表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天上人  作者: 鬼木 有葉
第四章 人形の館
75/196

七. 操りし者③

「ランジア! 君の力を貸してくれ!」


ライオネルの声が聞こえた瞬間、ラナンの(ほほ)を銀色の矢が(かす)めていった。

冷気を感じて鳥肌が立つ。


ドシュ――


スラウの目前に(せま)っていた犬に氷の矢が突き刺さった。

氷の(かたまり)は床を(すべ)って隊員たちの足元をすり抜け、壁に衝突(しょうとつ)した。


「あと2人居ることを忘れられたら困るな」


ライオネルが弓を(かつ)ぎ直して部屋に入って来た。


「ライ! ランジア! 無事だったのか!」


振り返ったグロリオが(うれ)しそうに声を上げた。


「間に合ってよかったよ」


ライオネルは微笑(ほほえ)んで隊員たちのところへやってきた。


「ちっとも連絡がつかないから、何かあったんじゃねぇかと思ったんだぜ?」


グロリオの言葉にライオネルは頭を()いた。


「2階で人形にされた使用人たちを見つけてね。どうして固まってしまったのかを調べていたら、つい……」


偵察(ていさつ)という本来の目的を忘れたのよ、この人」


ランジアが(あき)れたように言葉を()いだ。


「まだ私の脚本の邪魔(じゃま)をするのか……」


ザレジオは新たに増えた2人を見て顔をしかめると手帳のページを(めく)った。


「君たちは役者失格だ。もう舞台から降りなさい」


彼はフォセの腕を引っ張った。


「君が彼らを殺しなさい」


「いい加減にしろ!」


グロリオが苛立(いらだ)たし気に身をよじった時だった。

フォセの固まった(くちびる)隙間(すきま)から声が()れた。


『ヤ……ダ……』


糸に()り下げられた彼女の腕は小刻みに(ふる)えていた。


「フォセ……」


スラウはフォセを見つめた。

先ほどのチニの行動。

あれは決して無謀(むぼう)なことではなかったのだ。

彼の訴えがマリーラに支配されていたフォセの心に届いたのだろう。

ザレジオは苛立(いらだ)たし気にフォセの(ほほ)を勢いよく(はた)いた。


「身のほどを知れ! この役立たずが! お前は私の命令に従う(こま)に過ぎないのだ! もういい! マリーラ! まずはコレを消しなさい!」


「やめろ! これ以上、俺の隊員に手を出すんじゃねぇ!」


グロリオが(さけ)んだ。

ザレジオは勝ち誇ったような笑みを浮かべると彼ににじり寄り、手の上で赤黒い実を転がして(もてあそ)んだ。


「君が元気なのは結構(けっこう)。私が君のお友だちの心臓を(にぎ)っていることをお忘れなく……さ、物語を進めようか。君たちの代わりは(いく)らでもいる」


マリーラの手の動きに合わせて無数の糸がフォセに向かっていく。


「……っ!」


スラウは(くちびる)を強く()んだ。

自分のせいで皆は見ているしかないのだ。

自分のせいでフォセが殺されるのだ。

もう(だれ)も死なせない、そう(ちか)ったのに……


――『今回の任務中に身につけてこい』


ふとサギリの言葉を思い出した。

()を集めて(おのれ)に見合った武器を具現化(ぐげんか)する。

今ならできるかもしれない。

指先に力を集中させる。

手がぼんやりと光を放ち始めた。

スラウは(わら)にもすがるような思いで自分の手を見つめた。


「ダメだ」


首を振った。


ただ、手が光っているだけじゃないか。

剣に具現化(ぐげんか)しなきゃ意味がないのに。

助けなきゃいけないのに!


「フォセ」


その時、()の鳴くような声が聞こえた気がした。

それに気を取られた瞬間、糸がフォセを(つらぬ)いた。


「フォセェッ!」


隊員たちの(さけ)ぶ声が聞こえた。


間に合わなかった……


大きく()らぐ視界の中で彼女を見つめたスラウは思わず(さけ)んだ。


「見て!」


床に(くず)れたフォセの細い指がピクリと動いた。

何かを(いじ)るように床を()う指を隊員たちは(だま)って見つめていた。


そのうちにむくりとフォセが起き上がった。

彼女は眠そうに大きく欠伸(あくび)をすると目を(こす)った。


「あれ? ここどこ?」


血の気のなかった(ほほ)には桃色が広がり、くりくりとした大きな茶色い瞳には光が宿(やど)っていた。

フォセは手足の()られた隊員たちに目をパチクリさせた。


「皆、何してんの?」


隊員たちも口をポカンと開けてフォセを見つめ返した。

不意に彼女の後ろで小さな衣擦(きぬず)れの音がした。


「まーくん?」


フォセの背中を守るように立っていたクマのぬいぐるみはその小さな身体に全ての糸を受け止めていた。

色の抜けた茶色い布が()けて白い綿が飛び出している。


「もしかして……助けてくれたの?」


フォセは糸に(つらぬ)かれたぬいぐるみに手を伸ばした。


「ごめん。ごめんね……」


「……ナイヨ」


さっきと同じ聞き覚えのある声だ。

この声は……

スラウはチニを振り返ったが、彼は気を失っているようだった。


「イタクナイヨ」


また声が聞こえた。

弱弱しくて(たよ)りげないが、優しくて温かい声。


「もしかして……!」


スラウは頭に浮かんだ考えに目を見張った。

まーくんの声なのか……


「……そうか」


グロリオはぬいぐるみを見据(みす)えたまま(つぶや)いた。


「チニの能力は式と呼ばれる動植物を召喚(しょうかん)して(あやつ)ることじゃねぇ。式にあいつ自身の意思を宿(やど)らせることができるんだ」


「つまり、あのぬいぐるみにもチニの意思が宿(やど)っていて、フォセを守ったと言うわけか」


ライオネルが感心したように(うなず)いた。


「ダイジョウブ。ナカナイ……デ」


まーくんはゆっくり片手を挙げてみせると、フォセの腕をすり抜けてゆっくりと床に(くず)れた。


「な、何が起きてる……?」


ザレジオが思わず後退(あとずさ)ったのをグロリオは見逃(みのが)さなかった。


「ランジア! ハイド! 今だ!」


『我に宿(やど)りし水の力よ、濃霧(のうむ)となり、我らを(おお)え』


ランジアの声と共に(きり)が立ち込めてきた。


「こんなものが目くらましになると思うなよ! 少しでも動いてみろ! こいつの心臓を(にぎ)(つぶ)すぞ!」


ザレジオが(さけ)んでいるのが聞こえる。


目眩(めくらま)しじゃねぇよ」


グロリオの静かな声が聞こえた直後、ピシと音を立ててスラウを(つな)いでいた糸が(きし)んだ。

見上げると糸の表面についた水が凍り始めていた。


「わっ……!」


床に倒れ込んだスラウは小さく声を上げた。

糸の()れた手を見つめる。

手足に自由が(もど)ったのだ。


喜びを()みしめていると不意に剣が突き出された。

顔を上げるとハイドが立っていた。

スラウは礼を言うと剣の(つか)をしっかりと(にぎ)り直した。


「チッ……」


ザレジオは(きり)の中に突然現れた自分を囲む複数の人影にじりじりと後退(あとずさ)りした。

木の実を(にぎ)った手を前に突き出して(さけ)ぶ。


「う、動くな! こっちには心臓がっ……」


首がガクンと()()り、ザレジオは途中で言葉を切った。

頭を(つか)まれ、喉仏(のどぼとけ)に剣が押し当てられている。


「このまま首を()られたくなければ、おとなしく手を挙げろ」


背後に立つハイドの冷徹(れいてつ)な声が耳を刺した。

ザレジオは(ふる)える両手を肩の上まで挙げた。


「な、何をしたんだ?!」


ザレジオの目の前に現れたグロリオはニヤリと笑うと剣を(かつ)いだ。


「おいおい。さっきまでの余裕はどうした? まぁ、いいや。教えてやるよ。フォセがさんざん暴れてくれたからな……この部屋の糸には小さな切り傷がたくさんついていた。俺たちはそれを利用しただけさ。霧によって糸の切れ目に水が入り込んだ。水ってのは凍る時に体積が大きくなるんだ。この部屋の気温を一気に下げたのはその為だ」


グロリオの得意げな声はザレジオの耳には入っていなかった。


彼の頭は言動とは裏腹に、早くも冷静さを取り(もど)しつつあった。

幾度(いくたび)もの戦場をくぐり抜けてきた彼にとって、敵に背後を取られることなど経験してきたことだった。


今回も彼には自信があった。

危機に(おちい)(たび)に、この頭脳で困難を切り抜けてきたのだから……

大きく息を()き、状況を整理する。

自分が不利な状況にあるのは間違いない。


だが、()()()の話が本当なら天上人(てんじょうびと)は人間に手を出すことはないはずだ。

それに、万が一イザベラの遺産を手にできなくても莫大(ばくだい)な資産は約束してくれた。

大丈夫だ、こちらにはまだ切り札が残っている。

彼はそう自分に言い聞かせた。


(もろ)くなった糸はどうなると思う?」


グロリオはそこで言葉を切ると両腕を広げた。


「これでお前の舞台はおしまいだ。糸はもう使えねぇよ」


その瞬間、部屋中に張られていた糸が細かい氷の結晶の粒となって宙を()った。


「どうだ! (すご)いだろ?!」


「はいはい」


自慢げなグロリオにアキレアはおざなりに返事をした。


「ハイドとランジアに感謝ね」


「えぇー、あのムッツリの肩持つのかよー……俺だって頑張ったんだぞ?!」


「分かってるわよ、グロリオ。でも、これはこれでしょ」


「でも俺……やっぱり君には俺だけを見ていて欲しいんだ」


「グロリオ……」


「アキレア!」


「グロリオ!」


「アキレア!!」


互いに手を取り合い、熱い視線を交わす2人にザレジオはやれやれと首を振った。


「本当に君たちは物忘れが酷いようだな。こっちには人質がいたということを忘れたのかい?」


「そのことだけど」


(きり)の中からアイリスが1歩前に進み出てきた。


「ゾルダーク・エリオットからもらったんでしょ、それ」


「な、何故その名を?!」


さり気なくグロリオから手を離したアキレアは大きく息を()いた。


「どうせ、彼はあなたが協力する見返りに、それなりの報酬を約束したのでしょうけれど、あなたを救う気はなかったのかしらね?」


「何?!」


「それを使えば使う程、あなたの心臓にもダメージが与えられるって教えられなかったの? 手帳を見返したらどう? 私があなたなら、忘れずに書き留めるけれど」


「馬鹿な?! そんな話は聞いていないぞ!」


ザレジオは(あわ)てて手帳を取り出してページを(めく)った。


「どこだ?! そんな記述どこにっ……!」


顔を上げると、アキレアとアイリスが満面の笑みを浮かべていた。


「相手を(だま)すには、ほどよく真実を混ぜることね、ラナン」


「そうだな」


2人の横で頷くラナンは手の上で透明な箱を転がしていた。

中に入っているものを見たザレジオは思わず(にぎ)っていた(こぶし)を開いた。

いつの間にか手の中は空になっていた。


「貴様! いつのまに?!」


声を荒げるザレジオにラナンは指を上に向けた。


「それよりお前、上、見た方が良いぞ」


「は?!」


思わず天井(てんじょう)(あお)ぐと、(きり)の中から少女が飛び出してきた。

淡い水色のワンピースが(ひるがえ)り、白い手足が(あらわ)になっている。


「俺らでも手がつけられねぇフォセ(いもうと)に手を出したこと……後悔しな」


グロリオが不敵に笑うのと同時にフォセが(さけ)んだ。


「チニとまーくんの(かたき)ぃっ!」


ザレジオは彼女の手の上に生じた風の(うず)に青ざめた。


「ちょ、ちょっと待て! わ、私は人間だぞ?! 天上人(てんじょうびと)が人間に手を出して良いと思っているのか?!」


フォセは鼻を鳴らして大きく腕を振り(かぶ)った。


「知るかぁぁっ!」


風の渦が放たれた。

竜巻は彼に()げる間も与えず、床が音を立てて(くず)れた。


「よしっ!」


大きな穴の開いた床を見て満足そうに(うなず)くフォセに、苦笑いをしたライオネルが近づいてきた。


「フォセ、あまりやりすぎるなよ。ここ、イザベラ嬢の屋敷(やしき)だぞ……あ、ハイド」


ハイドが土煙(つちけむり)の中から現れた。

肩にザレジオを(かつ)いでいる。

完全に気絶しているようだった。

彼はぞんざいにザレジオを床に放ると長い脚で転がした。


(しば)っておけ」


「ああ、そうだな」


ライオネルがすぐさま印を結んだ。

床から伸びた草がザレジオに巻きついた。


「しばらくおとなしくしてもらうぞ」


(うめ)き声をあげるザレジオにライオネルが声を掛けた。

しばらくして意識を取り(もど)した彼は自分を(しば)りつける(つる)から状況を理解したようだったが、不意に肩を(ふる)わせて笑い始めた。


「クククククッ……」


狂ったように笑い出す彼にライオネルは(まゆ)をひそめた。


「何が可笑しい?」


「我ながら私の演技も素晴らしいものだな。敗北を味わい、絶望の(ふち)に立たされた哀れな男……自分で言うのも何だが、私は最高の演者だ。君たちはこれで閉幕と思っていたかもしれないが、舞台はまだ続いているんだよ。クライマックスはこれからさ」


その瞬間、屋敷(やしき)が大きく()らいだ。

砂煙(すなけむり)の中から黒い球体が現れた。

四方に伸びる太い糸がそれを支える様は、まるで(まゆ)のようだった。

そこにマリーラと思われるものが埋もれて見えた。

今や、黒色の()(がみ)は逆立ち、白く丸い顔には亀裂(きれつ)が入っている。

透き通るような緑色の瞳は紅い色を帯びていた。


「ユルサナイ!」


変わり果てた人形を隊員たちは呆然(ぼうぜん)と見つめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ