第7話 テンプレ被害者の会
翌日、宰相府の一室に、四人が集められた。
隣領から急遽呼び出された男爵エドヴァルド。稽古着のまま駆けつけた勇者ガレス。人目を避けるように頭巾を目深に被った侯爵令嬢セラフィナ。そして、魔眼の商人アルヴィン。
互いに面識のない四人は、最初、ぎこちなく視線を交わすだけだった。部屋の空気は微妙に重く、誰もが「なぜ自分がここにいるのか」を測りかねている様子だった。
「……皆様も、その、変な噂に悩まされているとお聞きしましたが」
沈黙を破ったのは、エドヴァルドだった。椅子に深く座り、腕を組んでいる。額には、まだ庭園での絶叫の名残のような疲労が残っていた。
「ああ。俺は『無自覚な天才』ってことになってる。実際は毎日死ぬほど鍛錬してるだけなのに」
ガレスが、疲れた声で答える。稽古着の袖が、少しほつれていた。
「私は……『悪役令嬢』だそうです。平民の友人と、普通に仲良くしているだけなのに」
セラフィナが、頭巾の下でぼそりと呟いた。声は小さいが、どこか諦めきった響きがあった。
「俺は、隣の領のロゼ嬢と、両想いなのに、なぜか告白すらまともにさせてもらえない。周りが、必ず邪魔をしてくる」
エドヴァルドの言葉に、アルヴィンが小さく頷いた。
「俺は、宰相様が黒幕だってことにされてました。実際は、多分、俺の存在すら知られてなかったんですけど」
宰相が、静かに補足する。書類の束を膝の上に置いたまま、表情はほとんど変わらない。
「事実です。昨日、初めてお名前を伺いました」
四人は、互いの話を聞きながら、少しずつ表情を変えていった。それは驚きというより、既視感に近いものだった。
「……待ってください」
セラフィナが、初めて頭巾を上げた。目元に、深い疲労の色がある。
「皆さん、共通していませんか。それぞれ、事実とは違う『役』を、勝手に押し付けられている」
「役、ですか」
「はい。鈍感な男爵。無自覚な勇者。悪役の令嬢。腹黒い宰相。誰も、そんな人間ではないのに、周囲は皆、そういう物語として見ている」
ガレスが、頭を抱えるように俯いた。
「俺が、どれだけ『努力した』って言っても、『謙虚さ』にされる。否定すればするほど、逆にそれらしく聞こえてしまう。昨日も、廊下で『勇者様ったら「えっ、俺なんかやっちゃいました?」っておっしゃって』って話してる侍女がいた。俺、そんなこと一言も言ってない」
「俺もだ」
エドヴァルドが、机を軽く叩いた。
「告白しようとする度に、誰かが邪魔をする。しかもそれが、まるで当然のことのように。昨日なんて、染みが浮かんだ。太陽光の反射だと言い張る執事がいる。太陽が俺の袖を狙ってるのかと聞いたら、真面目な顔で『可能性は否定できません』と返された」
「私は、何をしても、悪役として解釈される。優しくしても、厳しくしても」
セラフィナの声は、静かだったが、深い疲労がにじんでいた。
「友人の手を取って針の持ち方を直したら、『脅している』と言われた。転んだ少女を助けたら、『突き飛ばした後で取り繕った』と噂になった。誰も見ていないのに、なぜ突き飛ばしたことになっているのか、未だに分からない」
しばしの沈黙のあと、アルヴィンが、ゆっくりと口を開いた。拳が、無意識に膝の上で握られていた。
「魔眼で視たんです。俺たちの噂が広まっていく、その"流れ"を。誰か一人が仕組んでいるわけじゃない。街の人たちが、無意識のうちに、少しずつ、物語を"面白い方向"へ引っ張っている」
「じゃあ、誰も悪くないってことか」
ガレスが、低く呟いた。
「誰も悪くない。でも、誰も止められない」
その言葉が、部屋の中に重く沈んだ。
宰相が、四人を見渡してから、静かに言った。書類の端を、指で揃えている。
「一人ひとりが否定しても、噂は形を変えて残り続けるでしょう。ならば、私たちが同時に、同じ場所で、声を上げるしかない」
「それで、変わるんですか」
エドヴァルドが、半信半疑の声で尋ねる。宰相は、即答しなかった。しばらく考えてから、淡々と答えた。
「分かりません。ですが、少なくとも、黙っているよりは効率が良い」
「効率……」
ガレスが、呆れたように繰り返した。
「そういうところが、逆に『腹黒い』って言われる原因なんじゃないですかね」
「可能性はあります。ですが、事実を効率的に処理することと、陰謀を巡らすことは、別です」
宰相は、表情を変えずに言った。アルヴィンは、思わず口元を緩めた。昨夜までの怒りが、少しだけ別の形に変わり始めているのが自分でも分かった。
四人は、互いに顔を見合わせた。そこにあったのは、これまでの孤独な戦いとは違う、初めて共有された感覚だった。
自分は、一人ではなかった。
そして、自分たち四人と、淡々と書類を揃えているこの男が、同じ「テンプレ被害者」だという、奇妙で、どこか救いのある事実があった。
「……で、次はどうするんです?」
エドヴァルドが尋ねると、宰相は短く答えた。
「日程を調整します。できるだけ早く、公の場を用意しましょう」
「公の場って、演説ですか?」
「はい。効率を考えると、個別に否定するより、一度に行った方がいい」
ガレスが、天井を仰いだ。
「俺の伝記に、また変な注釈が入りそうだな……」
「入りますね」
宰相が、事実を述べるように言った。誰も、否定しなかった。
だがこの日、五人が同じ部屋に集まったという事実そのものが、既に城下の誰かの口から誰かの耳へと、小さな噂の種として伝わり始めていた。




