表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天上人  作者: 鬼木 有葉
第五章 エスメラルダの湖
96/196

八.隠れた想い①

荷車は壁に激突する直前に青い立方体に包まれて止まった。


「あ、危なかった……」


息を()いたチニが顔を上げると、目を丸くしているアイリスと目が合った。


「あら、みんな(そろ)ったのね」


「グロリオ。ランジアなんだが」


ラナンが(とびら)の後ろから顔を出した。


「さっきまでここに居たんだけどよ、俺たちがここに居るせいで任務が失敗するって言って姿を消しちまった」


グロリオは(だま)ってそれを聞いていたが、ふと胸元から通信機を取り出すと耳にかけた。


「全隊員に向けて発信する。これでアイツにも声が聞こえるはずだ」


彼は目の前に表示された名前を(にら)みながら口を開いた。


『ランジア。お前が何を()()そう判断したのか、俺には分からねぇ。だが、これだけは言える。今回の任務、退(しりぞ)くことは許されない。俺たちがやらなきゃ、評議会(ひょうぎかい)に実力を認めさせることはできねぇ。お前が協力しないならそれで良い。(ただ)し……俺たちの邪魔はするなよ』


「……っ!」


銀色の装置を(にぎ)()めていたランジアは続いて聞こえてきた声に我に返った。


『ランジア、まだ聞こえているか?』


「ライ……何?」


『1つ聞きたくてね。何が君をここに執着(しゅうちゃく)させているのか』


ランジアは思わず目を見張った。

昔から、従姉弟(おとうと)はまるで見えているかのように人の内面を見抜くのが得意だった。

感情を(あら)わにしない自分の隠し事さえ、いともたやすく言い当ててしまう。


「つまり……どういうことかしら?」


ランジアは平静を装って(たず)ねた。


()えた未来について聞きたい。龍はどうやって()()()()()んだ?』


「何故、龍が死ぬと? 私、これは言ってないわよね?」


通信機の向こう側の声は少し(さび)しそうにだった。


『職業病かな。彼を見たら分かってしまったんだ』


そうよ、ランジアは(ささや)くと通信機を握りしめた。


「彼は私をエスメラルダだと思っているの。ここで私が居なくなったら、彼はまた独りになってしまうわ。彼には私が必要なのよ」


しばらく声は返ってこなかった。


『違うな』


低く(つぶや)く声が聞こえた。


『ランジア。本当は()()()()()()()()()()()んじゃないのか?』


「……」


ランジアは何も言わずに通信を切った。

目を(つむ)ると(まぶた)の裏に色鮮やかな情景が映し出された。


拡大を続ける湖。

草木が流されて土が(あら)わになった山肌……

山を下りていく人々の顔には絶望が浮かんでいる。

(だれ)も居なくなって荒廃(こうはい)した村。

そして……

空に向かって悲しげに()える龍。

龍は夕暮れに染められた赤い大地の上で最期の声を(しぼ)り出すとゆっくりと地面に(くず)れた。


***


「とりあえず集合!」


グロリオの声に隊員たちは柱の裏へ回り込んだ。


「あの小さな龍が回復するまで、俺たちはコレを少しでも引きつけなきゃならねぇ」


指差された龍は相変(あいか)わらず悠々(ゆうゆう)回廊(かいろう)(ただよ)いながらも、こちらから目を離さなかった。


「フォセとスラウでアイツの注意を俺たちからそらしてくれ。ハイド、お前は力を貸せ。合図したら行くぞ!3、2、1、解散!」


龍は回廊(かいろう)を堂々と()(ぱし)るフォセに氷の(やいば)を浴びせた。

巻き起こった風が刃を蹴散(けち)らしていく。


「痛っ……!」


柱の裏に滑り込んだフォセは顔をしかめた。

あちこちに()り傷ができている。


「後でライに手当てしてもらおっと♫」


そっと顔を出すと、今度は回廊(かいろう)()げ回るスラウを龍の鋭い爪が襲っていた。


「スラウ! (つか)まって!」


()け寄った瞬間、龍の鋭い歯が(せま)ってきた。


「いっけぇ!」


(かろ)うじて手を(つな)いだ2人は勢いよく飛び上がった。

フォセは天井(てんじょう)にぶつかる直前に向きを変え、作戦通りに印を結んで構えているグロリオたちめがけて急降下した。

大きな身体にも関わらず、龍も後ろをぴったりとついてくる。

(せま)り来る気迫(きはく)と荒い鼻息……

スラウは(つば)を飲み込んだ。


「避けろぉっ!」


グロリオの声でフォセはスラウの手を(にぎ)ったまま、横に飛んだ。

次の瞬間、グロリオとハイドの互いに交差した手の先から氷と炎が飛び出し、龍を囲んだ。

透き通った球体の表面を時折青と赤の閃光(せんこう)が線を(えが)いて走っている。

龍は鼻づらを突きつけて球体を壊そうとしたが、赤い閃光(せんこう)がそれを阻んだ。


「この中では氷と炎が均衡を取っている。つまり、アイツが氷を作れば、炎の勢いも増す……これで時間稼ぎにはなるだろ」


グロリオが得意げに言うと剣を(さや)に収めた。


***


抱えた(ひざ)に顔をうずめていたランジアの背後で黒い(きり)が渦を巻き、中から黒い覆面(ふくめん)の男が現れた。

男はしばらくその場に立ち尽くしていたが、(おもむ)ろに彼女に向かって剣を振り下ろした。


「いきなり何?」


寸手のところで(かわ)したランジアは後退(あとずさ)りながら男を(にら)んだ。


「話が違うじゃない」


「話? はて……何のことだか」


「はなから私のことを(だま)していたのね……ナキュラスのことを知ってると言ったのも嘘?」


男は金属が(こす)れ合うような声で笑った。


「さぁてどうだか? だが、お前も我々を(だま)していたな? こちらには干渉しないと言っていたが……呪鎖(じゅさ)は破壊され、幻術師(げんじゅつし)は消えた。これでは我が君のお望みのものが届けられないではないか」


目を見張るランジアを横目に男は剣の刃を筋張った指でなぞった。

指の腹が切れ、白い刃を赤い血が伝っていく。


「ここで貴様を殺す」


「……っ!」


ランジアは(とびら)()け寄ると、ドアノブに手を掛けた。

だが、押しても引いても(とびら)はびくともしなかった。


「そこは(すで)に封鎖した。助けなど来はしない」


男は(わら)うとジリジリと距離を詰めてきた。


「貴様の死体を見せれば、龍はエスメラルダが死んだと思うはずだ。力の制御できない奴など獣同然。その生命力さえ手に入れば我が君の目的は達成される」


長年想い続けてきた女性(ひと)を2度も目の前で失えば、龍は更に自分の中に閉じこもるだろう。

彼女を失った時以来、彼の力はゆっくりと漏れ出ていた。

自分の死は龍の力を更に狂わせてしまう。


「死ぬ時期が早まるだけだ。何も文句はあるまい?」


「口を(つぐ)みなさい! うっ……!」


飛んできた斬撃(ざんげき)()けきれずに、ランジアは身体を壁に打ち付けた。

()せながら何とか立ち上がろうとしている間にも再び剣が襲いかかる。

ランジアは床に転がりながら机の(かげ)に隠れた。

その腕を剣が(かす)め、白い肌から血が流れ落ちた。


「ハァッ……ハッ……」


腕を抱え、逃げ場を探す。

どうにか不意をついて飛び出したランジアは印を結んだ。


『我に宿(やど)りし氷の力よ、(なんじ)息吹(いぶき)で彼を(こお)らせ!』


次の瞬間、男の立っていた床が(こお)りついた。

その頭上でも天井が(こお)り、氷柱(つらら)が男に向かっていった。


ガンッ――


硬い音と共に上下から伸びた氷がぶつかった。


「ハッ……ハァッ……やった……かしら?」


ランジアは目を細めた。

破れた黒いマントが引っかかっている。

安堵の息を()いた瞬間、背後で黒い霧が渦を巻いた。

斬撃(ざんげき)をもろに受けたランジアの身体が吹き飛ばされ、床に氷の破片(はへん)が飛び散った。

男が氷を踏み散らかしてやってきた。

逃げようとしたところ、長い髪を(つか)まれ、ランジアは思わず声を上げた。


「これが何だか知っているな?」


男が手に(にぎ)っているものを見せてきた。


「まさか?!」


(たの)しそうに(わら)うと、彼は深い(しわ)の刻まれた赤黒い実を宙に放り投げ、それを握る(こぶし)に力を込めた。


「さて……お返しだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ