八.隠れた想い①
荷車は壁に激突する直前に青い立方体に包まれて止まった。
「あ、危なかった……」
息を吐いたチニが顔を上げると、目を丸くしているアイリスと目が合った。
「あら、みんな揃ったのね」
「グロリオ。ランジアなんだが」
ラナンが扉の後ろから顔を出した。
「さっきまでここに居たんだけどよ、俺たちがここに居るせいで任務が失敗するって言って姿を消しちまった」
グロリオは黙ってそれを聞いていたが、ふと胸元から通信機を取り出すと耳にかけた。
「全隊員に向けて発信する。これでアイツにも声が聞こえるはずだ」
彼は目の前に表示された名前を睨みながら口を開いた。
『ランジア。お前が何を視てそう判断したのか、俺には分からねぇ。だが、これだけは言える。今回の任務、退くことは許されない。俺たちがやらなきゃ、評議会に実力を認めさせることはできねぇ。お前が協力しないならそれで良い。但し……俺たちの邪魔はするなよ』
「……っ!」
銀色の装置を握り締めていたランジアは続いて聞こえてきた声に我に返った。
『ランジア、まだ聞こえているか?』
「ライ……何?」
『1つ聞きたくてね。何が君をここに執着させているのか』
ランジアは思わず目を見張った。
昔から、従姉弟はまるで見えているかのように人の内面を見抜くのが得意だった。
感情を露わにしない自分の隠し事さえ、いともたやすく言い当ててしまう。
「つまり……どういうことかしら?」
ランジアは平静を装って尋ねた。
『視えた未来について聞きたい。龍はどうやって死を迎えるんだ?』
「何故、龍が死ぬと? 私、これは言ってないわよね?」
通信機の向こう側の声は少し寂しそうにだった。
『職業病かな。彼を見たら分かってしまったんだ』
そうよ、ランジアは囁くと通信機を握りしめた。
「彼は私をエスメラルダだと思っているの。ここで私が居なくなったら、彼はまた独りになってしまうわ。彼には私が必要なのよ」
しばらく声は返ってこなかった。
『違うな』
低く呟く声が聞こえた。
『ランジア。本当は君が彼を必要としているんじゃないのか?』
「……」
ランジアは何も言わずに通信を切った。
目を瞑ると瞼の裏に色鮮やかな情景が映し出された。
拡大を続ける湖。
草木が流されて土が露わになった山肌……
山を下りていく人々の顔には絶望が浮かんでいる。
誰も居なくなって荒廃した村。
そして……
空に向かって悲しげに咆える龍。
龍は夕暮れに染められた赤い大地の上で最期の声を絞り出すとゆっくりと地面に崩れた。
***
「とりあえず集合!」
グロリオの声に隊員たちは柱の裏へ回り込んだ。
「あの小さな龍が回復するまで、俺たちはコレを少しでも引きつけなきゃならねぇ」
指差された龍は相変わらず悠々と回廊を漂いながらも、こちらから目を離さなかった。
「フォセとスラウでアイツの注意を俺たちからそらしてくれ。ハイド、お前は力を貸せ。合図したら行くぞ!3、2、1、解散!」
龍は回廊を堂々と突っ走るフォセに氷の刃を浴びせた。
巻き起こった風が刃を蹴散らしていく。
「痛っ……!」
柱の裏に滑り込んだフォセは顔をしかめた。
あちこちに擦り傷ができている。
「後でライに手当てしてもらおっと♫」
そっと顔を出すと、今度は回廊を逃げ回るスラウを龍の鋭い爪が襲っていた。
「スラウ! 掴まって!」
駆け寄った瞬間、龍の鋭い歯が迫ってきた。
「いっけぇ!」
辛うじて手を繋いだ2人は勢いよく飛び上がった。
フォセは天井にぶつかる直前に向きを変え、作戦通りに印を結んで構えているグロリオたちめがけて急降下した。
大きな身体にも関わらず、龍も後ろをぴったりとついてくる。
迫り来る気迫と荒い鼻息……
スラウは唾を飲み込んだ。
「避けろぉっ!」
グロリオの声でフォセはスラウの手を握ったまま、横に飛んだ。
次の瞬間、グロリオとハイドの互いに交差した手の先から氷と炎が飛び出し、龍を囲んだ。
透き通った球体の表面を時折青と赤の閃光が線を描いて走っている。
龍は鼻づらを突きつけて球体を壊そうとしたが、赤い閃光がそれを阻んだ。
「この中では氷と炎が均衡を取っている。つまり、アイツが氷を作れば、炎の勢いも増す……これで時間稼ぎにはなるだろ」
グロリオが得意げに言うと剣を鞘に収めた。
***
抱えた膝に顔をうずめていたランジアの背後で黒い霧が渦を巻き、中から黒い覆面の男が現れた。
男はしばらくその場に立ち尽くしていたが、徐ろに彼女に向かって剣を振り下ろした。
「いきなり何?」
寸手のところで躱したランジアは後退りながら男を睨んだ。
「話が違うじゃない」
「話? はて……何のことだか」
「はなから私のことを騙していたのね……ナキュラスのことを知ってると言ったのも嘘?」
男は金属が擦れ合うような声で笑った。
「さぁてどうだか? だが、お前も我々を騙していたな? こちらには干渉しないと言っていたが……呪鎖は破壊され、幻術師は消えた。これでは我が君のお望みのものが届けられないではないか」
目を見張るランジアを横目に男は剣の刃を筋張った指でなぞった。
指の腹が切れ、白い刃を赤い血が伝っていく。
「ここで貴様を殺す」
「……っ!」
ランジアは扉へ駆け寄ると、ドアノブに手を掛けた。
だが、押しても引いても扉はびくともしなかった。
「そこは既に封鎖した。助けなど来はしない」
男は嗤うとジリジリと距離を詰めてきた。
「貴様の死体を見せれば、龍はエスメラルダが死んだと思うはずだ。力の制御できない奴など獣同然。その生命力さえ手に入れば我が君の目的は達成される」
長年想い続けてきた女性を2度も目の前で失えば、龍は更に自分の中に閉じこもるだろう。
彼女を失った時以来、彼の力はゆっくりと漏れ出ていた。
自分の死は龍の力を更に狂わせてしまう。
「死ぬ時期が早まるだけだ。何も文句はあるまい?」
「口を噤みなさい! うっ……!」
飛んできた斬撃を避けきれずに、ランジアは身体を壁に打ち付けた。
噎せながら何とか立ち上がろうとしている間にも再び剣が襲いかかる。
ランジアは床に転がりながら机の陰に隠れた。
その腕を剣が掠め、白い肌から血が流れ落ちた。
「ハァッ……ハッ……」
腕を抱え、逃げ場を探す。
どうにか不意をついて飛び出したランジアは印を結んだ。
『我に宿りし氷の力よ、汝が息吹で彼を凍らせ!』
次の瞬間、男の立っていた床が凍りついた。
その頭上でも天井が凍り、氷柱が男に向かっていった。
ガンッ――
硬い音と共に上下から伸びた氷がぶつかった。
「ハッ……ハァッ……やった……かしら?」
ランジアは目を細めた。
破れた黒いマントが引っかかっている。
安堵の息を吐いた瞬間、背後で黒い霧が渦を巻いた。
斬撃をもろに受けたランジアの身体が吹き飛ばされ、床に氷の破片が飛び散った。
男が氷を踏み散らかしてやってきた。
逃げようとしたところ、長い髪を掴まれ、ランジアは思わず声を上げた。
「これが何だか知っているな?」
男が手に握っているものを見せてきた。
「まさか?!」
愉しそうに嗤うと、彼は深い皺の刻まれた赤黒い実を宙に放り投げ、それを握る拳に力を込めた。
「さて……お返しだ」




