71.「Present day」
女はビジョンを見ていた。風が吹き荒ぶ岬の上で二人の人物が立っている。女の視点は空中からそれを撮影しているかのようにゆらりと揺れながらその人物たちの周りをずっと回っている。
黒い服の人物がもうひとりに言った。「これは私達の傷口を塞ぐためのもの。これをあなたにあげる。これは私達には使えないの。だからあなたが使わないと意味がない」
もうひとりが黒い服の老女を見ている。それは女が知らない人物で、今の時代には似つかわしくない服装をしていた。
「これを私に使わせて私たちを奴隷にでもするつもりなの?あなた達はいつもそう。自分たちでは何もしない。人を使い、その人たちを不幸に巻き込む。そうやって一体何百年、いえ何千年これを繰り返してきたの?もういい加減にしなさい」
老女は黙ったままそれを聞いている。
「まだこれから何千年も後の人達を巻き込んで行くつもりなの?私はあなた達の今までしてきた事をすべて記憶している。最初にこの星にあなた達が現れたときからね。あなた達は私のこの能力が欲しい。正直にそうだと言いなさい」
黒い服の老女から銀色に光る楕円の板を取り上げた女性はそれを海に捨て入れた。
「まあ、何という事をするのかしら。まあいい。まあいい。それは」
岬の上から老女が立ち去り、残されたもうひとりはそこに跪き、海に向かって祈りを捧げている。
女の視点はまた上空に飛び上がり、その人物と遠くに歩く黒衣の老女を俯瞰していた。
〜
♪〜(アラームの音)
ベッドの上でアラーム停止と叫びながらもまた寝てしまう彼女だったが、しばらくするともう一度先程のアラームより大音量のアラームが鳴った。
「うーん、間違えた!今日は日曜だ!アラームなんて要らない!損した!私の憩いの眠り返せ!」
枕を投げたゆかりはベッドに座り少しの間朦朧としていた。
「なぜアラームが鳴ったの?私、セットした覚えなんて無いのに」
そういった彼女は現在の時間を確認した。
「しまった!ああああ、しまった!」
大急ぎで服を着替えた彼女は、実家への道を急いだ。
ゆかりは道中の電車の中で今朝見た夢のことを思い出していた。
「前にも見た夢。でも台詞が鮮明だった。前は単なる無声動画の様だったけど今回は違った。あれは私達のあれとは違った。そしてあれはプレートを投げ入れたんじゃなかった。私は思い違いをしていた。この海綿のプレートはそんな使われ方をしない」
実家にたどり着いたゆかりは小走りで開けた玄関を通り抜け、奥の部屋にいた母親に息を切らして声を掛けた。
「お母さんただいま。さあ行きましょう」
母親の章子は仏壇の前で手を合わせていた。
「ゆかり、おかえりなさい。随分早かったわね。どうしたの?まだ時間はあるわよ。私はまだ用意出来てないのに」と笑った。
「え?遅刻したと思って走ってきたのに?今何時?」
「まだ七時よ。朝ごはんまだなんでしょう?用意してあげるから食べなさい」
「しまった!一時間間違えた!何なの?まいいか。お母さんのご飯大好き。いただきます」
そう言ってゆかりは食卓について出されていく茶碗や器を眺めていた。
「ねえ、お母さん。寂しくない?一人にさせているからいつも思うのよ。やっぱりこっちに帰ってこようかな」
最後の湯呑を卓に置いた章子はゆかりに向かって言った。
「そりゃ寂しくないと言えば嘘になるわ。でも職場の人達とも仲良くしてもらってるから、日常ではそんな寂しさは感じないしね。こうしてあなたがたまに帰ってきてくれるし。大丈夫よ。あなたは大事な仕事があるんでしょう?遅くなったときはここから通勤するの疲れるわよ」
「うん、そうなんだけど、私、家族ってお母さんしかいないじゃん。親戚もいないし、頼れる人がお互い一人しかいないの」
章子はそれを聞き寂しそうな顔をしたが、笑顔を作り一人娘に言った。
「さあ、食べなさい。そしてお父さんに会いに行きましょう」
「うん、今日はお父さんの命日だもんね。お墓に参って、それからあそこに行くのよね?」
章子は静かに頷いて娘の両肩に手を置いた。
〜
千葉港、ある場所 〜
二人は朝の海に来ていた。
港ではあるがもう港ではない場所だ。朽ち果てた漁船らしき船が半分沈みかけていたり、遠くの黒く汚れた砂浜らしき所には木造の建造物の残骸が打ち上げられているのが見えていた。
「お母さん、あの日、ここからお父さんは発ったのね」
「そう。ここから発ったと役所の人から聞いたわ。あれからもう長い時間が過ぎたけど、ここに来るのは初めてなの」
「お母さん、やっぱり辛かったから来る事が出来なかったの?」
「うん、それもあるけど・・。それだけじゃないわ。ここに来るときは、貴女と笑って来る事が出来てからって思ってた。ここに来るときは泣かないって決めてたの」
ゆかりは母の言葉を聞き涙がこぼれそうになったのを堪えた。
「ね、ねえ、お母さん。私ね静岡にその時の船長さんに会いに行ったの。洲本さんってその人は言ってね。お父さんが最期に乗っていた潜水艇の鍵をくれたのよ。あたしそれをお父さんのプレパラートと一緒にずっと持ってた。でも何故かしれないけど一緒に結んでいたはずの鍵が無くなったの。取れるはずのないリングなのに」
章子は静かに黙ってそれを聞いていた。
「私ね。いまの仕事ともうひとつの仕事をしている。それをお母さんには隠していた」
章子は黙ってそれを聞くことにした。何かを決心して自分に打ち明けようとした娘のことをしっかりと見ようと思ったからだ。
「それでね、お母さん。あたし世界を救うの」
真剣に話し始めた娘を見ながら章子は疑問を彼女にぶつけた。
「それは前にも聞いたわよ。海綿の研究で世界を救うのよね」
「ううん、それもそうなんだけど、もうひとつの仕事は違うの。ほんとは言っちゃいけない事なんだけど、お母さんには言わなきゃならない気がする。だから聞いて、あたしの言う事」
港の朝の風に吹かれながら二人は佇んでいた。
海鳥も少なくなった港にも生き残った海鳥たちがやって来て鳴いている。
章子は我が娘の言い出したことを暫くは解せずにいたが、娘の眼があの時と同じ眼でいたのを見た瞬間、ゆかりが今どんな気持ちでそれを吐露しようとしているのかを理解した。
「ゆかり、あなたそのお仕事を真剣に全うするつもりなのね。それは会社の誰かから頼まれたのかしら?」
「ううん、頼まれてないの。これは多分運命のレールに載せられてしまった。そんな感じよ」
「もしかすると、それはお父さんの仕事のように危険な仕事なんでしょう?」
ゆかりは一人きりの母親に心配をさせたくはなかったし、もちろん自分も危険な目にはあいたくはない、そして恋人も仲間たちにも危ない橋は渡ってほしくはなかった。だからこそ覚悟を決めて仕事をしなければならない。自分が不甲斐なければ他の者に迷惑、いや厄災が降りかかるかもしれない。そんなことはしない。わたしは覚悟を決めて母親に打ち明けるのだ。
「そう、危ないかもしれない。でも仲間がいるの。心強い仲間が。あたしを守ってくれると言ってくれる人もいる」
章子はゆかりの眼の奥に光るのもを見留め彼女に言った。
「その人はゆかりのことを愛してくれているのね。お母さん安心したわ」
「ち、違うの!太郎ちゃんは違う・・・あれ?」
章子は微笑んでゆかりの肩を抱いた。
「太郎さんって言うのね。今度家に連れてきなさい。いいわね?」
ゆかりは頬を真っ赤にして下を向いた。
そして母親の眼を見て頷いた。
ゆかりは母親を抱きしめて泣きそうになったが、それは我慢だと自分に言い聞かせた。
母親の肩越しに見える景色があった。港から続く海沿いの向こうに小高い岬が見える。その上辺りを海鳥が数羽風に流されて旋回しているように見える。昔ならもっと多くの自然があったのだろうと彼女は思った。
魚を求めて鳥たちは飛び、多くの漁船が入り交い、人々の笑いもあり、夫の帰りを待つ海の男たちの妻たちがいた。桟橋には溢れた魚を盗むため猫がたくさんいたし、そんな風にこの港も賑わっていたのだろう。なんと哀しい世の中になってしまったのか。全てはあの出来事のせいだ。それを私達は止めに行く。それが私の仕事。
抱き合いながら自分のもうひとつの仕事を母親に打ち明けた。母親の章子は何度も頷いてゆかりを抱きしめ返した。彼女も泣くまいと堪えていた。荒唐無稽な話にも思える告白を全て受け止めようとしていた。
ゆかりはもう一度母の肩越しに見えていた岬に視線を移した。
『あれ?何だかあの岬、見覚えがある。初めて来た場所なのに?あれ?なんだろうこれ』
〜
抱き合っていた二人は少し離れた。離れはしたが二人の距離は離れはしなかった。
「お母さん、あたしの話を聞いてくれてありがとう。あたしは世界を救うの。お父さんと」
「ゆかり、お父さんはいつも貴女を見守っています。だから、いつも貴女のそばにいると私は信じている」
泣かないと思っていた心の水瓶が満たされ止め処なく清水が溢れ出ている。
ゆかりはこの母親の元に生まれてきて良かったと、そして父が父で良かったと思った。
二人は桟橋の先に花束を置き海に祈った。
章子は娘の肩をもう一度抱き言った。
「さあ、帰りましょう。笑顔で帰ろう。ね?ゆかり」
ゆかりはそれに頷き、母親と海を後にすることにした。二人の後ろには大きく海が広がり太陽がそれを輝かせていた。遠くに見える岬の上にはいつもの様に海鳥が舞っていた。
〜
ボリスデイリー社〜
「森さん、ご無沙汰しています。どれどれ、森さんにこき使われる俺の役割をしている人はどこに居るのかな」
木村は自分の古巣を見渡しているが、本心から該当の人物を探すつもりは無いようだ。上司だった森に会いに来た。それが目的だ。
「なんだ!木村!お前なんの用だ。俺は忙しいんだ。しかもお前の後任がお前以上に使えなくて毎日が地獄なんだ。なあ里村!お前、アレはまだ仕上げてねえんだろ。早くやれよ、頼むよ」
木村は思わずその攻撃におろおろしている後輩に声を掛けた。
「里村君?君が俺の後継か。ああ、不憫だな。早く退職する事を勧めておくよ」
と言って里村の肩を叩いた。
「おい、木村!こっちに来い」
そう言って森は打合せ室を親指を立てて指さしている。
部屋に入った木村は森の前に立ち頭を下げた。
「森さん、本当に申し訳ありません!俺の勝手で突然退職して本当にご迷惑おかけしました!!」
それを聞いた森は吹き出して大笑いをした。
「なんだお前、えらく殊勝じゃねえか。だが、お前らしくもねえし面白くとも何にもねえ」
木村はお詫びの姿勢をしたままにやりと笑った。
そして直立姿勢に戻った彼はこう言った。
「森さん、あなたはいつも変わらない。でもそれがいい。だからこれからも変わらないで欲しい」
「な、なんだお前、気色悪いな」
「ねえ森さん、一緒に写真を撮りませんか」
そう言って木村は後ろのドアを開け、里村を手招きした。
ここの社員として愛用していた50年前のデジタルカメラを里村に渡して自分たちを撮ってくれるよう頼んだ。
「おい木村、俺は嫁さんとも二人だけの写真なんて撮らないんだぞ。なんで男のお前と撮らなきゃならんのだ。いきなり古巣に来て何なんだ、気持ち悪い奴め」
「まあまあ、森さん。そう言わずに。さあ、里村くん頼むよ」
しぶしぶ壁にかけられたボリスデイリー社の社訓の前に立った森は少し引き攣った顔で木村と写真に収まった。
「ありがとうございます森さん。これで心の棘が取れましたよ。じゃあこれで」
ドアから出ていこうとする木村を呼び止めた森は言った。
「お前、何か他に用事があったんだろ?何か有るのなら俺に話せ。な?」
背中を向けた木村は止まったままでいた。
「森さん、あなたもジャーナリストだ。読者の興味が尽きない話は餌でしょう」
「そうだ。その通りだよ」
「だけど、これからどうなるかは分からないけど、俺の関わっていることに関しては書かないでおいてくれませんか」
「ふうん、それは暗にタイガの事は伏せておいてくれって俺への脅しかなんかなのか」
「脅しなんかじゃありませんよ。これは頼みなんです。タイガの事は忘れてくれませんか」
横にいた里村はふたりの様子に怯えてデジタルカメラを置いて退室してしまった後だったが、この打合せ室の会話が、後の未来の出来事を変える一因となる事など当の二人には予測も出来なかった。
「お前はタイガの取材をしながら俺に嘘の報告をしてきたろう。何かを掴んでいた筈なのに俺には言わなかった。そして挙句の果てにここを辞めてタイガに就職してしまいやがったよな。何か臭いと思われて当たり前だろうに」
「ええ、そうです。森さんの思う通りですよ。俺はあんたに嘘をついていた。でも、その本当のことを知ったところで貴方は記者としての使命を忘れちゃあくれないでしょう」
「おう、よく分かってるじゃねえか。俺はお前とは違って嘘はつけねえんだ」
「でもね、森さん。嘘をつくからって、それが卑怯な嘘とは限らないんですよ」
「じゃ、なにか。てめえの嘘はいい嘘で俺たちが卑怯者だって言いたいのか」
「そうは言ってませんよ。俺の嘘を知りたいのなら教えて差し上げます。いいですか?秘密にしてもらいたいんです。それをね」
森は木村のこんな目つきを何度となく見てきた。腹が座ったときによく見せる表情だった。こんな時の木村はとても頑固で一切の御託を言わずに一直線に正解にむけて走り出す。出した答えはいつも正解だった。
「言ってみろ。それを秘密にできるもんなのかどうかは聞いたあとに判断するぜ」
〜
木村が去ったあとの打ち合せ室に一人残った森は頭を抱えていた。
「一体どうなってやがる。あいつの言った事は本当なのか。今まで何度も過去が変わってるだと?俺はそれを知らずにのうのうと生きていたって事か。奴らだけ必死になっているのに、俺たちは何にも出来ねえのか。なんてこった」
〜
深大寺の公臣の館 〜
林の中に建っている館は彼の孤独の象徴であった。彼はそんな孤独を楽しんでもいたし、常にそうであった方が好ましいとさえ思っていた。
しかし、最近のこと社内の者が訪れることが多くなっていて、彼の孤独が妨げられることが続いていた。
少し昔ならそれに辟易としていたであろう自分を思い出してはひとりで苦笑いをする日々があった。そう、何かが彼を変えていたのかも知れない。
この日、蕃紅花色の扉の前に立った彼は独り言を言う。
「ああ、僕も憑きのものが落ちたら、別の憑きのものがついたみたいだよね。社内の人間がわさわさと大勢やって来る」
そう微笑みながら、扉を閉めて廊下の右奥にある書斎に入った彼は、紙とペンを取り出して何かを書き始めた。
「そうだね。こんなのも良いかも知れない。僕たちの足跡を後世に残す」
秋の気配の空気を運んでくる西からの風がカーテンを揺らしている。彼のペンはまた動き出し紙に足跡を付けていった。
〜
二子玉川、中村家〜
「アマンダ!アマンダ!行くわよ」
綾香は居候の外国から来た姉の存在を呼んでいるようだ。
「アヤカ!あなた私より歳下よ。もっとソンゲンをもって接しなさい」
「あ、ごめん。許してアマンダ。でも良いじゃん。余所余所しいよりさ。こー言うのをフレンドリーって言うのよね?」
アマンダは大笑いをした。
「あなた、ゆかり親分とよく似てるわ。でも嫌いじゃない、そう言うの。さ、今日は何の映画を観に?」
翻訳機能を使わず片言の日本語を駆使してアマンダは日々を過ごしていた。そんな彼女の日常は彼女の希望として長く続いてほしいと願うものだった。
〜
桐野医院〜
公聡はここで定期検診を受けていた。以前に銃で撃たれた左脚の予後を診ると云うのもここを訪れた理由だった。
「おい太賀、お前の身体はまさかの健康体だよ。心配いらん。多分ミサイルが落ちてきてもお前は死なんさ。それくらいの健康体だ」
公聡は高校での歳上の同級生だった桐野を慕い、そして彼を信用していた。
だが、桐野のそんな態度はあまり看過出来るものでも無かったのは事実だった。
「桐野、あんたは冗談がすこぶる下手だな。昔からそうだったけどな。だけど俺の前でミサイルねたは止めろ。笑えん」
桐野はいつになく真面目な顔をして自分を制した男にこう言った。
「太賀、もうそろそろ教えろ。お前は、いやお前たちは何をやろうとしている。年下だったはずのお前が八年ぶりに帰ってきたと思ったら、随分と俺より歳上みたいに老けてしまいやがった。おまけに銃で撃たれるなんてよ。おかしい事はまだまだあるぞ。なあ、俺とお前の仲じゃないか」
公聡は天井を見上げ桐野にそれを言うかどうかを迷った。
「桐野・・、あんた、江戸時代に興味はあるか」
「なんだお前、何はぐらかそうとしてんだ。まあいい。興味あるぞ、大ありだ。出来ればあの時間に行って時代を変えてみたいといつも思っているさ。なんだそれは。それが俺の質問への答えか」
「俺はあの時代へ行った夢を見ていたんだ。ずっと長い夢だった。その夢の終わりを見るのに八年も掛かっちまったがな」
「太賀、お前の答えはそれなのか・・・・随分と俺はお前を買い被っていたようだぜ」
「すまねえ桐野・・・俺には今言えるのはこれだけなんだ」
〜
東京湾某所〜
「ボクは本当に消えてしまう。そして帰ってこない」
「そう、未来から来たわたしが見せたビジョンではそうなっていました。だけどそれは既にもう変わっている未来かも知れない。あの時消えた貴方はその事を知らずに消えた。でも今の貴方はそれを知っている。中村さんがそれを、その瞬間を知っているなら話は違うと思います」
「だけど、歴史はボク達を追いかけてくるんじゃないですか。変えようとしてもそれを飲み込んでしまう」
「その為のバックアップです。この絵札があればどの時代に飛ばされたとしても必ず戻ってこれる筈です。だからこれは“あなた”が持っていてください」
そう言いながら美月は祐介に二枚の月の絵札を手渡した。
「でも、これを使うとマーゴの封印が解かれてしまうんじゃないですか」
「そうかも知れない。でも貴方を失うよりましです。わたしにとって・・・」
何かを言いかけたまま沈黙してしまった美月に祐介は堪らず問いかけた。
「わたしにとって?」
美月は頬を赤らめながら下を向いている。そのままの姿勢でこう言った。
「わたし達にとって大切な存在です。それはあなたが持っているはずの能力がどうだとか、そんな話ではなく・・」
美月はまた数秒の沈黙のあと今度は祐介の眼を見て話した。
「わたしはもう嘘を重ねるのはやめることにします。特に貴方の前では」
祐介は黙って美月の手を握り彼女の眼をしっかりと見た。
いつもの美月ならその握られた手を振りほどいてしまったかもしれない。でもそうはしなかった。
「わたしは・・わたしは貴方を大切に思っています。いえ、大切と云うのはニュアンスに少し語弊があるかもしれません」
祐介はそんな美月の気持ちを察していた。自分も彼女と同じ気持ちだった。
「ボクは前にも言いました。やはり貴女が好きなんです。貴女のような女性とボクは不釣り合いかも知れない。だけど貴女と一緒に居たい気持ちは誰にも負けないし、ずっと貴女を、美月さんを守りたいと思ってる。ボクがどこかの時代に飛ばされたらそんな事も出来なくなる。だから貴女の提案を受けます。この絵札を使って必ず貴女の前に帰ってきます」
美月はまた下を向いてしまった。
しかし彼女の火照った頬を冷ますように涙が伝い落ちていた。
「ゆ、祐介さん、わたしも貴方を失いたくない。もう誰も」
ぎこちない抱擁をした二人は冬の気配を運んできた浜風を浴びたせいで、互いを引き寄せ強く力の限り自分の身が相手に溶け込めと抱き合い、その後はじめての口づけを交わした。
「祐介さん、わ、わたし、キスをするの初めてです。恥ずかしい」
祐介は彼女の顔を間近に見た。
「ボクもです。この年になってのファーストキスです。嘘じゃありません」
そう言ってもう一度口づけをした。
もうすぐ冬がやってくる。あの時代に飛ばなくてはならない。
ふたりの覚悟は、二枚の金属板と二枚の絵札に委ねられてゆく。
~
その夜、お好み焼き豊臣~
ふたりはいつもの鉄板を前にした特等席に並んで座っていた。だが、いつもの和やかな様子は無く、二人ともに黙り込んでいる。
「なあ、ゆかり・・俺たちの金属板だけど色が変わっちまっただろ。もうあれは使う機会が寸前まで来たって事なのかなって思ってるんだ。ただ、解せないのは、あの婆さんたちは効果のあるものを俺たちに託しているんだよな。しかもそれは自分では使えないものをさ。これはあの時代のあのピンポイントの時間でないと効果が無いんだろうか・・・。そう思ってな。例えばだぞ、あの金属板は今の時代に使うから効果があるとか、それかもっと前の時代に使っておくから予防接種的に効果があるんじゃないかって可能性を考えていたんだよ。そもそも効果的な使い方なんて婆さんたちは教えてくれないだろ。だけど奴らは『珠の意志』とか言ってて、この星の生まれた時からここに住んでるんだ。いろんな時代時代に地球の危機ってこれまでも何度もあってさ・・その都度にその時代に生きていた人を見出して何かを渡していた。でも50年前にあれが起きた時に何故その危機を回避しなかったんだろうってな」
木村のそれを聞いてゆかりは何かを思い出した。
「太郎ちゃん・・・。あたし、その違う時代の見出された人を見たかもしれない・・・・」
「そ、そうなのか。どこで会ったんだ。その人はどこに居るんだ」
「いや・・あのね。実際に会ったわけじゃないんだよ。夢で見たって言うか・・とても不思議な夢でね。その女の人はお婆さんたちの事をよく知っていてね、その人の能力をお婆さんたちは欲しがっていた。そんな映像をね、夢で見たの。ねえ、いろんな時代のその時に流行っていた服とかそんなものが理解できる場所は無いかしら」
「どう言うことだ?」
「多分、その人に会いに行けたら何かが分かるかもしれないって思うの」
「え?」




