五.湖に沈んだ村②
静かな湖底の村を歩いていたスラウはふと足を止めた。
『酷いわね……』
隣に並んだアキレアが呟いた。
立ち並ぶ家の中に1箇所だけ真っ黒に焼け落ちたテントがあった。
炎の舐めた痕が生々しく残るそれからスラウは思わず目を背けた。
ハイドが興味を失ったように踵を返した。
焼け落ちたテントを後にした5人はしばらく黙って家々の間を縫って歩き続けた。
不意にラナンが叫んだ。
『しまった! 気がつかなかった!』
緑色にぼんやりと光る亡霊が次々と現れ、家の間を埋め尽くすように浮かんでいた。
『大丈夫! 私に考えがある!』
スラウが1歩前に踏み出し、手を目の前に突き出した。
ヴォン――
白い光と共に剣が現れた。
スラウは剣を大きく振りかぶった。
『馬鹿っ! 止めろ!』
その意図を察したラナンが制した時にはもう遅かった。
剣から眩い金色の光が広がり、一気に湖全体に広がった。
『浄化!』
スラウの声と共に亡霊を包んでいた光が弾けた。
『……っ!』
ラナンは思わず目を見張った。
朽ちた服を身に纏い、空を見つめていた亡霊が次々に生前の姿に戻っていく。
彼らは手を広げ、不思議そうに自分の身に起こった変化を見ていた。
彼らの顔にふと笑顔が浮かんだ。
すると、亡霊の足首に繋がっていた黒い枷がゆっくりと外れた。
囚人を失った鎖は湖底にぶつかると、砂のように崩れて消えていった。
一方、亡霊たちは水面へ上がっていきながら細かい金色の泡になって消えていった。
『うっ……』
ロアメンの効果が切れたらしく、スラウが喉を押さえた。
気を失ったスラウが水底に倒れ込む寸前にラナンが受け止めた。
『……ったく……力使いすぎだっつーの』
『上がれ』
ハイドが砂時計を取り出した。
残りの砂はもう僅かだった。
ラナンはスラウを背負って砂を蹴り、上へ向かった。
水面が見えてきた頃、アイリスがアキレアの服を引っ張った。
『アキレア……私、くる……し……』
『アイリス!』
振り返ったアキレアは水底に沈んでいくアイリスに手を伸ばしたが、掴み損ねてしまった。
『うぐっ……』
ロアメンの効果が切れ、水が口や鼻から流れ込んでくる。
もがくアキレアの身体がふわりと押し上げられた。
『行け』
通り過ぎる長身の影に頷くと、アキレアは上を目指した。
水面から顔を出すとスラウとラナンがちょうど岸に上がったところだった。
地面に倒れ込んだスラウはまだ噎せていた。
「ゲホッ……ゴホゴホッ……あー、死ぬかと思ったー……」
ラナンがすかさず彼女の頭を叩いた。
「全く……よく考えてから行動しろ!」
スラウは反省する素振りもなく、ごめんごめんと手を振った。
「……亡霊のこと、グロリオに報告した方が良いよね?」
「そうね。これまでに私たちが得た情報も一緒に伝えましょ」
そう言うとアキレアは岸に上がってきたハイドを見上げた。
「アイリスは大丈夫?」
彼がくいと顎でしゃくった先を見るとアイリスは木の根元にしゃがみ込んで小さく咳き込んでいた。
『こちらグロリオ』
「こちらスラウ。亡霊に関する報告があるんだ」
『おっ! 何だ?』
「なんかね、足首に鎖がついていたの。もしかしたらそれを断つことであの人たちを成仏させてあげられるかもしれない」
「呪鎖だ」
ハイドが割って入った。
『なるほど……個々の亡霊の攻撃の対処は鎖を断ち切れば良いが、それだけじゃ不十分だな』
ライオネルの声も聞こえる。
『呪鎖は1本の樹みたいなものなんだ。核を見つけて破壊しないと根本的な解決にはならないだろう。核が破壊されれば、亡霊は無力化できる。そうだよな、グロリオ?』
『おう……お、俺だって、そ、それくらいは知ってたぞ……そ、そこは隊長として当然というか……』
『そうか。お前はこの手のことを覚えるのは不得手だと思っていたが』
『あー! あーっ! もう良いって、ライ! じゃぁ、これで……』
「あ、待って! あのね、私たち、湖に沈んだ村を見つけたんだよ! グロリオたちが今いる湖よりも下流にあって、小さいけれど、さっきまで人が居たみたいに家もあって、多分、契約した人たちの昔の……」
『スラウ』
グロリオの口調にスラウは思わず口を噤んだ。
『俺が聞きたいことはそういうことじゃねぇ。ここへ来たのは湖の拡大を止める為だ。過去の村がどうとか、別に俺たちには関係ないだろ? どうやら湖の拡大は龍じゃなく、呪鎖のせいだったみたいだしな。後はこっちでやっておくよ。俺たちの居る場所を教えるから来てくれ』
グロリオは一方的にそう言うと通信を切った。
「……」
黙って通信機を見つめるスラウの肩にアキレアがそっと手を乗せた。
「行きましょ、ね?」
***
グロリオはしばらく通信機を見つめて物思いに耽っていたが、ふと我に返るとそれをしまい込んだ。
「呪鎖の話、フォセたちにも伝えた方が良いんじゃないか?」
「あぁ……」
ライオネルに曖昧に返した時、再び足元が大きく揺れた。
次の瞬間、床が割れて大きな水柱が噴き上がった。
グロリオは降りかかる水飛沫に思わず顔を腕で覆った。
「幸運だな……わざわざ呪鎖の方から出向いてくるとは」
後ろに飛び退いていたライオネルが呟いた。
グロリオは炎を纏った剣を召喚した。
「ライ、ここは任せた」
「了解」
ライオネルが矢をつがえるのを横目にグロリオは大きく飛び上がった。
剣から噴き出した炎が、無数の手が蠢く水の柱を斬り倒した。
チニの張る防壁に重なるように、フォセの起こした風が吹き荒れていた。
2人に迫っていた亡霊たちはあえなく吹き飛ばされていった。
「これ、いつまで続くのかな……」
不安気なチニにフォセはプクッと桃色の頬を膨らませた。
「だって、これしか方法が無いんでしょ?」
その時、床から迸っていた水の柱が火を吹いて崩れ、中から炎を纏ったグロリオが飛び出してきた。
「グロリオ!」
彼は白い歯を見せて笑っていたが、不意にこちらに指を突き出して何やら叫んだ。
2人は揃って首を傾げた。
「ねぇ、フォセ。グロリオが何か言ってる」
「何て言ってんの? 風でよく聞こえな……」
「あ! そうだ、風だ! 風だよ、フォセ!」
「どういうこと?」
聞き返したフォセはグロリオが暴風に煽られて飛ばされるのを見て声を上げた。
「グロリオ!」
2人は慌てて術を解いて、グロリオを助け起こした。
呪鎖の話を聞くとすぐにフォセは印を結んだ。
『風斧!』
風の渦が亡手当たり次第に亡霊の足元を斬っていく。
枷の外れた亡霊は地面に崩れて砂のように消えていった。
「俺は核を破壊してくる。ここは任せたぞ!」
小さくなっていくグロリオの後ろ姿を見送ったチニは胸元から取り出した紙を折り、人の形を作った。
「巨人さん、手伝って」
そう唱えると、人型の紙がみるみるうちに大きくなった。
巨人はズンズンと大きな足を前に運びながら腕を振り回し、亡霊に繋がる鎖を引きちぎっていった。
ライオネルは少し息を吐くと弓を構え直した。
あと少しで全ての霊魂を解放できるだろう。
「何だ?」
ライオネルはふと眉をひそめた。
一瞬、何か別の気配を感じた。
矢をつがえ直そうとして背後の空気が僅かに動くのを感じ、反射的に短剣で構えた。
鈍い音と共に短剣が何かにぶつかったのが分かった。
ライオネルは飛び退くと、鼻をつく甘い香りに眉をひそめた。
この匂い、幻術師か……
相手の姿は見えなくとも殺気は伝わってくる。
「ライ!」
声を聞いてライオネルは横に飛び退いた。
炎がさっきまで彼のいた所を包みこんだ。
だが、炎はすぐに勢いが衰え、煙の中から1つの影が現れた。
「何者だ?」
グロリオが剣を構えた。
黒マントに身を包み、フードを目深に被ったその人物は無言でぎらつく剣を振りかざした。
「ライ、核を破壊してきてくれ! それで任務は完了だ!」
ライオネルは頷くと、呪鎖を辿って走った。
ふと背後で亡霊がユラリと立ち上がった。
振り向きざまに矢を放つと、彼は穴へ飛び込んでいった。




