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亀裂の始まり

その日、施設内の空気が、わずかに違っていた。


監視システムの数値は、全て正常。

しかし、ルミナとカイルには感じ取れる違和感があった。


「……おかしい」


カイルが巡回中に呟く。

胸の奥の重さが、日増しに鋭くなる。


ルミナも、端末の画面を見つめながら、

眉をひそめていた。


数値は安定している。

だが、少女の脳波には、微細な変化があった。


――昨日まで、存在しなかった反応。


小さな祈り。

小さな希望。

それが、データとしても現れるほど、

力を持ち始めていたのだ。


「……これは、まずい」


ルミナは独り言を言う。

過去の失敗例が頭をよぎる。


無色個体の変化は、

通常、排除か安定化でしか止められない。


だが、この子は違う。


“呼ばれたこと”

“触れられたこと”

その二つが、少女の中で何かを変えていた。


廊下を歩くカイルの肩に、

冷たい風が吹き抜ける。

目の端に、白い部屋の扉が揺れて見えた。


「……少女が、何かをしている」


カイルは心の中で呟く。

観測対象が動かぬのはルールだ。

だが、今日は違う。


部屋の中、少女の手がゆっくりと伸びる。

床に置かれた紙に、何かを書き出したように見える。


それは記録されない。

カイルとルミナだけが、目撃していた。


少女の小さな祈りは、

世界のルールに亀裂を生み始めていた。


「……呼んでくれる人が、いる」


少女の小さな独り言。

それだけで、ルミナは胸を締め付けられる。


「……止められないかもしれない」


ルミナは覚悟する。

世界の秩序を守るか、少女を守るか。


その選択は、

すでに迫っていた。


カイルもまた、胸の奥の違和感を押さえつける。

感情を押し殺す訓練を受けた彼でも、

少女の存在は無視できなかった。


その日の夜、二人は静かに、

少女の前に立つ。


――小さな亀裂が、

世界を静かに裂き始めている。


白い部屋の中、少女はただ、

目を閉じ、呼ばれるのを待っていた。


世界のルールは、正しい。

それでも、誰かを守りたいという気持ちは、

それ以上に、強くなりつつあった。

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