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ハルモニアの外側  作者: 藤川加加阿
4 疎外
10/15

4-3 疎外 僕はここに含まれていない

「ここ、立ち入り禁止区画でしょ。入って大丈夫なの」


「僕らは今、透明人間だからね」

 青鸞(せいらん)の顔は見えなかったが、その声は楽しげだった。


 青鸞は器用にオールを操り、ボートを岸に寄せた揺れるボートから降りるのは一苦労だったが、なんとかブーツを濡らすくらいで済んだ。この気温でずぶ濡れになったら、帰りは凍える寒さだろう。青鸞は持ち前の運動神経で、なんなくボートを降りる。

 砂地に一歩踏み出すと、足元で小枝の折れる音がした。ボートに乗っている間に目が慣れたので、さほど歩きづらくはない。ふたりがかりでボートを岸へ引っ張りあげ、森の中へ隠した。


「ひとりでこんなところまで来てたのか」

 今更ながら、青鸞の行動力には驚かされる。ボート乗り場からは、対岸、というほどではないが、それなりに離れた場所まできていた。


 砂地が途切れると、その先には森が広がる。細く絡み合った枝や、朽ちた倒木から、この森に人の手が入っていないことが分かった。森に囲まれて育った僕でも、夜ここに立ち入るのは躊躇する。


「こっちに抜け道があるんだ」

 迷わず夜の森を突き進んでいく青鸞の背中を、僕は慌てて追いかけた。この暗闇で見失うと、合流するのは難しいだろう。青鸞は夜目が利くようで、暗闇をものともせずに進んでいく。

 湖岸が遠くなってから、青鸞は小型のトーチライトを点けた。強い光ではなかったが、一瞬目が眩む。青鸞はもうひとつあるそれを僕に寄越した。

 足元の土は湿っていて、気を抜くと滑りそうだ。踏むたびに、香ばしい匂いが立ち上る。

 青鸞は枝をかき分けながら進んでいった。その目は木々の間の微わずかな影さえも把握しているようだった。


 遠くの湖面に落ちる水滴。

 ふと飛び立った小鳥の羽音。

 風で枝葉がこすれる音。

 僕の耳が、小さな音をひとつひとつ拾いあげる。

 濃い、緑の匂いがしていた。


 少し行くと、道に出た。使わなくなってから随分経つのか、地面はひび割れ、隙間から木の根が覗いている。倒木に気をつける必要はあるが、先ほどよりはいくらか歩きやすくなった。


「どこに向かっているの」

 前を行く青鸞に尋ねる。


「この道を反対に行くと、学園区画の林間エリアに戻れるんだ」

 返ってくる答えは、僕の質問への返事にはなっていなかった。迷いなく進む青鸞の足取りからは、ただ、闇雲に歩き回っているわけではないことだけは察せられた。



 道が開けた先、大きな影が現れる。

 開けた空から月の光が差し込み、あたりを照らす。

 どうやら古い温室のようなその建物は、放置された時間を物語るかのように蔦つたに覆われていて、ガラスは夜に溶け込み、どこまでが人工物でどこまでが植物なのか、境界を曖昧あいまいにさせていた。 


「天体観測に来たんじゃなかったのか」

 青鸞の不可解な言動が、ようやく腑に落ちる。


「散歩中に見つけたんだ。君をここに連れてきたくて、連れ出したんだ」


 僕は、これがただの夜歩きではなかったのだということに、今更ながら気がついた。



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