表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天上人  作者: 鬼木 有葉
第四章 人形の館
77/196

八.約束②

糸は(あらが)う気力を失ったイザベラに(おそ)いかかった。

音を立てて固まっていく四肢(しし)をぼんやりと見つめる彼女の頭に再び映像が流れ込んできた。


***


『マリーラ』


ギルナードの声が響く。

イザベラハ?

彼はただ(だま)って(ほこり)(はら)うだけだった。


風景に小さな亀裂(きれつ)が入った。


場面が切り替わり、ギルナードと女が口論をしていた。

床にガラスの破片が散らばっている。


『何回も言わせないで、お父様! 私はこんな()()()()()仕事を()がないって言っているの! どうせいつかは()きられてしまうのに、作って、また壊れて、それを直して……この繰り返しばかり! こんな()()()()の何が魅力(みりょく)ですって?!』


女はそう(さけ)ぶと、部屋を飛び出していった。

部屋に残されたギルナードはしばらく石のようにその場に立ち尽くしていたが、椅子(いす)に倒れ込むように座って項垂(うなだ)れた。

黒い(かみ)には白髪(しらが)が目立ち、やつれた顔には(しわ)が刻まれている。

突然、彼は激しく()き込み始めた。

しばらくして発作が収まるとギルナードは立ち上がり、こちらへやってきた。


『マリーラ、最後まで一緒に居られなくて……ごめんな』


悲しそうな瞳が()れた。

風景に入った亀裂(きれつ)が大きくなった。


ガチャ――

ドアノブを回す音に思わず胸が高鳴る。

ギルナードがこの部屋に来なくなって久しい。

ようやく会いに来てくれたのだ。


だが、部屋に入ってきたのはエプロン姿の2人の女だった。


『旦那様の部屋、ずいぶん綺麗になったわね』


『本当にね……(さび)しいわ』


『あとはここのものを片づけるだけよ。あら……』


ふと1人がこちらにやって来た。


『これ、どこかで?』


『あら、お嬢様のマリオネットじゃない。(なつ)かしいわね』


『でも見てよ。服はボロボロだし、(ほこり)まみれだわ』


『そうね』


『どうしましょう? もうお嬢様には()()()()わよね? 汚いし、処分しましょ』


ヒツヨウ……ナイ……


亀裂(きれつ)に耐え切れなくなって、映像がまるで窓が割れるように(くず)れた。


***


再び景色が(もど)った。

我に返ったイザベラの目には(なみだ)が浮かんでいた。


「マリーラ、ごめんなさい……私は……何も考えていなかったのね、お父様の気持ちもあなたの気持ちも……」


真珠のような(なみだ)が床に落ちた。

今や、黄ばんだマリーラの顔は完全にひび割れ、その()け目にも黒い糸が(うごめ)いているのが見えた。


「もしあなたにまだ私の声が聞こえるなら……っ!」


ビキビキ――


言い終わらないうちに身体が音を立てて固まっていく。

力の抜けた彼女の腕からエリックが(すべ)り落ちて(まゆ)の中に引きずりこまれた。

空を(つか)んでいた彼女の手に、待っていたと言わんばかりに糸が(から)みつく。

マリーラはただそれを鈍く光る紅い瞳で見つめていた。


***


アイリスは思わず息を()んだ。


「まさかチニ、契約主って……?!」


チニは弱弱しく(うなず)いた。


「うん……マリーラだよ……」


持ち主に忘れられた(さび)しさが全ての発端(ほったん)だったのだろう。

だが、ザレジオに助長(じょちょう)された負の感情は彼女だけでは抱えきれなくなってしまうほど肥大化し、内側から彼女そのものを破壊しようとしているのだ。

チニは途切(とぎ)途切(とぎ)れに言葉を続けた。


「多分……今回の子どもの失踪事件(しっそうじけん)は……同じような感情を抱いていたおもちゃたちが……マリーラの感情に引き寄せられて起こしたことなんだと思う……」


「……なるほどな」


グロリオは伸びてきた糸を焼き払うと走り出した。


「マリーラ! よく思い出せ! これが本当に君のやりたかったことなのか?! 君の望んだことなのか?!」


「何をしているんですか、彼は?」


ザレジオは(つる)の絡み合った身体を曲げて可笑(おか)しそうに声を上げた。


「あの狂気しか残っていないガラクタに声が届くとでも?」


「静かにしてくれないか」


ライオネルはそう言うと床に短剣を突き立てた。

ザレジオの眼前に押し寄せてきた糸の波が引いていった。


「あれがうちの隊長のやり方なんだ」


「貴方も随分(ずいぶん)とお人好しですね、この私を助けるとは」


「俺たちは天上人(てんじょうびと)だ。その(わく)から出ることは決してない。お前を裁くのは天上人(おれたち)ではない。それだけのことさ」


「フン、知ったことではありませんよ。あなたたちがどんな信念をもっていようとね。どんなに邪魔(じゃま)をしようと、全てが私の脚本通りに進むことに変わりはないのですから。それに、彼女は喜んでいるはずですよ。(だれ)にも相手にされず、小さな箱に閉じ込められて忘れ去られたままのあの子を大舞台の主役に抜擢(ばってき)してあげたのですから」


ライオネルは冷たい瞳を向けた。


「あくまでも善人に(てっ)するつもりか」


「フフフフ……私は善人ですよ、最初からね」


「ならば、最後まで(おのれ)の作った舞台を見ていると良い」


ライオネルは視線を再びグロリオに向けた。

背後からも糸が(せま)り、彼を()み込もうとした。


「グロリオ!」


アキレアの悲鳴が部屋に響き、ザレジオはやれやれと首を振った。


「あれでも隊長ですか? むやみに突っ込めばこうなることは分かっていたはずだ。まずは自分の身を考えたらどうなんです?」


ライオネルは小さく笑い声を立てた。


「分かっているさ。だから、言っただろ? あれがうちの隊長のやり方だって……守らなきゃいけないものを見つけたらそれしか見えなくなる。自分のことなんて考えちゃいない」


ライオネルが言葉を切った瞬間、グロリオの上に(おお)(かぶ)さっていた糸が音を立てて(こお)りついた。


(たわ)けが」


背後の声にグロリオは振り返った。


「ハイド!」


「だから大変なのさ、俺たちは」


ライオネルは苦笑いを浮かべて言葉を続けた。


「あの隊長を守らなきゃいけないんでね」


「あら、こんな頼りない人を選んだ私たちにも責任はあるわよ」


ランジアは背後のライオネルをちらりと振り返った。

そして黒髪を()()げると、グロリオを一瞥(いちべつ)した。


「あなたは前だけ見て進みなさい」


グロリオは、おう、と(うなず)くと炭になった糸を踏んづけて部屋を走った。


「マリーラ! 良い加減に目を覚ませ! 君はイザベラさんやギルナードさんと、以前のように暮らせれば良かったはずだろ?! それなのに、皆を人形にして……他のおもちゃまで操って! 何か満足したのかよ?! これが本当にお前のしたかったことかよ?!」


マリーラのひび割れた(くちびる)を開いた。


「ダマレ! ワタシハ、ダレニモシタガワナイ! ()()()ダ!」


「何が自由だ! 確かにお前を操る糸は無いかもしれねぇ! でも、考えてみろ! お前はザレジオの脚本(いと)に縛られ、その後ろの(まゆ)に操られているだけだろ?! それじゃぁ、ただの人形となんら変わらねぇよ!」


「……ロッ! ヤメロォォオッ!」


(さけ)び声と共に、糸の波がうねりながら(おそ)いかかってきた。

だが、グロリオは躊躇(ためら)うことなくその中に飛び込んでいった。


「グロリオッ!」


一部始終を隊員たちの後ろで見ていたスラウは思わず身を乗り出した。

アイリスが安心させるように微笑(ほほえ)んだ。


「大丈夫よ、スラウ。だから、隊長の指示を待ちましょう」


――『指示があるまで待て』


グロリオは加勢しようとしたスラウを止めてそう言った。


一体、いつ行けば良いというのだ?


スラウは歯がゆい気持ちで(うごめ)く糸を見つめていた。


不意に糸の動きが止まった。

糸は大きく盛り上がると、空気を入れすぎた風船のように黒い破片を()()らしながら散っていった。

グロリオが()げ付いた床の上に剣を突き立てていた。

もう一方のの腕でイザベラを抱えている。

その腕が鉄のように赤みを帯び、蒸気が立ち込めた。

蒸気は蝋化(ろうか)していたイザベラの身体をみるみるうちに溶かした。


「……っ!」


イザベラの長い睫毛(まつげ)が震えた。


「気づきましたか?」


グロリオ は(ささや)くとそっと彼女を下ろした。

イザベラは(まゆ)()もれる人形を見上げた。


――『あなたが私のお友達になってくれるなら、私はあなたの1番の家族になってあげる! あなたが楽しい時は(となり)で一緒に笑うわ! 悲しい時は(となり)で一緒に涙を流す。だから約束よ。苦しい時、辛い時は助けを求めて』


幼い頃の自分の声が(よみがえ)った。


「……マリーラ」


イザベラは(かす)れた声で(つぶや)いた。


「ごめんね……お父様が亡くなって1番(さび)しかったのは、あなたでしょう? あなたはお父様の居ない世界が許せなかった。それで、皆をおもちゃにすればお父様も帰ってくるって思ったのよね?」


まるでイザベラの言葉の一文字たりとも聞き(のが)さまいとしているかのように全ての糸が動きを止めた。


「ナニヲシテイル?! メイレイヲキケ!」


(まゆ)から声が響いてきたが、糸もマリーラも動きを止めたままだった。


「……何で分かるの?」


人形のひび割れた(くちびる)から()れる小さな鈴のような声にグロリオは思わず目を見張った。

これが彼女の本当の声なのか?


イザベラは(なみだ)(うる)んだ瞳をマリーラに向けて微笑(ほほえ)んだ。


「分かるわよ……だってあなたは私の大事な家族だもの」


その瞬間、マリーラの紅い瞳が透き通った緑色の瞳に(もど)った。

イザベラは人形のひび割れた(ほほ)を両手でそっと(はさ)んだ。


「だから分かるわ。今、あなたがここに居る(だれ)よりも苦しんでいるってことも」


布の()けた(ほほ)を小さな(しずく)が伝った。


「たす……けて……」


マリーラの声に応えるように、契約書が(あお)く光り始めた。

光は人形と契約書、そして隊員たちを(つな)いだ。


「契約成立……マリーラ・ローク様。契約期間中、我々は貴殿をお守り致します」


グロリオの声に合わせて隊員たちが(ひざまず)いた。


唖然(あぜん)としているザレジオを一瞥(いちべつ)したライオネルは口元に笑みを浮かべた。


「お前の脚本には無い展開だろ? そろそろ閉幕の時間だ。そこで見ておけ。お前の安い脚本が(くず)れるのを」


その瞬間、(まゆ)が膨張してマリーラを中へ引きずり込もうとした。


「マリーラ!」


イザベラは(さけ)ぶと人形に飛びついた。

(まゆ)はあっという間に彼女たちを呑み込んだ。


「今だ! 来い!」


グロリオが(さけ)ぶやいなや、1つの影が床を()いずる糸の上を飛び越えた。

それを捕えようと盛り上がる糸に銀の矢が突き刺さり、次の瞬間には舞い上がった木の葉がそれを細かく刻んだ。


子どもに(から)まる糸をほどいていたラナンは祈るように(つぶや)いた。


「上手くやれよ……スラウ!」


跳躍したスラウが手を掲げ、手が金色(こんじき)の光を(まと)い始めた。


***


「やり方を教えろ?」


サギリが首を傾げた。


「うん。()を集めて私に見合った武器を具現化する、って言われても、それだけじゃどうやるのか、さっぱり分からないよ」


「うーん、そうか……」


サギリは(あご)に手を当てて考え込んでいたが、ふと微笑(ほほえ)むとスラウの頭を軽く(たた)いた。


「分からん」


「ふぇ?!」


「だって手を伸ばして……そこにある物を(つか)むのと同じだぞ、こんなの」


不満そうな顔のスラウにサギリは楽しそうに笑った。


「それだけ自然に力を使えってことだ」


***


自然に力を使う。

どれだけ考えても、やはり分からなかった。


だが、何となく分かったことがある。

スラウの手に灯る光が次第に棒状(ぼうじょう)に集まり始めた。


「まさか、アレをここで身につけるの?!」


フォセが思わず声を上げた。

スラウは閉じていた目を開いた。

天上人(てんじょうびと)になると決めた時、もう(だれ)も死なせない、と心に誓った。

だから(だれ)かが危ない目に合った時には真っ先に自分が助けなくてはいけない、そう無意識に義務づけていたのだ。


でも違った。

スラウはさっきより大きくなった黒い(まゆ)を見つめた。


きっとあの子もこんなことをしたかったわけではない。

ただ気づいてほしかったのだ、自分も家族だと。

彼女が欲しかったのは自分が主役の舞台ではない。

自分の言うことを聞かせられるおもちゃでもない。

ただ、自分を受け入れてくれる居場所が欲しかったのだ。


今はただ思う。

この人たちを、純粋にこの人たちの笑顔を守りたいと……


気づくと手には一振りの剣が(にぎ)られていた。

(つか)刃渡(はわた)りもしっくりくる。


スラウは目の前に伸びてきた糸を()(はら)った。

剣が触れた瞬間に糸は光る粒となって消えていった。

スラウは大きく身体を反ると(まゆ)をめがけて剣を振り下ろした。


『浄化!』


(まゆ)に剣が突き刺さった瞬間、球体は風船が割れるような大きな音を立てて飛び散った。

部屋に広がった金色(こんじき)の光が触れた瞬間、部屋を埋め尽くしていた黒い糸は泡のように(ふく)れ上がると、光を残して弾け飛んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ