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天上人  作者: 鬼木 有葉
第五章 エスメラルダの湖
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四. 手がかり②

「つまんなーい」


先頭をふわふわと浮いて進むフォセは(ほほ)(ふく)らませた。


「本当にこっちに行けば出口があるの? 何にも見えないんだけど」


「おぅ、任せとけ。俺の(かん)がそう言っている」


「グロリオの(かん)はアテになんないもん」


「みんな大丈夫かな……」


チニは小さく(つぶや)くと、薄暗い通路を振り返った。

自分たちはフォセの風に運ばれて近くの通路へ()げ込むことが出来た。


「……連絡しなくて良いの?」


恐る恐る(たず)ねてみるも、前を行くグロリオからは返事がなかった。

()(いき)()らしたチニは辺りを見回した。

前方は松明(たいまつ)の火が照らしてくれるが、後ろは自分たちの影が濃く伸びているだけだった。

何となく振り返ったライオネルは顔を強張(こわば)らせた。


「みんな、一旦止まってくれ」


彼は3人に手で合図を送ると地面に耳を近づけた。


「やはりな……」


「何かあるのか?」


「水が()き上がる音がする」


その瞬間、彼らの足元に亀裂が走り、水が染み出してきた。


「また亡霊(コイツら)か! 急ぐぞ!」


そう言って走り出したグロリオの背中をチニは(あわ)てて追いかけた。


***


アキレアはどうにか足を持ち上げると大きく息を()いた。


「どれだけ長いのよ、この階段……」


「これが地上に続いていると思えば楽かもしれないわ」


アイリスの言葉にアキレアは目の前の階段を(にら)んだ。

螺旋(らせん)に続いているためが、さっきから同じところをぐるぐる回っているような気がしてならない。


「困ったことになったぞ」


先に行っていたラナンが階段を()(もど)ってきた。


「どうしたの?」


「この先、行き止まりかもしれない」


「つまり、もう地上に出たってこと?」


首を(かし)げるスラウにアイリスがやんわりと訂正(ていせい)した。


「違うわよ、スラウ。もう階段が無いってこと。建物が水面(すいめん)に出る前に終わっているってことでしょ?」


アイリスの言葉にラナンは困ったように(うなず)いた。


「とにかく見てくれ」


息を整えたスラウは一気に階段を駆け上がった。

やはり階段は大きな壁に行く手を(さえぎ)られていた。

アキレアはへなへなと座り込んだ。


「仕方ないわね。近くの階から出口を探しましょ……ん?」


アキレアは鼻をひくつかせた。


「ヤダ、何この(にお)い……」


ラナンも(くさ)った魚のような(にお)いに思わず顔をしかめた。


「また亡霊(ぼうれい)か……」


突然、ハイドが剣を壁に突き立てた。


「え?! おい! 何してんだよ?!」


「道を作る」


「は?!」


「なるほど!」


アキレアとラナンがあんぐりと口を開ける横で、スラウがポンと手を打った。


「下に(もど)れないなら壁を壊して湖に出れば良いもんね!」


「ちょっと?!」


アキレアが(あわ)てて口を(はさ)んだ。


「外には亡霊(ぼうれい)や魚が居るのよ?! (おそ)われたらどうするの?!」


「その点は心配ないわ」


アイリスが口を開いた。


亡霊(ぼうれい)は光に弱いのよね? 時間帯的に今は昼……水面(すいめん)の方へ行ってしまえば、彼らが追ってくることはないわ。魚については私に策があるわ」


アキレアは思わず目を見開いた。

アイリスは動物を操ることができる。

効果に持続性(じぞくせい)は無いが、ほんの一瞬でも魚の注意を外らすことができれば申し分ない。

その間に壁を指で(さぐ)っていたスラウが1箇所を指差した。


「ここ! 他の石の(かたむ)き具合から見てもここが1番壊しやすいはず」


ハイドは手を振ってスラウを下がらせると腕を広げた。

彼の手に先の(するど)(とが)った氷の(やり)(にぎ)られている。

ハイドはスラウの指した所に(やり)を突き立てた。

ビキ――

(やり)が刺さった部分からヒビが広がって行った。


「あ、そうだ! 忘れてたわ! ハイド、あれ持ってる?」


アキレアに(たず)ねられたハイドは胸ポケットを(まさぐ)ると何かを取り出し、彼女の日焼けした手に乗せた。


「それは?」


スラウは首を(かし)げた。

アキレアの手のひらにガラス玉のようなものが乗っている。


()()()()よ。これを()めている間は水の中で普通に息が出来るの」


「へえ……便利だな」


ラナンがまじまじと球を見つめた。


地上界(ちじょうかい)で言う飴玉(あめだま)だと思えば良いわ」


アイリスの言葉にスラウは思わず声を上げそうになった。

ずっと昔、行商人の息子のフィリップに旅先で知り合った人から(もら)ったという「(あめ)」を分けてもらったことがある。

赤や黄色の色とりどりの丸いものや四角いものに一目で心を(うば)われた。

口に入れると甘い味が口の中いっぱいに広がり、それはあっと言う間に小さくなって消えてしまった。

それが気に入ったスラウは彼が帰ってくる(たび)にねだったのだが、再び手に入れることはできなかった。

スラウは(つば)を飲み込むとじっとロアメンを見つめた。


「食べて良い?」


アイリスがちょっと待ってね、と微笑(ほほえ)んだ。


「注意があるの。これを使っている時には能力を極力使わないこと。ロアメンの効果が速く切れやすくなっちゃうわ」


「早く行け」


ハイドはそう言うと壁を一気に破壊した。

次の瞬間、壁に大きく開いた穴から水が噴き出してきた。

躊躇(ためら)うように手の平でロアメンを転がしている自分をよそに隊員たちは一気に壁の向こうへ飛び込んで行った。

スラウは念の為、息をいっぱい吸い込んでからそれを口に放り込んだ。

口の中にほろ苦い味が広がった瞬間、彼女は水の中へ放り出された。


***


パラパラと小石が落ちてきた。

回廊(かいろう)を進んでいた龍は動きを止め、赤い瞳を上に向けた。


(あやま)ちは繰り返さぬ、もう2度と……』


白い歯を()き出した銀色の龍は再び前を向くとゆっくりと暗闇に姿を消した。


***


「ハァッハァッ……」


チニは立ち止まると大きく息を吸った。

肺が焼けるようだ。

(ひたい)(つた)う汗を(ぬぐ)う。


「どうだ? 上手く巻けたか?」


グロリオが(たず)ねると、フォセはダメみたい、と首を振った。


「グロリオ、これからどうするつもりだ?」


ライオネルに(たず)ねられ、グロリオは(あご)に手をやった。


「そうだな……今はとにかく地上に出る。そんで湖を調べて……いや、待てよ。それじゃ時間がかかりすぎる。いっそエスメラルダに会えれば良いんだがな。龍になってんだろ? あ、ここを探せば居るんじゃねぇか?」


亡霊(ぼうれい)を捕まえて話を聞いてみたらどうかな?」


「チニ、どういうことだ?」


「何となく思ったんだ。村の女の子の話が本当だとすれば、彼らはここで亡くなった人たち……霊魂(れいこん)成仏(じょうぶつ)できなくて死んでしまった場所に留まってしまうのはよくあることではあるけれど、これほど執拗(しつよう)に僕らを追うようなことはしないと思う。統率されたあの動きは絶対自分の意思じゃないよ」


(だれ)かに(あやつ)られているってことか?」


「うん」


チニが(うなず)いた瞬間、足元がこれまで以上に揺れて、床からだけでなく、壁からも水が噴き出してきた。


***


「――――!」


必死に水中をもがいていたスラウはぐいと腕を引かれた。


『スラウ! 息を吸え!』


頭に直接響いてくるラナンの声に思わず目を開ける。


『あれ……?』


息が苦しくない。

地上にいる時と同じだ。

口をパクパク動かしてみた。

どうやら水は入ってこないようだ。


ハイドが退()けと小さく手を振ってきた。

彼の手の周りで水が(こお)りつき、壁に空いていた穴を(ふさ)いだ。


『見て!』


アイリスの声に氷の壁を見ると、その向こう側に()びた剣や(やり)を振りかざした亡霊(ぼうれい)がひしめき合っているのが見えた。


『あと少し遅かったら、って考えると背筋が(こお)るわね……』


アキレアがぶるぶると頭を振った。

きらきらと光る水面(みなも)(はる)か上に見える。


『ロアメンの効力があるうちに地上へ行くぞ!』


ラナンに()き立てられ、スラウは水を()った。


亡霊(ぼうれい)は次第に小さくなっていく隊員たちの後ろ姿を静かに見つめたまま手を伸ばした。

ピシ――

緑色の手の押しつけられた氷の壁に無数のヒビが入った。


『見て! もうすぐだよ!』


スラウが手を伸ばした。

きらめく水面(みなも)はもう目前に(せま)っていた。


『早く上がりましょ!』


アキレアは大きく水を()ると、一気に上昇した。


『待て、アキレア! 水流が変だ!』


ラナンが(さけ)ぶのと、彼女たちが水流に巻き込まれるのは同時だった。


『きゃぁぁぁっ!』


『アキレア! スラウ!』


(さけ)ぶアイリスの横でハイドはじっと(うず)を見つめていたが、突然意を決したようにそこに飛び込んでいった。


『行きましょ!』


そう言って続いたアイリスをラナンは(あわ)てて追いかけた。


飛び込んで初めて何が起こっているのか、理解できた。

どうやら湖の外へ出る川に迷い込んだらしい。

流れに身を任せていたラナンは水泡の向こうに見えてきた光景に目を見張った。


『何てこと……!』


先に到着していたアキレアがありえない、と首を振った。

彼らが辿(たど)り着いた下流の湖の底には村が広がっていた。

水底(みなそこ)に沈んでいるのに、家や垣根(かきね)などがそのまま残っていて、まるでさっきまで人が住んでいたようにすら思える。

5人は沈黙(ちんもく)の支配する村に足を踏み入れた。


『これが……エスメラルダの住んでいた村ってこと?』


そう(つぶや)いて見回すアキレアの足元で土がゆっくりと舞い上がった。

家の(かたわ)らには木の台車が置かれ、酒場の前には(たる)が山積みにされていた。

畑には作物が植わったままで、水の流れが風のように草木を揺らしていた。

アイリスが近くの台車の(そば)に屈み込んだ。


『家の形だけじゃなく、他のものまでそのまま残っているなんて不思議ね……』


『ああ。ただ水が流れ込んだだけじゃ、こうはならないぞ』


ラナンも(うなず)いてドアの上に掛かる呼び鈴に触れた。


湖の拡大と1人の少女に起きた悲劇。

スラウは(あご)に手を当てて考え込んだ。


エスメラルダは村の人々から(した)われていたという。

そんな彼女が龍になって人々を(おそ)うのだろうか?

いや、やめよう。

スラウは大きく頭を振った。

憶測(おくそく)だけでは何も進まない。

今は何か手がかりとなるものを探さなくては。

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