表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
5/15

第5話 人間を狩る者



『人間が入ってきた』


『狩りだ』


『生きている奴は殺せ』


 暗闇の奥から、複数の足音が近づいてくる。


 俺は短剣を握り、岩陰へ身を隠した。


 現れたのは六匹のゴブリンだった。


 棍棒を持つ者が三匹。


 石斧を持つ者が二匹。


 最後尾を歩く一匹だけ、ほかのゴブリンより身体が大きい。


 身長は人間の胸元ほど。


 右手には刃の欠けた長剣を持ち、獣の皮で作られた防具を身につけている。


 普通のゴブリンではない。


 ゴブリンの記憶が、その存在を知っていた。


 上位種――ホブゴブリンだ。


『人間は何匹だ?』


 ホブゴブリンが低い声で尋ねる。


『四匹』


『一匹は怪我をしている』


『なら、簡単に殺せる』


 おそらく、先ほどの探索者たちだ。


 負傷した男を含めて四人。


 仲間たちは、男を連れてダンジョンから出ようとしている。


 このまま進めば、ゴブリンの群れと正面からぶつかる。


 助けるべきだ。


 だが、六匹を相手に一人で戦えば死ぬ。


 俺は《夜目》《敏捷》《短剣術》を手に入れ、腕力も少し上がった。


 それでも、身体は小さなゴブリンだ。


 しかも《死骸収奪》で満腹になっている。


 たとえ一匹倒しても、その死骸から新しい力を奪うことはできない。


『人間の肉は俺のものだ』


 ホブゴブリンが言った。


『残りを、お前たちで分けろ』


『分かった』


『俺は腕が欲しい』


『俺は腹だ』


 ゴブリンたちが楽しそうに話している。


 その光景を不快だと思う。


 だが、以前ほど強い嫌悪感はなかった。


 人間も、牛や豚の肉を部位に分ける。


 それと何が違う。


 一瞬、そんな考えが浮かんだ。


「違う」


 俺は小さく首を振った。


 相手は人間だ。


 言葉を話し、感情を持ち、生きようとしている。


 家族だっているかもしれない。


 家畜と同じではない。


 少なくとも、人間だった俺はそう考えていた。


『誰だ!』


 ホブゴブリンがこちらを見た。


 声を聞かれた。


 六匹の視線が、岩陰へ集まる。


 逃げれば追われる。


 俺は短剣を下げたまま、ゆっくりと姿を現した。


『お前、どこの群れだ?』


『……向こうにいた』


 俺は来た道を指さした。


『仲間は?』


『殺された』


『誰に?』


 ホブゴブリンの視線が、俺の短剣へ向けられる。


 刃には、巨大ネズミと角のある狼の血が残っていた。


 ここで怪しまれれば、六匹全員を敵に回す。


『角のある狼に襲われた』


『お前だけ逃げたのか?』


『狼は殺した』


 ゴブリンたちが騒ぎ始めた。


『こいつが?』


『小さいのに?』


『嘘だ』


 ホブゴブリンが俺へ近づいてくる。


 長剣を肩へ担ぎ、俺を見下ろした。


『本当に、お前が殺したのか?』


『そうだ』


『なら、強い』


 ホブゴブリンは笑った。


『一緒に来い。人間を殺す』


 断れば怪しまれる。


 俺は短くうなずき、群れの最後尾へ加わった。


     ◇


 ゴブリンたちは、人間の残した血の跡を追っていた。


 このままでは、確実に追いつく。


 負傷した男を運びながらでは、人間たちは速く進めない。


 俺は先頭を歩くホブゴブリンの背中を見つめた。


 ここで襲うか。


 不意を突けば、一撃は入れられる。


 だが、殺しきれなければ残りの五匹に囲まれる。


 俺一人で全員を倒すのは無理だ。


 なら、別の方法を考えるしかない。


『待て』


 俺は足を止めた。


 ホブゴブリンが振り返る。


『どうした?』


『人間の匂いが、二つに分かれている』


 嘘だった。


 だが、《夜目》を持っていないゴブリンたちには、地面の細かな血痕までは見えない。


 俺は人間たちが進んだ方向とは反対側の通路を指さした。


『三匹は、こっちへ行った』


『残りは?』


『怪我をした一匹だけ、向こうだ』


 ホブゴブリンが二つの通路を見比べる。


『三匹を追う』


『怪我をした人間は弱い。あとでも殺せる』


『そうだな』


 うまくいった。


 そう思った瞬間、ホブゴブリンが俺の顔へ手を伸ばした。


 太い指が、首をつかむ。


「ギッ……!」


 身体が持ち上げられた。


『嘘をつくな』


 ホブゴブリンが鼻を鳴らす。


『血の匂いは、向こうだけだ』


 こいつは普通のゴブリンより鼻が利く。


『なぜ人間を助ける?』


『助けていない』


『なら、なぜ嘘をついた?』


 首を締めつける力が強くなる。


 息ができない。


 足が地面から離れ、短剣も届かない。


『こいつ、人間の味方だ!』


 周囲のゴブリンたちが武器を構えた。


『人間の味方をするゴブリンはいらない』


 ホブゴブリンが長剣を振り上げる。


 俺は首をつかんでいる腕を両手で握った。


 角のある狼から奪った腕力を使い、指を一本ずつ引き離す。


『なに?』


 ホブゴブリンの表情が変わった。


 普通のゴブリンなら、抵抗できないと思っていたのだろう。


 俺は身体を大きく振り、ホブゴブリンの胸を蹴った。


 首をつかんでいた手が外れる。


 地面へ落ちると同時に、短剣を抜いた。


 振り下ろされた長剣を横へ避ける。


 刃が地面へ叩きつけられた。


 俺はホブゴブリンの脇を抜け、そのまま走った。


『逃がすな!』


 五匹のゴブリンが追ってくる。


 逃げ切るつもりはない。


 俺は人間たちが進んだ通路へ向かっていた。


 助けを求めるためではない。


 戦わせるためだ。


 人間とゴブリン。


 両方をぶつければ、俺一人で六匹を倒す必要はなくなる。


 自分でも、ずるい方法だと思う。


 だが、正面から戦って死ぬよりはいい。


 通路の先に、明かりが見えた。


「来るぞ!」


 人間の声が響く。


 俺が走ってくることに気づいたらしい。


 前方に三人の探索者がいた。


 一人が、負傷した男を背負っている。


 残る二人は、剣と槍を構えていた。


「ゴブリンだ!」


「一匹だけじゃない! 後ろにもいる!」


 槍を持った男が、俺へ穂先を向ける。


「待て……」


 背負われていた男が顔を上げた。


 意識を取り戻している。


「あのゴブリンだ……」


「何?」


「俺を助けたのは、あいつだ!」


 槍の穂先が止まった。


 俺は三人の横を通り抜ける。


 人間たちの背後まで逃げ、振り返った。


 六匹のゴブリンが暗闇から飛び出してくる。


「本当に人間の味方なのか?」


 剣を持った男が俺を見る。


 説明している時間はない。


 俺は短剣を構え、六匹のゴブリンへ刃先を向けた。


 それだけで、意図は伝わったらしい。


「あとで説明してもらうぞ」


 人間の言葉は話せない。


 それでも俺はうなずいた。


「前から六匹! 大きい奴を優先しろ!」


 探索者たちが武器を構える。


 ホブゴブリンが怒鳴った。


『人間に従う裏切り者を殺せ!』


『殺せ!』


 棍棒を持つゴブリンが俺へ襲いかかる。


 俺は振り下ろされた棍棒を避け、懐へ潜り込んだ。


《短剣術》が、刃を突き立てるべき場所を教えてくれる。


 短剣を胸の下へ突き刺す。


『ギャッ!』


 ゴブリンが倒れる。


 だが、すぐには死んでいない。


 俺は迷わず首へ刃を入れた。


 人間たちの前で、同族を殺した。


 それでも手は震えなかった。


《満腹度 九十二》


 戦闘によって、満腹度が下がっている。


 まだ《死骸収奪》は使えない。


 なら、減るまで戦えばいい。


 石斧を持った二匹目が迫る。


 俺は死骸から短剣を引き抜き、次の敵へ向かって走った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ