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第1話 俺は、トラックに轢かれて異世界へ来たわけではない

 

 


 トラックを運転して、人を轢いた。


 制限速度は守っていた。


 信号も青だった。


 よそ見もしていない。


 酒なんて一滴も飲んでいなかった。


 それでも、その男は突然、道路へ飛び出してきた。


「危ない!」


 反射的にブレーキを踏み込む。


 タイヤが甲高い音を立てた。


 だが、間に合わなかった。


 鈍く、鋭い衝撃音。


 運転席まで伝わってきた感触に、頭の中が真っ白になった。


 トラックが止まる。


 俺は震える手でサイドブレーキを引き、運転席から飛び降りた。


「大丈夫ですか!」


 道路の上に、一人の男が倒れていた。


 身体は動いていない。


 頭の下から、赤いものがゆっくりと広がっていく。


「救急車……」


 スマートフォンを取り出そうとしたが、指が震えてうまく動かなかった。


「誰か! 救急車を呼んでください!」


 周囲へ叫びながら、男へ近づく。


 俺は悪くない。


 避けられるはずがなかった。


 そう頭では分かっている。


 それでも、自分が運転していたトラックで人を轢いたという事実は消えない。


「聞こえますか?」


 男のそばへ膝をつき、首元へ手を伸ばした。


 その瞬間だった。


 男の身体から、黒い光があふれ出した。


「なんだ……これ……」


 逃げる間もない。


 黒い光が俺の腕へ絡みつき、道路も、トラックも、集まってきた人々も覆い隠していく。


 視界が完全に暗闇へ沈んだ。


     ◇


 次に目を覚ましたとき、俺は冷たい石の床に倒れていた。


 身体が小さい。


 手足は細く、皮膚は濁った緑色。


 指先には、黒く尖った爪が生えている。


「ギ……?」


 口から出たのは、人間の言葉ではなかった。


 目の前には、錆びた短剣を胸に突き立てられたゴブリンの死体が転がっている。


 まだ血が乾いていない。


 まだ、温かい。


 俺が死体へ触れた瞬間、頭の中に冷たい声が響いた。


《新鮮な死骸を確認しました》


《固有能力《死骸収奪》を発動できます》


 半透明の文字が、暗闇の中へ浮かび上がる。


《対象が所有していた能力を一つ選択してください》


《夜目》


《悪臭耐性》


《短剣術》


《能力値》


 俺はそこで、ようやく理解した。


 ここは日本ではない。


 俺は人間ですらない。


 人を轢いた直後、異世界のゴブリンになっていた。

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