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天上人  作者: 鬼木 有葉
第五章 エスメラルダの湖
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六.湖の龍①

スラウは先頭を進むラナンの長い尾をぼんやり(なが)めていた。

長らく人がこの地に踏み込んでいないためか、草は伸び放題で、かつてあっただろう道は跡形(あとかた)も残っていない。

グロリオたちのいる湖へ戻る為には、ラナンの()()まされた感覚が不可欠だった。


「これを見てくれ」


彼は器用に後ろ足で立ち上がると隊員たちを振り返った。

すぐ前の草の根が大きく折れている。

アイリスもその横にしゃがみこんでそれをじっと見つめた。


「比較的新しいわね……村の人も足を踏み入れないこんな奥地に一体(だれ)が来るのかしら?」


「……3人組ってところか」


ラナンが地面に鼻を近づけて(つぶや)いた。

その時、ハイドが胸元から小さく折り畳まれた紙を取り出した。

これを通じて事物(じぶつ)が記憶している過去を映像として再現することができる。

前に(だれ)かがそう話しているのを聞いたことがある。

辺りが緑色の光に包まれた。


「見て! あっちの方、光が強いわ!」


アキレアの声に隊員たちはそれを目指して走り出した。


「わっ!」


前を走っていアキレアが突然足を止め、スラウはその背中に勢いよくぶつかった。

彼女は目を見開いたまま湖を見つめていた。

湖が緑色に(かがや)いている。


「柱?」


目を細めるスラウの肩にラナンが飛び乗った。


「いや違う……龍だ!」


光で再現された龍が首をもたげてこちらを凝視(ぎょうし)した。

その鋭い眼光にアキレアは思わず(となり)に立っていたアイリスの(すそ)を握りしめた。


「後ろを見て……」


アイリスが(ささや)いた時、茂みの奥から光に縁どられた3人が現れた。


「何で?!」


スラウは思わず目を()いた。

1人は見覚えのある仮面をつけていた。


「ゾルダーク……!」


彼らはスラウたちの横をすり抜けて岸辺に立った。

しかし、その間にも光が(かす)み始めて次第に色を失っていき、彼らの姿はすっかり見えなくなった。


「ここまでか……」


ラナンは呟くとスラウの肩からひょいと飛び下りた。


「それじゃあ、龍は本当にここにいるのね。それにゾルダーク……湖の拡大の原因は、私たちが考えていたものよりも(はる)かに複雑なのかもしれないわ」


()(いき)()くアキレアの言葉にスラウは静かな湖面を(にら)んだ。

湖は何故拡大し続けているのか。

ゾルダークは一体何をしに来たのか。

ランジアは何故いなくなってしまったのか……


調べれば調べるほど謎は深まるばかりだ。


「グロリオたちと合流するまでにもっと色々なところを探して情報を集めましょ」


アキレアの言う通りだ。

考えたって分からないものは分からない。

突然、ラナンが(しげ)みの向こうへ()けていった。


「みんな! 来てくれ!」


(あわ)てて後を追うと、彼は少し進んだところで自分たちを待っていた。


「これを見てほしいんだ。湖に向かう向きの足跡は3つだが」


「ここから遠ざかる向きの足跡は1種類だけだわ!」


アイリスの言葉に隊員たちは顔を見合わせた。


「この靴底(くつぞこ)紋様(もんよう)、光の天上人(てんじょうびと)のものよ。ゾルダークしかいないわね……だとすれば、他の2人はどこに行ったのかしら?」


アキレアは足跡を見つめたまま首を振った。


「分からないわ。でも、最もあり得るのは……」


「2人が湖にいるってことでしょ?」


スラウが言葉を()いだ。


「早く合流しないと大変なことになるかもしれない」


***


あと少しで任務を終わらせられると思ったが、どうやらそれは(かな)わないらしい。

ライオネルは今しがたアキレアから送られた映像を分析しながら、壁から生やした枝にぶら下がった。

軽やかな身のこなしで枝から枝へ飛び移りながら下を目指す。

その時、水の柱の中から(くさり)が飛び出してきた。

ライオネルは蛇のようにうねる(それ)(かわ)して大元を目指した。

呪鎖(じゅさ)(かく)さえ破壊すれば、少なくとも亡霊(ぼうれい)の問題は片付けられる。

(くさり)は黒い瘴気(しょうき)(まと)った球体から伸びてきていた。


枝に手を掛けたまま周囲を見渡す。

これより下へ行くには……

伸びてきた(くさり)咄嗟(とっさ)に飛び移る。

これを使った方が早い。

彼は器用に長い手足を動かして、その下に飛び移った。


「ふぅ……これ以上は近づけないか」


弓矢を召喚し、(かく)に焦点を定めた瞬間、視界に(とら)えた()()に思わず手が止まった。


「……っ!」


注意の()れた瞬間、四方から伸びてきた(くさり)が彼を捕えた。


***


「てぇいっ!」


フォセが大きく腕を回し、風の(うず)豪快(ごうかい)(くさり)()り刻んだ。

チニは周りを見回した。

亡霊(ぼうれい)も、もう数えるほどにしかいない。

彼の呼び出した巨人が大樹のような腕を振り下ろした。

その瞬間、床が大きく揺れ、チニは大きくひっくり返った。


「チニ、勢いつけすぎ」


フォセはやれやれと首を振ると、彼を助け起こした。


「いたた……でも、今のは僕のせいじゃないよ」


「え? じゃあ、一体……」


フォセが首を(かし)げた瞬間、床を突き破って何かが飛び出してきた。

壁や天井が(くず)れ、土煙が立ち上る。

()き込んでいた2人は目を(こす)った。


「何これ?!」


視界が晴れると、水の噴き出していた穴から無数の(くさり)が顔を出し、(むち)のように床を(たた)いているのが見えた。


「フォセ、あそこ!」


チニの指差す先を見ると、絡み合った(くさり)が壁に何度も打ち付けられていた。


「……っ!」


フォセは大きく目を見開いた。

一瞬、ライオネルの矢筒(やづつ)が見えた気がしたのだ。


「ライ!」


フォセがそこに向かって走り出した。

その時、彼女の頭上で(くさり)(かたまり)が獲物を狙う蛇のように大きく頭をもたげた。


「鳥さん、おいで! フォセを守るんだ!」


チニの声と共に紙片(しへん)が勢いよく飛び出した。

紙は宙で鳥へと姿を変えると、低く旋回(せんかい)してフォセの首根っこを(くわ)えて舞い上がった。


「ライ!」


だが、フォセは鳥を振り払うと、壁に打ち付けられている(くさり)に向かって走り出した。


「邪魔しないで!」


迫ってくる(くさり)に風の(うず)を放つ。

粉々に砕ける(それ)蹴散(けち)らし、フォセは矢筒(やづつ)にしがみついた。

その瞬間、彼女を無数の(くさり)(おそ)った。


「フォセェッ!」


チニが叫んだ瞬間、土煙の中から人影が飛び出してきた。

ライオネルが間一髪のところでフォセを抱えて、チニのところへ滑り込んできた。


「すまない。(かく)は確認出来たが、上に押し戻されてしまったんだ」


「どうしたの?」


チニが(たず)ねると、ライオネルは答えにくそうに視線を彷徨(さまよ)わせた。


「……龍を見た」


「まさか、アキレアが送ってきたあの……?」


フォセに首を振ると、ライオネルは地面に落ちていた(くさり)残骸(ざんがい)の中から矢筒(やづつ)を引っ張り出した。


「いや、もっと小さかった。(うろこ)は赤く、(くさり)(しば)られていて傷だらけだった」


「じゃあ、この湖には龍が2匹いるってことだよね? 一体、どういうことなんだろ?」


「分からない……だが、もう1度下に行ってみるつもりだ。医者として、傷ついたものを放っておくわけにもいかないしな」


「僕らも行くよ。何か手伝えることがあるかもしれないし」


「そうか。ありがとう」


ライオネルは微笑(ほほえ)むと2人を連れて穴に飛び込んだ。

その姿を視界の(はし)(とら)え、グロリオは剣を構え直した。


「目的は何だ?」


覆面(ふくめん)の相手は相変(あいか)わらず何も言わない。

ビュッ――

風を切る音と共に剣が首を狙ってきた。


炎蛇(えんじゃ)!』


相手の攻撃を()け、グロリオは炎の蛇を放った。

しかし、炎は突然現れた黒い(もや)に触れた途端(とたん)に消されてしまった。

再び(もや)が晴れた時には、覆面(ふくめん)の者は姿を消していた。


「また姿を消しやがって」


さっきからこの繰り返しだ。

こちらが攻撃すればすぐに消えてしまうのに、(すき)をついて死角から(おそ)ってくる。

グロリオは(ひたい)を流れる滝のような汗を(ぬぐ)った。


「そろそろやべぇな……」


(つぶや)いた瞬間、(わず)かに空気が動いた。


「そこか!」


素早(すばや)く剣を突き出すと、布を()く手ごたえを感じた。


「ゾルダークの手下がこんな所で何してんだ?」


「我が君の名を気安く呼ぶな」


くぐもった声と共に(きり)が1つの人影を形作り始めた。

()かれたフードから長い栗色の髪が(のぞ)いている。

ほっそりとした顔を黒い布が覆い、唯一鋭い眼光(がんこう)をたたえた緑色の瞳だけが露わになっていた。


「まじかよ……」


苦笑いを浮かべるグロリオに女は容赦(ようしゃ)なく踊りかかってきた。


「ちっ……!」


グロリオは小さく舌打ちをすると、大きく後ろに飛び退()いた。


「防げなかったか……」


よろめいて(ひざ)をついたグロリオを目掛けて女が突っ込んできた。

えんじ色のローブが大きく(ひるがえ)り、床に赤い飛沫(ひまつ)が散った。

剣を抜こうとした女は思わず目を見張った。

グロリオが素手(すで)で彼女の剣を(つか)んでいた。


「つーかまーえたっ……」


グロリオはそう言って悪戯(いたずら)っぽく笑うと、女の手首を(つか)んで後ろに回し、押し倒した。


「安心しろ。お前が動かない限り、火は当たらねぇから」


炎に(しば)られた女は恨みのこもった目をグロリオに向けた。


「私が女だからといって手加減しているのか?! 私は我が君にお仕えして以来、この命はあの方に(ささ)げている! 貴様に慈悲(じひ)をかけられるつもりはない!」


「まぁまぁ、そう(さわ)ぐなって。落ち着けよ」


グロリオは白い歯を見せて笑った。


慈悲(じひ)とかそう言うんじゃねぇよ。ちょっとお前に聞きたいことがあるんだ」


女はフンと鼻を鳴らした。


「貴様に言うことなど何1つ無い」


グロリオは参ったな、と頭を()いた。


呪鎖(じゅさ)亡霊(ぼうれい)を操って俺たちを(おそ)ってたの、お前だろ? 何でそんなことした? そもそもゾルダークは何でここに来たんだ?」


「だから貴様、我が君の名前を気安く呼ぶな! 次にその名を口にすればその(のど)()っ切ってやる!」


分かったよ、とグロリオはひらひらと手を振った。


「それで()()()()()は……」


「貴様ぁぁっ!」


女はそう(さけ)ぶと自分の周りを(ただよ)う炎を物ともせずにグロリオに飛びかかり、床に押し倒した。

女の短剣がグロリオの喉仏(のどぼとけ)に突きつけられた。


「ふふふ……それほど知りたいのなら、冥土(めいど)土産(みやげ)に教えてやろう。湖の拡大なぞ、我らに関係ないわ! 龍はただ、我らにエネルギーを供給するだけの(こま)……っ!」


言っている途中で女の身体が吹き飛ばされた。


「紳士たるもの、女性に手を上げてはならないからな」


いつのまにか追いついていたグロリオが空中で彼女を抱き留めた。


「離せ……っ!」


もがく女をよそにグロリオはひとり(うなず)いた。


「今のは決して不覚を取られて、逃げ場がなくなったからって()っとばしたわけじゃないぞ、うん。これはアレだ。その、新しい作法だ。こう、ちょっと宙に浮いてもらってそれをキャッチして着地するっていう……」


グロリオ相変わらず自分に殺意を向けてくる彼女を抱いたまま、ゆっくりと地面に降り立った。


「それじゃ、詳しい話を聞かせていただけますか、()()()?」


悪戯(いたずら)っぽく笑うグロリオに女はニタリと笑った。


「私を(あなど)るなよ……」


その瞬間、女の姿は黒い(もや)の中に消えた。


『次に会った時、貴様は私をここで()たなかったことを後悔するだろう……』


「あ、おい! 待て!」


(さけ)んだグロリオは激痛に耐えきれずに床にへたり込んだ。

刺された腹部から鮮血(せんけつ)(したた)っている。


「へへ……まぁたライの試薬の餌食(えじき)だ、こりゃ……」


力ない笑い声が漏れた。

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