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天上人  作者: 鬼木 有葉
第五章 エスメラルダの湖
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九.裏切り者①

鈍い音と共に剣がグロリオの首を(かす)め、後ろの柱に突き刺さった。


「グロリオ!」


アキレアが悲鳴を上げた。


「何の真似だ?」


すかさずスラウの背後に回ったハイドが剣を突き出した。

スラウはゆっくりと柱から剣を引き抜くと床に放り、手を挙げた。


「別に。私はグロリオの命に従っただけ」


「どういうことだよ、スラウ?!」


声を荒げるラナンを一瞥(いちべつ)し、スラウは口を開いた。


「私はこんな隊長を知らない。私たちの隊長は、グロリオは……例えどんなに大変な任務でも契約主のことを1番に考えて行動する人だった。それに、例え私たちの中に裏切り者が居ようが、決して(だれ)も疑わなかったはずでしょ?」


「でも、それはねスラウ。今回の任務を成功させないと……」


アキレアが口を(はさ)んだが、途中で再び黙ってしまった。


「それは(だれ)の為なの? 契約主の為? それとも()()()の為?」


スラウの質問に(だれ)も答えられなかった。


「私ね、この隊が解散したって別に良いと思ってる」


思いがけないスラウの言葉に隊員たちは(こお)りついた。


「……それ、どういうこと?」


(かす)れた声でアキレアが(たず)ねた。


「初めて皆に会ったのは山で助けてくれた時だったよね? (すご)くかっこよかったよ。だから、この隊に配属されることを知った時はとても嬉しかった。フィルが私たちの故郷を取り返そうとした時も、皆、任務じゃないのに助けてくれて……私も、早く皆みたいになりたかった。尊敬してた。それなのに……今の皆は私の(あこが)れてきた隊じゃない。こんな人たち、私は知らなっ……!」


突然、アキレアがスラウの胸ぐらを(つか)んだ。


「良い加減にしてよ! あなたの理想と違うから、解散しても良いと思ってんの?! 勝手に抱いた理想を押しつけないで! 私たちが何も考えないでこんなことしてるとでも思っているの?!」


スラウはしばらくされるままになっていたが、涙目のアキレアの手をそっと離した。


「……知ってるよ」


スラウの静かな目が隊員たちに向けられた。


「私は知ってる。この中にマリーラを消したり(だれ)かを殺したり、そういうことをする人は居ないって私は知ってる。皆もそうでしょ? 私よりも前からずっと一緒に居た仲間だもん。ここにいる全員が、(だれ)もそんなことをしていないって思ってる。違う?」


「……うん」


チニが声に出して(うなず)くと、スラウは(うれ)しそうに笑った。


「なら、堂々としていてよ。何も悪いことしていないんだから、胸を張って立っていてよ。アキレアの言う通り、私が勝手に抱いた理想なのかもしれない。でもね、私は契約主のために、仲間のために、一生懸命に戦う皆を知っている。私はもう、山で助けてもらうのを待つだけの女の子じゃない。だから、ずっとそこに居て。皆の(となり)で戦って、同じものを守れるように強くなるから」


ラナンは静かにスラウを見守っていた。

彼女は知っているのだろうか。

自分たちの前に隊員がいたことを。

そのことを皆が隠してきたことを。

いや。

ラナンは心の中で首を振った。

恐らく知っているのだろう。

その隊員がどれほど彼らにとって大きな存在かを知った上で言っているのだ。


スラウの話は続いていた。


「だから、もう一度言うよ。(だれ)かに罪を着せられたって、隊を解散させられたって(かま)わない。皆、自分が間違ったことをしたわけじゃないことを知っているし、仲間のことだって信じてる……それ以上に何が必要なの?」


グロリオはそう問うてくるスラウの目をじっと見つめた。

今、もしアイツがここに居たら。

アイツは、ナキュラスは、同じことを言うのだろうか……


「くくっ……あははは……あははははっ!」


自然と笑い声が漏れた。


「ありがとな、スラウ」


そう言って頭を()でると、スラウは驚いたように目を丸くした。


「あー……何か、変に気負ってたもんがなくなって楽になったわー。お前らも、そうだろ?」


「ふふ……そうだな。で、これからどうする?」


強張(こわば)らせていた肩の力を抜いてライオネルが(たず)ねた。

グロリオはそうだなぁ、と肩を鳴らした。


「気持ちを切り替えたところで、状況がまずいことには変わらねぇんだよな」


「それなら私に任せて」


振り返るとランジアが立っていた。


「この人に任せておくと、あの龍を一層怒らせることしか出来なさそうだわ」


ツンとすましてこちらを見てくるランジアにスラウは顔を引きつらせた。


「任せても良いが、どうするんだ?」


グロリオの問いには答えず、ランジアは何かを探すように隊員たちを見回した。


「これよ! これをずっと探していたの!」


ランジアはチニの持っていた横笛を指差した。


「でも、息を吹き入れても音が出なかったよ?」


そう言って恐る恐る差し出すチニに(かま)わず、ランジアはそれを握った。

笛の記憶している過去が(よみがえ)ってきた。


***


暗い部屋の中、銀髪の青年が(ひざ)をついて壁を見つめていた。

手には笛が(にぎ)られている。

ふと笛が壁に(たた)きつけられた。

砕け散る笛を見つめる彼の(ほほ)を一筋の(なみだ)が伝っていった。


***


「……そう。知っていたのね……」


(つぶや)いたランジアは隊員たちに向き合った。


「彼がああなってしまった原因は、彼自身がかけた呪いにあるわ。愛した女性(ひと)を死なせてしまい、彼は彼女と自分を引き合わせた笛を呪い、湖の守り神である己の宿命を呪った……私はそんな彼の気持ちを踏みにじったのよ」


「待て、ランジア!」


ラナンが止めに入った。


「あの状態じゃもう……龍に話は通じねぇぞ」


ランジアは龍をまっすぐに見つめた。

龍を包む(きり)がシュウシュウと音を立てている。

龍はその中で(もだ)えながら()えていた。


「例え声が届かなくてもやらなきゃならないの。これが私の責任の取り方だから」


ランジアは笛を(かか)げてゆっくり歩いていった。


「ねぇ、見える?! あなたの笛よ! あなたに返すわ!」


(かか)げられた横笛が鈍い光を放った。

龍は動きを止め、ゆっくりとランジアを見下ろした。

龍の鼻息が低く響く。


「私はエスメラルダじゃないわ。今まで言わなくてごめんなさい。私がもっと早くに言っていれば、あなたをこんなに傷つけることもなかったのに……」


龍は頭を()()らせ、()えた。

まるでそれは違うと訴えているように。


「お願い! 私の声を聞いて! あなたも知ってるでしょう?! エスメラルダは死んでしまったの! けれど、あなたのせいじゃないわ! だから、せめてこの笛を……」


その時、龍の赤い瞳が近づいてくるランジアを見つめて細くなった。

首をもたげる龍を見てライオネルが(さけ)んだ。


「ランジア! 逃げろ!」


次の瞬間、龍は彼女に牙をむいて襲いかかった。

反応するのが遅れたランジアに鉤爪(かぎづめ)(せま)った瞬間、彼女の姿が消えた。

軽やかに指の鳴る音と共に現れたラナンがランジアを抱えて床を転がった。


「笛が!」


チニが(さけ)んだ。

龍の狙いはランジアではなく、笛だったのだ。

龍の鋭い爪が笛を(つか)もうと空を()いた。


「ちっ……!」


ハイドが舌打ちするや否や、龍に突っ込み、笛をもぎ取った。


「よっしゃ!」


グロリオが(うれ)しそうにガッツポーズをした瞬間、龍の長い尾が勢いよくハイドにぶつかり、彼は勢いよく吹き飛ばされた。


「ハイドォッ!」


ハイドの手から笛が(すべ)り落ち、床を転がった。


――カラン。


不意に高い音が聞こえた。

心地よく耳に染み渡る音だった。

笛は床のあちこちにできた水溜まりを転がっていった。


――カランカランカラン。


笛が転がる(たび)に音が鳴る。

アキレアが笛を手に取った。


「どうりで音が出ないはずだわ! 空気の代わりに水を送り込むことで音が鳴るのよ!」


「見て!」


アイリスが龍を指差した。

龍は動きを止め、静かに宙を(ただよ)っていた。

スラウは思わず目を見張った。

こちらをじっと見つめる目が、淡く美しい蒼色だったのだ。


しかし、次の瞬間、天井がガラガラと音を立てて(くず)れ、壁の裂け目から水が流れ込んできた。


「見て!」


フォセの叫び声にグロリオは龍を見上げた。

龍の瞳は再び赤色を帯び、(きり)の中で()えていた。

その笛の音を止めろとでも言うかのように。


「守り神自身がかけた呪いか……俺たちにそれを解くことはできるだろうか……」


気を失ったハイドを支え、ライオネルは(つぶや)いた。


「笛を……貸して」


ランジアが息を切らしてやって来た。

腕には動物の姿のラナンが抱かれている。

長い尾はぐったりと垂れていた。


「もう間違えないわ……やるべきことが()()()()の」


「そうしたいところだが、もうここは長くは保たねぇぞ」


「それなら僕に任せて、グロリオ」


チニが手を挙げた。


「僕が防壁を張って時間を(かせ)ぐよ」


「チニ、この巨大な要塞(ようさい)を1人で支えるのは無理だ。俺も手伝おう」


ライオネルがチニの肩に触れた。

チニは(うなず)くと印を結んだ。


「時間はかけない。笛の音で彼の正気を取り戻してみせるわ」


ランジアはそう言うと印を結び、水を()き上がらせた。

目を閉じ、笛の記憶を辿る。

今自分にできること……

それはこの曲を、かつてエスメラルダを想って吹いた曲を、心を閉ざしてしまった彼に届けることだ。

笛の音色が響く間も龍は相変わらず()え続けていた。


『あの女性(ひと)に会ったのが間違いだったんだ……』


守り神の声が聞こえた気がした。


「……っ!」


スラウは衝動的に飛び出すと、(きり)の中でのたうち回る龍の頭にしがみついた。


「どんなに大事な人を失っても、その人との出会いを間違いだなんて言わないで! その人との思い出をなかったことになんてしないで!」


頭についた小さな人間を追い払おうと、頭を振った龍の脳裏にあの日の記憶が(よみがえ)ってきた。

1番思い出したくなかった記憶が。

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