二.儀式と供物③
「そこから離れろ!」
人々が口々に叫んでいる。
少女は磔刑台にしがみついて叫んだ。
「嫌だ! みんなもこんなこと止めてよ! お兄ちゃんたちは悪くないもん!」
「良い加減にするんだ!」
人混みを掻き分けて1人が飛び出してきた。
「あいつらのせいで儀式が台無しになったんだ! 湖の龍に殺されたいのか?!」
「父ちゃんはっ!」
少女も負けじと声を張り上げた。
「父ちゃんは! あたしが死んでも良いの?! もし……それでも呪いが解けなかったら?」
「それ以上は言うな!」
バチィンーー
叩かれた頬がジンジンと痛む。
「言うもん! 何されたって、何があったって! 可笑しいのはみんなの方だもん!」
人々を見回し、少女は叫んだ。
「あたし知ってるもん! エスメラルダさんって子どもたちを庇って死んじゃったんでしょ? そんな人がこんなことするわけないよ! でも、みんなは悪いこと、ぜーんぶあの人のせいにしてるんだっ!!」
「良い加減にしろ!」
父親が再び拳を振り上げた時、村のはずれから大きな鐘の音が聞こえてきた。
それは静まり返った村に、山に、木霊していった。
「これ以上、彼女に手をあげてはならぬ」
人混みの中から杖をついた老人が現れた。
「龍神様に捧げる尊き生命じゃ。いや、捧げずとも尊き生命に変わりはせぬ。鐘が鳴ったということは……時が満ちたということじゃろう」
「時ですか?」
怪訝に尋ねる1人に頷いた彼は、歌うように口を開いた。
「『光と闇を黄金色の光が繋ぐ時、古き音色蘇り、道標とならん』。忘れはせぬ……ここに村を移す時、そう予言された。昼と夜を繋ぐ黄昏の時、古の鐘が再び音を奏でたのなら、故郷に戻ろうと……もう、ここに住み続けるには限界があるのかもしれぬな」
彼はそう言うと周りを見渡した。
崩れかけた木の家が互いに支え合うようにひしめき合っている。
「ですが、村長。その、我々の故郷は……湖に沈んでしまっているのですよね?」
「そうじゃ」
それを聞いた人々の間に絶望の声が広がった。
「じゃが……この子の言う通り、その責はわしらにあるのかもしれぬ。幼き生命を奪ってまで生き残ろうとしたわしらに」
「……」
「……謝ろう」
村長の低くしゃがれた声が沈黙を破った。
「エスメラルダに……それで村が返ってくるとも分からぬ。呪いが収まるとも分からぬ。じゃが……為すべきことは為さねばならぬ」
村人たちは彼の言葉に躊躇しているようだった。
「誰か、わしと共に行ってくれる者はおらぬか?」
「……行きましょう」
重々しく口を開いたのは少女の父親だった。
ぽかんと自分を見上げる娘の頭に手を乗せ、彼は村長に向き直った。
「俺は謝らなきゃならない。こいつにも、エスメラルダにも……」
「それは私も同じです」
ふと群衆の後ろでか細い声がした。
「母ちゃん……」
少女は小さく目を見開いた。
「私は……もう自分に嘘をつきたくはありませんから」
彼女に続いて次々と人々が名乗り出た。
「村長」
1人が声を上げた。
「この村にいる全員、気持ちは同じです。どうかあなたと共に行かせてください」
人々は深く、静かに頭を下げた。
村長はしばらくそれを皺の刻まれた眼で見つめていたが、ゆっくりと頷いた。
「では皆の者、旅立ちの支度を。光が無くなる前に旅立とう」
***
時計台から村の様子を見つめていたラナンは長い尾を振った。
「まずいな」
「まずいわね」
アイリスも眉をひそめた。
「せっかくの毛並みが台無しだわ」
「ちげぇよ! あっちの方だろ?」
ラナンはそう言うと跳躍して人間の姿に戻った。
「こっちに注意を引きつける為に鐘を鳴らしたんだろ? ここへ来るどころか、広場に集まり始めてる……これじゃ、意味ねぇよ」
「大丈夫」
千里眼を使い、村の細部を確認していたフォセが口を開いた。
「グロリオたちが出てきたけど、誰も気づいていないみたい」
「なんだ、そうか」
胸を撫で下ろすラナンの横でランジアが険しい顔をした。
「悠長に喜んでいられないわよ。あの人たち……湖へ行くつもりだわ」
「湖?」
首を傾げるラナンにアイリスが慌てて説明した。
「そういえば、グロリオはまだ話していなかったわよね。今回の任務は原因不明の湖の拡大を食い止めることなの」
「ん? 湖が拡大してる理由は分かんねぇのか? なのに、それを止めるのか?」
「ええ」
アイリスは頷くと、整った眉の間に皺を寄せた。
「つまり、私たちは契約主である彼らが湖へ辿り着く前に、原因を探し出して湖の拡大を止めなくてはならなくなったのよ」




