行列を成している。亡くなったはずのレオノーラとセレスティーヌは、棺に納められる花の数をめぐってずっと言い争いをしていた。


「あの時、セレスティーヌが押さなかったら、命を落とすことにはならなかったのに」


 レオノーラは涙ぐみ、セレスティーヌを睨みつける。


「あらー。レオノーラが押した手を私が掴んだのよ。誤算は、私まで落ちたことね」


「ふん。一人で落ちてたまるものですか」


「語るに落ちたわね。結局、レオノーラが馬鹿みたいに考えなしの行動した結果じゃないの」



 キーキーと、二人は掴み合う。その時、二人の背後から呆れたような声がした。


「うるさい」


「「誰よっ?!」」


 二人が振り返る。そこには、真っ黒いケープをフードごと被った少年が立っていた。


「二人とも馬鹿みたいに落ちた」


 少年は面倒くさそうに言う。二人はそれを聞いて、さらにギャーギャーと騒ぐ。


「死ぬほど仲が悪いのに、死んでも一緒にいる」


 二人は少年を睨みつけた。少年は睨まれても痛くも痒くもなさそうに言った。


「うるさいから、とにかく行こう」


 少年は、二人の手首を掴もうとする。二人は少年から素早く離れ、少年が被っているフードを払いのけた。



 フードを剥ぎ取られた少年は、不機嫌そうに二人を見た。金色のくるくるした癖毛が現れる。レオノーラが目を細めた。


「あら……」


 セレスティーヌも少年に近寄る。


「あなた、名前は?」


 少年は顔を背けながら答えた。


「タナトス」


「聞かない名前ねぇ。平民かしら」


 呑気なことを言うレオノーラとは反対に、セレスティーヌは顔色を変えた。


「タナトスって……『死神』って意味よ」


「死神ですって?!」


 レオノーラは驚いて大きな声を出す。タナトスは思わず耳を塞いだ。


「じゃあ連れて行くね。仕事だから」


 タナトスが二人の手首を引く。その瞬間、二人は重力のない世界に引き摺り込まれるような不思議な感覚に陥った。



「「ちょっと待って!」」



 二人の渾身の抵抗に遭い、タナトスは足を止めた。


「私たちは夜会の夜、階段から落ちて死んだわ。こればっかりは仕方がないし、死神に連れて行かれるのもわかる」


 セレスティーヌがタナトスに向かって言う。レオノーラは横で、嫌よと叫ぶ。


「行く前に知りたいことがあるの。私たちが揉める原因になった、あの人のことを」


 レオノーラもハッとなり頷く。タナトスは肩をすくめた。

 タナトスの沈黙を肯定と受け取ったのだろう。まだ続く献花の列を眺めながら、レオノーラとセレスティーヌは話し出した。




 レオノーラとセレスティーヌは17年前、同じ秋に生まれた。


 そもそもヴァレンティン侯爵家とアルバート侯爵家は名門で、代々ライバル関係にあった。そんな背景もあり、二人は幼い頃から比べられて育つ。

 家門の派閥も違いあまり接点のなかった二人だが、周囲の人間の話題は主に二人の優劣だ。

 美しく育った二人へのやっかみもあったのだろう。やがてその噂は当人たちの耳にも入る。二人はろくに話したこともない相手を、ライバル視し始めた。


 二人が社交界デビューを果たすと、周囲は二人の噂で持ちきりになった。その頃できた婚約者たちも、もちろん話のネタにされた。



 事態が動き出したのは、ちょうど半年前に行われた夜会での出来事。

 その夜会でも二人は注目の的だった。二人はお互いの存在を痛いほど意識しているのに、目も合わさない。

 それぞれの婚約者とダンスを二曲踊る。

 最初に異変を感じたのはレオノーラだった。レオノーラは今日初めて履くヒールで靴擦れを作ってしまっていた。踊っている時から異変を感じていたが、婚約者はまったく気がつかない。


 休憩室へと向かうレオノーラは、痛さのあまり人気のない廊下で動けなくなった。運悪く、お付きの侍女は予備のヒールを取りに行っている。壁に手をつき、レオノーラは途方に暮れた。


「大丈夫ですか?」


 レオノーラが顔を上げると、そこには一人の男性が立っていた。

 レオノーラは返事をするか迷った。というのも、男性は明らかに自分より身分が低く見えたからだ。公爵家、侯爵家、有力伯爵家の面々は淑女教育の一環として認識している。しかし、その男性の顔なんて見たこともなかった。


「失礼しました。私、エドワード・ハモンドと申します」


 ハモンド……パッとしない子爵家だったかしら? レオノーラが考えていると、エドワードはレオノーラの足元に屈み込んだ。


「痛かったでしょう。血が出ています」


 足を見られた恥ずかしさよりも、血が出ているという事実に、レオノーラは取り乱した。


「血?! どうしましょう、侍女がまだ来なくて……」


 焦るレオノーラを見て、エドワードは大丈夫という風に笑いかけた。


「デビュタントを迎えるうちの妹も、よく靴擦れして泣いていますよ」


 安心させるように話しながら、エドワードはレオノーラの踵とヒールの間にハンカチを噛ませた。


「勝手に触れてしまって申し訳ない。ここまでの傷を隠して、あんな素晴らしいダンスを踊っていらしたんですね」



 エドワードは廊下に配置されている椅子まで、レオノーラを誘導した。エドワードの流れるような一連の行動に、レオノーラは頬を染めた。


「休憩室まで送りたいが、誤解を招くと貴女の迷惑になる」


と言って、侍女が来るまで側にいたエドワードに、レオノーラは不覚にも恋に落ちてしまった。


 見た目で言えば、エドワードは背も高くなく、茶色の髪と瞳はありふれたもの。顔も婚約者の方が桁違いに良い。

 それでも、初めての恋にレオノーラは周りが見えなくなるほど舞い上がった。

 

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