四. 手がかり②
「つまんなーい」
先頭をふわふわと浮いて進むフォセは頬を膨らませた。
「本当にこっちに行けば出口があるの? 何にも見えないんだけど」
「おぅ、任せとけ。俺の勘がそう言っている」
「グロリオの勘はアテになんないもん」
「みんな大丈夫かな……」
チニは小さく呟くと、薄暗い通路を振り返った。
自分たちはフォセの風に運ばれて近くの通路へ逃げ込むことが出来た。
「……連絡しなくて良いの?」
恐る恐る尋ねてみるも、前を行くグロリオからは返事がなかった。
溜め息を漏らしたチニは辺りを見回した。
前方は松明の火が照らしてくれるが、後ろは自分たちの影が濃く伸びているだけだった。
何となく振り返ったライオネルは顔を強張らせた。
「みんな、一旦止まってくれ」
彼は3人に手で合図を送ると地面に耳を近づけた。
「やはりな……」
「何かあるのか?」
「水が湧き上がる音がする」
その瞬間、彼らの足元に亀裂が走り、水が染み出してきた。
「また亡霊か! 急ぐぞ!」
そう言って走り出したグロリオの背中をチニは慌てて追いかけた。
***
アキレアはどうにか足を持ち上げると大きく息を吐いた。
「どれだけ長いのよ、この階段……」
「これが地上に続いていると思えば楽かもしれないわ」
アイリスの言葉にアキレアは目の前の階段を睨んだ。
螺旋に続いているためが、さっきから同じところをぐるぐる回っているような気がしてならない。
「困ったことになったぞ」
先に行っていたラナンが階段を駆け戻ってきた。
「どうしたの?」
「この先、行き止まりかもしれない」
「つまり、もう地上に出たってこと?」
首を傾げるスラウにアイリスがやんわりと訂正した。
「違うわよ、スラウ。もう階段が無いってこと。建物が水面に出る前に終わっているってことでしょ?」
アイリスの言葉にラナンは困ったように頷いた。
「とにかく見てくれ」
息を整えたスラウは一気に階段を駆け上がった。
やはり階段は大きな壁に行く手を遮られていた。
アキレアはへなへなと座り込んだ。
「仕方ないわね。近くの階から出口を探しましょ……ん?」
アキレアは鼻をひくつかせた。
「ヤダ、何この臭い……」
ラナンも腐った魚のような臭いに思わず顔をしかめた。
「また亡霊か……」
突然、ハイドが剣を壁に突き立てた。
「え?! おい! 何してんだよ?!」
「道を作る」
「は?!」
「なるほど!」
アキレアとラナンがあんぐりと口を開ける横で、スラウがポンと手を打った。
「下に戻れないなら壁を壊して湖に出れば良いもんね!」
「ちょっと?!」
アキレアが慌てて口を挟んだ。
「外には亡霊や魚が居るのよ?! 襲われたらどうするの?!」
「その点は心配ないわ」
アイリスが口を開いた。
「亡霊は光に弱いのよね? 時間帯的に今は昼……水面の方へ行ってしまえば、彼らが追ってくることはないわ。魚については私に策があるわ」
アキレアは思わず目を見開いた。
アイリスは動物を操ることができる。
効果に持続性は無いが、ほんの一瞬でも魚の注意を外らすことができれば申し分ない。
その間に壁を指で探っていたスラウが1箇所を指差した。
「ここ! 他の石の傾き具合から見てもここが1番壊しやすいはず」
ハイドは手を振ってスラウを下がらせると腕を広げた。
彼の手に先の鋭く尖った氷の槍が握られている。
ハイドはスラウの指した所に槍を突き立てた。
ビキ――
槍が刺さった部分からヒビが広がって行った。
「あ、そうだ! 忘れてたわ! ハイド、あれ持ってる?」
アキレアに尋ねられたハイドは胸ポケットを弄ると何かを取り出し、彼女の日焼けした手に乗せた。
「それは?」
スラウは首を傾げた。
アキレアの手のひらにガラス玉のようなものが乗っている。
「ロアメンよ。これを舐めている間は水の中で普通に息が出来るの」
「へえ……便利だな」
ラナンがまじまじと球を見つめた。
「地上界で言う飴玉だと思えば良いわ」
アイリスの言葉にスラウは思わず声を上げそうになった。
ずっと昔、行商人の息子のフィリップに旅先で知り合った人から貰ったという「飴」を分けてもらったことがある。
赤や黄色の色とりどりの丸いものや四角いものに一目で心を奪われた。
口に入れると甘い味が口の中いっぱいに広がり、それはあっと言う間に小さくなって消えてしまった。
それが気に入ったスラウは彼が帰ってくる度にねだったのだが、再び手に入れることはできなかった。
スラウは唾を飲み込むとじっとロアメンを見つめた。
「食べて良い?」
アイリスがちょっと待ってね、と微笑んだ。
「注意があるの。これを使っている時には能力を極力使わないこと。ロアメンの効果が速く切れやすくなっちゃうわ」
「早く行け」
ハイドはそう言うと壁を一気に破壊した。
次の瞬間、壁に大きく開いた穴から水が噴き出してきた。
躊躇うように手の平でロアメンを転がしている自分をよそに隊員たちは一気に壁の向こうへ飛び込んで行った。
スラウは念の為、息をいっぱい吸い込んでからそれを口に放り込んだ。
口の中にほろ苦い味が広がった瞬間、彼女は水の中へ放り出された。
***
パラパラと小石が落ちてきた。
回廊を進んでいた龍は動きを止め、赤い瞳を上に向けた。
『過ちは繰り返さぬ、もう2度と……』
白い歯を剥き出した銀色の龍は再び前を向くとゆっくりと暗闇に姿を消した。
***
「ハァッハァッ……」
チニは立ち止まると大きく息を吸った。
肺が焼けるようだ。
額を伝う汗を拭う。
「どうだ? 上手く巻けたか?」
グロリオが尋ねると、フォセはダメみたい、と首を振った。
「グロリオ、これからどうするつもりだ?」
ライオネルに尋ねられ、グロリオは顎に手をやった。
「そうだな……今はとにかく地上に出る。そんで湖を調べて……いや、待てよ。それじゃ時間がかかりすぎる。いっそエスメラルダに会えれば良いんだがな。龍になってんだろ? あ、ここを探せば居るんじゃねぇか?」
「亡霊を捕まえて話を聞いてみたらどうかな?」
「チニ、どういうことだ?」
「何となく思ったんだ。村の女の子の話が本当だとすれば、彼らはここで亡くなった人たち……霊魂が成仏できなくて死んでしまった場所に留まってしまうのはよくあることではあるけれど、これほど執拗に僕らを追うようなことはしないと思う。統率されたあの動きは絶対自分の意思じゃないよ」
「誰かに操られているってことか?」
「うん」
チニが頷いた瞬間、足元がこれまで以上に揺れて、床からだけでなく、壁からも水が噴き出してきた。
***
「――――!」
必死に水中をもがいていたスラウはぐいと腕を引かれた。
『スラウ! 息を吸え!』
頭に直接響いてくるラナンの声に思わず目を開ける。
『あれ……?』
息が苦しくない。
地上にいる時と同じだ。
口をパクパク動かしてみた。
どうやら水は入ってこないようだ。
ハイドが退けと小さく手を振ってきた。
彼の手の周りで水が凍りつき、壁に空いていた穴を塞いだ。
『見て!』
アイリスの声に氷の壁を見ると、その向こう側に錆びた剣や槍を振りかざした亡霊がひしめき合っているのが見えた。
『あと少し遅かったら、って考えると背筋が凍るわね……』
アキレアがぶるぶると頭を振った。
きらきらと光る水面は遥か上に見える。
『ロアメンの効力があるうちに地上へ行くぞ!』
ラナンに急き立てられ、スラウは水を蹴った。
亡霊は次第に小さくなっていく隊員たちの後ろ姿を静かに見つめたまま手を伸ばした。
ピシ――
緑色の手の押しつけられた氷の壁に無数のヒビが入った。
『見て! もうすぐだよ!』
スラウが手を伸ばした。
きらめく水面はもう目前に迫っていた。
『早く上がりましょ!』
アキレアは大きく水を蹴ると、一気に上昇した。
『待て、アキレア! 水流が変だ!』
ラナンが叫ぶのと、彼女たちが水流に巻き込まれるのは同時だった。
『きゃぁぁぁっ!』
『アキレア! スラウ!』
叫ぶアイリスの横でハイドはじっと渦を見つめていたが、突然意を決したようにそこに飛び込んでいった。
『行きましょ!』
そう言って続いたアイリスをラナンは慌てて追いかけた。
飛び込んで初めて何が起こっているのか、理解できた。
どうやら湖の外へ出る川に迷い込んだらしい。
流れに身を任せていたラナンは水泡の向こうに見えてきた光景に目を見張った。
『何てこと……!』
先に到着していたアキレアがありえない、と首を振った。
彼らが辿り着いた下流の湖の底には村が広がっていた。
水底に沈んでいるのに、家や垣根などがそのまま残っていて、まるでさっきまで人が住んでいたようにすら思える。
5人は沈黙の支配する村に足を踏み入れた。
『これが……エスメラルダの住んでいた村ってこと?』
そう呟いて見回すアキレアの足元で土がゆっくりと舞い上がった。
家の傍らには木の台車が置かれ、酒場の前には樽が山積みにされていた。
畑には作物が植わったままで、水の流れが風のように草木を揺らしていた。
アイリスが近くの台車の傍に屈み込んだ。
『家の形だけじゃなく、他のものまでそのまま残っているなんて不思議ね……』
『ああ。ただ水が流れ込んだだけじゃ、こうはならないぞ』
ラナンも頷いてドアの上に掛かる呼び鈴に触れた。
湖の拡大と1人の少女に起きた悲劇。
スラウは顎に手を当てて考え込んだ。
エスメラルダは村の人々から慕われていたという。
そんな彼女が龍になって人々を襲うのだろうか?
いや、やめよう。
スラウは大きく頭を振った。
憶測だけでは何も進まない。
今は何か手がかりとなるものを探さなくては。




