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天上人  作者: 鬼木 有葉
第四章 人形の館
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九.疑惑

チニはゆるゆると片目を開けた。

ベッドは身体が沈み込むほど(やわ)らかい。

枕元には1本の木が生えていた。

橙色(だいだいいろ)の木の実に穏やかな光が灯っていて、部屋を(ほの)かに甘い香りで満たしている。

チニは丸い天井(てんじょう)をぼんやりと見つめた。


中心に集まるように螺旋(らせん)(えが)いて石が彫られている。

火、水、木……

チニはひとつひとつを目で辿(たど)った。

天上界(せかい)を構成する6つの力を象徴するレリーフが互いに絡み合いながら中央の城の紋章(もんしょう)(つな)がっている。

どうやらここは城の医務室(いむしつ)のようだった。


「そうか」


(かす)れた声で(つぶや)く。


(もど)ってきたんだ……僕たち」


記憶はザレジオに言葉をかけたところから飛んでいる。

ブランケットを()ぎ、起き上がろうとして、背中に走った激痛に思わず身をよじった。

そこで初めて自分の全身に包帯が巻かれていることに気づいた。

ゆっくりと関節を動かし、痛くない方向を探っていると、ふと外で(さわ)がしい声が聞こえてきた。

どっしりと(かま)えた()げ茶色の木の(とびら)の向こうで(だれ)かが(さけ)んでいる。


「困ります! 今は安静にしていないと……きゃっ!」


看護師の甲高(かんだか)い声が途切(とぎ)れたかと思うと、(とびら)が大きく開け放たれて数人が転がり込んできた。


「チニ! 大丈夫か?!」


グロリオが真っ先にベッドに走ってきた。

大きな橙色(だいだいいろ)の瞳が(うる)んでいる。

チニは思わずポカンと口を開けて周りに集まる隊員たちの顔を見上げていたが、にっこりと微笑(ほほえ)んだ。


「うん! だいじょうっ……わぁっ!」


言っている途中でフォセに飛びつかれたチニはそのままベッドに押し倒された。


「ごめんっ!」


「フォセ! ()めすぎだ! チニが失神しかけてるぞ!」


止めるグロリオの声が遠くで聞こえる。

フォセが(あわ)てて身体を離した。


「平気だからね、フォセ! ちょ、ちょっと、びっくりしちゃって……」


フォセは(だま)ったままコクンと(うなず)いた。


「そ、そういえば、僕は何日くらいここに居たの?」


「1カ月くらいだ」


グロリオの言葉にチニは目を()いた。


「え?! い、1カ月も?!」


ライオネルが(うなず)いた。


肋骨(ろっこつ)が4,5本折れていたし、出血の量もおびただしくて……全部の治療が終わったのが1週間前だ。あと3、4日は絶対に安静しておいた方が良い」


「うぅ……」


チニは思わず涙声で頭を抱えた。

天上人(てんじょうびと)の回復能力は人間のそれをはるかに上回る。


だが、1カ月という気の遠くなるような時間の治療を受けたということは……


「人間なら、まず死んでいたでしょうね」


ランジアがこちらの思考を読んでいたかのように続けた。


「ランジア」


ライオネルが(たしな)めるように言った。


「だからフォセは心配していたんだ。元人間のチニのことだから、万一……」


「だ、大丈夫だよ! 僕なんていつもフォセの風に巻き込まれているんだ。これぐらいじゃ、やられないよ。それに」


チニは(うつむ)いたままのフォセに微笑(ほほえ)みかけた。


「僕、信じてたから。フォセは絶対に友だちを傷つけたりしないって」


「……っ!」


フォセの(うる)んだ瞳と目が合った。

だが、次の瞬間には彼女は小さな鼻をツンと上に向けた。


「あったりまえでしょ! ライも大げさなんだから! チニがこんなことで死ぬ訳ないって分かっていたもん!」


「あら」


アキレアは微笑(ほほえ)むと、フォセの頭に手を乗せた。


「心配で眠れなくて、夜遅くまで起きていたのはどこの(だれ)だったかしら?」


「し、知らないしっ!」


フォセは桃色(ももいろ)(ほほ)(ふく)らませた。


「そう言えば、あの後どうなったの?」


(たず)ねると、アキレアの顔に一瞬影が(よぎ)ったような気がした。


「イザベラさんもエリックさんも元気よ」


「そっか、良かったぁ」


チニは安堵(あんど)の息を()らすと、次の言葉を待った。

彼女は他の隊員たちと目配せをすると、緊張気味(きんちょうぎみ)に口を開いた。


「あのね、チニ……」


アキレアはそこで首を振って話すのを止めてしまった。

覚悟を決めたように息を()いたグロリオが言葉を継いだ。


「ザレジオは……亡くなった。アイツは(すき)を見て屋敷(やしき)を抜け出し、町へ出た……馬車を1台拾うところまでは目撃情報がある。だが、その後、アイツを乗せた馬車は()()起きた山崩(やまくず)れに巻き込まれて……立ち往生(おうじょう)しているところを、()()()()起きた野火(のび)に巻き込まれた」


シーツを(にぎ)(こぶし)に思わず力が入る。

そんなに偶然が重なるわけがない。

天上人(てんじょうびと)だからこそ分かることもある。

これは偶然なんかじゃない。


「あの人は……」


チニは(ふる)える声で(つぶや)いた。


「とんでもない悪党だった。フォセやみんなを苦しめて……許せない奴だった。でも! あの人だって苦しんでいたんだ! まだやり直せたはずなんだ! 僕らの役目でしょ?! ああいう人を救うのが!!」


「……それだけじゃないのよ、チニ。子どもたちを家に送り届けた後、私たちはイザベラさんの家にもう1度立ち寄ったの。そうしたら……マリーラの姿はどこにも見当たらなかった」


アキレアの言葉が胸をえぐる。


「それに、マリーラの暴走はザラジオのせいだけじゃなかったようなの。彼女の心に寄生(きせい)していたのは憎悪の繭(ぞうおのまゆ)獄焔(ひとやのほむら)と同じ禁忌(きんき)の術で、取り込んだ者の心を()らうものだった」


「何だよ、それ……?!」


イザベラがマリーラの気持ちにやっと気づくことが出来たというのに。

ようやく2人の欲しかったものが手に入ったのに……


グロリオは小さく首を振った。


「マリーラは消されたんだ。(だれ)かによって」


(だれ)か、じゃない!」


チニは声を荒げた。


「ゾルダークしかいないじゃないか!」


「いや、違う」


ハイドが初めて口を開いた。


「奴には動機(どうき)がない」


「それに」


ライオネルが言葉を()いだ。


「光の領域を一夜にして(ほろ)ぼした男だ。彼なら、(まゆ)がマリーラに()()いた時点で街をひとつ消していただろう」


「でも、スラウは? スラウの心臓が(つぶ)されそうになったのは?! あれは、ゾルダークの仕業(しわざ)でしょう?!」


「彼が何故かスラウに執着(しゅうちゃく)しているのは知っているわ。でも、あの時のはハッタリだし、そもそもアレが何だったのかも私たちには分からないのよ」


アキレアは首を振ると、天井(てんじょう)(あお)いだ。


「……ホント最悪」


「もっと悪いニュースがあるわ」


そう言って部屋に入って来たアイリスに隊員たちは(こお)りついた。


「……認められなかったか」


(つぶや)いたグロリオの声は怒気(どき)(はら)んでいた。


「い、一体どういうこと……?」


「今回の任務、連絡塔(れんらくとう)で認可されたものではなかったんだって」


フォセが答え、グロリオは大きく肩を()らしてゆっくりと部屋を歩き始めた。


「ふとした出来心で人形に宿らせた憎悪の繭(ぞうおのまゆ)が暴走し、子どもたちの失踪事件(しっそうじけん)が起きた。(あわ)てた犯人は地上界(ちじょうかい)(おもむ)き、マリーラを処分。秘密を知ったザレジオを殺害した。山崩(やまくず)れも野火(のび)も、当時の気候状態からは起こりえないものだったしな」


「な、何を言っているのグロリオ……」


(たず)ねてもグロリオは宙を(にら)んだままだ。


「その上、今回の任務は連絡塔(れんらくとう)の認可の降りていないものときた。つまり、俺たちの中に犯人がいるということになる。以上が評議会(ひょうぎかい)の出した結論だ」


評議会(ひょうぎかい)って、あの……?!」


思わず息を()むチニにライオネルが(うなず)いた。


「各領域の王、並びに貴族階級の議員によって形成される組織だ。民意を代表するとして長たちに対しても発言権を持ち、連絡塔(れんらくとう)、任務隊や城の管理を担う本部を思うままに動かせる唯一(ゆいいつ)の機関……実質上、この世界を動かしているのは彼らだと言っても間違いではないだろう」


アキレアは静かに続けた。


「契約内容を超えた活動や人間の殺害はゾルダークの思想に通じるものがある。彼に影響を受けた人物を野放しにしておけば、彼の天上界(せかい)における勢力は水面下で間違いなく拡大するでしょうね。だから、評議会(ひょうぎかい)は決断を急いでいるの」


「でも、僕たちはやってない!」


「分かってるさ、そんなこと」


グロリオは(こぶし)を固めた。


「……(だれ)かが俺たちをハメたんだ」

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