表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天上人  作者: 鬼木 有葉
第五章 エスメラルダの湖
99/196

九.裏切り者②

あの日は(みょう)に身体がけだるくて思考もはっきりしなかった。

確か川の異変を感じて村に行ったんだ。

そこで……

急に記憶が鮮明な画像となって(よみがえ)った。

逃げ(まど)う人々、泣き(さけ)ぶ子ども、燃え盛るテント……

そうか。

あの女性(ひと)が死んだんだ。

何だ、この胸を(えぐ)られるような痛みは……

思わず胸に手をやる。

もう会えないのか……


頭を抱えた時だった。

ふと人の声が聞こえた気がした。

思わず顔を上げると湖のほとりに人だかりができていた。


「エスメラルダが好きだった場所がここか……」


人間の声に顔を上げる。

エスメラルダという名だったのか……


「ああ……湖で友だちができたとか……よく母親に語っていたそうだよ」


もう少し(そば)で聞こうと近づいた時だった。


「なあ……これで本当にあの娘の怒りを(しず)めることができるのかい?」


1人が(たず)ねた。


「……分からない」


湖畔(こはん)に向かって手を合わせていた男は困ったように(うつむ)いた。


「でも……あの娘が村を沈めちまうなんてねぇ……」


老婆の言葉に思わず我が耳を疑った。

村を()()()


『おばあちゃん……』


少女が老婆の手を引いた。

彼女の肩には大きな荷物が掛かっている。

そう言えば他の人間も布や道具を抱えている。

どこかへ旅に出るのだろうか。


『日が沈む前にどこか野宿する場所を探しましょう』


湖に花を投げ込んだ男が群衆を振り返った。

彼らはもう1度こちらに手を合わせると去っていった。


胸騒ぎがして村へ行くことにした。

可笑(おか)しい、思わず声に出して(つぶや)いた。

村に続く川を辿(たど)っているはずだ。

細くなっていくはずの川幅が変わらない。

それどころか広くなっている。

ひたすら広がる水面を見回した。

どくんと胸が鳴る。

違う。

村には()()()()()んだ。

水面を見下ろすと、水底に静かにたたずむ家々が見えた。


今や、鼓動が鼓膜を突き破りそうだった。

俺が……

俺がやったのか……

焼き崩れるテントを見た時に思わず願った。

こんなことになるのなら、彼女に会わなければ良かったと。

こんな村が無ければ良かったのに、と。

神として守るべき人間たちを己の力で傷つけたのだ 。


どれくらい、そこに突っ立っていたことだろう。

ふと気配がして視線をやると、岸辺にさっきの人間たちが立っていた。


何と言われれるのだろう。

恐る恐る振り返ってみたが、(だれ)も何も言わなかった。

自分の姿は見えていないし、気がつくはずがない。

この中の(だれ)かに自分の姿が見えていて、責め立ててくれた方がまだ楽だったのに。


『エスメラルダよ……』


村の中で最も年を取っていた老人が杖を頼りに前に進み出てきた。


『そなたがあの若造を殺した気持ちは分かる。じゃが……どうか、どうか……その怒りを(しず)めてくれ……』


違う!

今や、はっきりと記憶が(よみがえ)っていた。

(きり)の中で胸を掻きむしりながら崖に転落していった若者。

俺が殺したんだ!

水面が飛沫(しぶき)を上げるのも構わず、岸に駆け寄った。

全部、俺がやったことだ!

あの女性(ひと)じゃない!


叫んだが、(だれ)かが気がつくこともない。

水飛沫(みずしぶき)にさえ、(だれ)も気がついていない。

頼む、あの女性(ひと)を責めないでくれ!

(ほほ)(なみだ)が伝う。

(だれ)か聞いてくれ!

彼女じゃない!

全部俺のせいなんだ!


皆が去って行く中、1人がふと足を止め、名残惜しそうにこちらを見つめた。

もしかしたら彼には自分が見えているかもしれない。

最後の望みをかけて思いきり手を振り回して(さけ)んだ。

あの女性(ひと)は悪くないんだ!


だが、彼の視線は遂に自分に向けられることはなかった。


***


『村を沈め、あの女性(ひと)に罪を着せた我に、今さら何ができると言うのだ……』


龍が(つぶや)いた時、ずっとアイリスの後ろに隠れるようにしていた赤い龍がゆっくりと進み出てきた。


キュウ――


高い声で鳴く龍を隊員たちは驚いて見つめた。


キュウキュウ――


その小さな龍はランジアの奏でる笛の音色に合わせて歌っているようだった。


「こいつ、もしかして……!」


グロリオは(つぶや)くと、振り落とされまいとしがみつくスラウの(となり)に飛びついた。


「目を開けてちゃんと見ろ! お前はまだ何も失ってねぇ! エスメラルダなら!」


「まだここにいる!」


いつのまにか他の隊員たちも龍にしがみついていた。


龍は動きを止めた。

目の前にいるもの……

赤い龍がこちらを見上げていた。


「見て!」


アキレアが(さけ)んだ。


「あなたがずっと想っていた人、エスメラルダよ!」


その時、赤い龍と初めて目が合った。

灰色の澄んだ瞳に確信した。


『エスメ……ラルダ……』


龍の瞳が藍色に戻り、透き通った涙が銀色の(うろこ)を伝った。


「スラウ、今だ!」


グロリオの言葉にスラウは息を吸うと手を広げた。

今度はもう迷わない。

両手から金色の光が放たれて2匹の龍を(つな)ぎ、辺りが(まばゆ)い光に包まれた。


『浄化!』


次の瞬間、天井を突き破って大量の水が流れ込んできた。

光の球は皆を濁流(だくりゅう)から守り、ゆっくりと水面へ浮かんでいった。

光の向こうを水の泡が(かがや)きながら流れていく。


パンッと泡が弾けるように光が散っていった。

隊員たちは水面から顔を突き出した。

スラウは山の(ふもと)から射し込む光に目を細めた。


「夜明けだ……」


ラナンが(となり)(つぶや)いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ