七. 操りし者②
「これで役者は揃いましたね」
ザレジオがゆっくりと隊員たちの間を歩き回っていると、鈴の鳴るような声が聞こえた。
「叔父様……何故こんな酷いことを?」
「そもそも何故こんな酷いことが起きたか、分かるかい、イザベラ」
イザベラは首を振った。
「全てはお前のせいだよ」
ザレジオは人形の横に立つとその頭に手を乗せた。
「この舞台の脚本家が私だとすれば主人公は彼女だ。持ち主に忘れられ、捨てられたことを嘆いていた悲劇のヒロインの復讐劇さ」
イザベラの大きな瞳が大きく揺れた。
ザレジオは一息吐くと、まるで劇のナレーションを語るように大きく腕を振って話し始めた。
「物語の始まりはこうだ……私と彼女と出会ったのは紅の月が昇る夜のことだった。私は古くに分かれた兄、ギルナード・ロークの面影を求めてこの町を彷徨っていた。私が工房の跡地に辿り着いた時、既に先客が居た。それが彼女だったのさ。彼女は埃に塗れたドレスに身を包み、ぼさぼさの髪を無造作に下ろしていた。まるで浮浪者のようにね。私は彼女に尋ねた。
『ここで何をしているんだい?』
彼女はただ黙って苔むした溜池を見つめていた。私はもう少し尋ねてみた。
『ギルナードが恋しいのかい?』
彼女は黄ばんで薄汚れた顔を動かして小さく頷いた。
『自分を捨てた者たちが……イザベラが憎いかい?』
彼女は再び頷いた。
『そうか』
私は彼女の傍に膝をついて言った。
『なら、私が君に力を貸してあげよう』
こうして私が彼女の為の劇を作ってやったのさ。私はただ手を貸しただけだ。脚本を書き、役者を揃え、舞台を用意した。全てマリーラの意思によって起こったことだ」
「ふざけんな! お前のせいで、罪のない子どもたちまで巻き込まれてんだぞ?!」
グロリオが声を荒げた。
ザレジオは微笑むと、だから?と首を傾げた。
「マリーラがこの劇の主人公だ。誰にも文句を言う権利はないよ」
「何が……意思だ……!」
チニが震える唇を動かした。
「お前が、その子の寂しいという気持ちに付け込んだんじゃないか!」
端正に整えられたザレジオの眉が僅かに吊り上がった。
「偉そうに言うが、君には彼女が何を考えているのか分かるのかい?」
チニはちらりとマリーラに目を向けた。
彼女はただ虚ろな瞳を宙を向けていた。
迷うように目線を落とすチニにザレジオは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「分かるわけがない。あれはただ操られるのを待つだけのマリオネットに過ぎないのだから」
「おい」
ラナンが口を挟んだ。
「お前、矛盾してんぞ。ここで起きたことをコイツのせいにしたり、ただの傀儡だって言ったり……お前、本当は何か別のことを企んでるんだろ?」
ザレジオはやれやれと首を振った。
「昼間のこともそうだが……どうも天上人には調子を狂わされるな」
ふと町で彼が言っていたことを思い出したアキレアは思わず顔を上げた。
「まさか遺産を狙って?!」
ザレジオは笑みを浮かべた。
「ちょうど7年前のことだ。それまで連絡の途絶えていた兄から突然、手紙が来てね。「愛娘を1人残してこの世を去るのは大変心残りだ。せめて自分の築いた財産は全て彼女に譲るつもりだ」と。それを読んだ私は驚いたよ。両親を戦争で失い、路頭に迷った幼少期、共に支え合ったというのに、私には何も無いのかと」
「それは違うわ!」
イザベラがザレジオの言葉を遮った。
「お父様は最期まで叔父様のことを考えていらしたもの。叔父様が自分と違う選択をしてから、ずっとあの日のことを悔やんでいると。叔父様が自分たちの両親を殺した国の軍隊に志願するなんてこと、止めるべきだったと……」
「だったら何故、何も俺に残さない?! 何故、お前が全ての遺産を得ようとするのだ?!」
「お父様はいつも、幸せになるのに必要なのはお金ではないとおっしゃっていたわ! 叔父様だって昔はそう考えていたと! でも……叔父様は変わってしまった……」
「私が変わった?! フン! 真実に目を向けられるようになったのさ! 世の中、金がなければ何もできない。良いか?! この世の人間は大きく2つに分かれている。支配する者と支配される者だ! 軍隊に入った私は幾つもの戦争をくぐり抜けて生き残ってきた! 幾度も命の危機にさらされてきたんだ! だが、いつだってな! 勝利を左右するのは金だったんだ!」
そこまで言ってザレジオは言葉を切った。
再び口を開いた時、彼は冷静な口調に戻っていた。
「戦争も終わりに近づいたある日……私たちの軍は勝利を目前に歓喜していた。だがその日、隊は全滅した。上層部の連中が敵国に巨額の金を掴まされて裏切ったんだ。その時、私は知った……忠誠だの、誇りだの、そうしたものは偶像にすぎない。金を持つ者が全てを支配するのだと……」
ゆっくりと部屋を歩くザレジオの靴音が重く響く。
「軟弱な選択をした兄には分かるまいよ。だが、お前は分かってくれると思ったのだがな……手紙に書いてあったぞ。お前がアイツの事業をくだらないと吐き捨て、おもちゃをガラクタと呼び捨てたことはな」
ラナンは思わずイザベラを見つめた。
俯いた彼女の小さな顔は黒髪に隠されていて表情は読めなかった。
「おぉ、可哀想なマリーラ……どんな気持ちだ? ん?」
ザレジオはわざとらしく哀れな声を出してマリーラの頭を撫でた。
黒髪のマリオネットはゆっくりと首を動かしてイザベラを睨んだ。
「ユルサナイ」
マリーラが手を挙げ、部屋中の糸が震え始めた。
ザレジオは肩を揺らして笑った。
「良いぞ、マリーラ! 君はそのままでいなさい。全ての怒りや憎しみを彼らにぶつけるんだ。君が望むのはどんなエンディングだい?」
ザレジオは胸ポケットから手帳を取り出して開くと両腕を広げた。
「さあ、続けよう! 盛り上がるのはここからだ!」
「ちくしょうっ……!」
グロリオが小さく毒づいた。
何とかして止めなくては……
印を結ぼうとしたが、はたと動きを止めた。
ザレジオが拳を掲げているのが見えたからだ。
「自分の置かれた状況は分かっているようだね。君は傍観者だ。そこで見ていなさい」
「チッ……!」
「脚本に付き合ってくれれば、何も悪いことはしない」
「アアアアアァァッ!」
スラウが身をよじった。
ザレジオは愉しそうに自分の拳を眺めた。
「大袈裟だなぁ、少し手が滑ってしまっただけだというのに」
「てめぇ!」
ラナンが糸をほどこうともがいた。
「叔父様!」
イザベラが声を上げた。
潤んだ緑色の瞳から涙が零れている。
彼女は震える唇を開いた。
「もう止めて! 私が悪かったの! 全部の責任を取るわ! だから!」
「お嬢様、いけません!」
エリックが止めに入ったが、イザベラは潤んだ瞳で彼を制すると叫んだ。
「私に何しても良いわ! 遺産だって譲ります! だから……この人たちは逃がして!」
「イザベラ……」
ザレジオは心打たれたようにしばらく彼女を見つめていたが、ふと手元の手帳に視線を落とした。
「迫真の演技は気に入ったが……ダメだ。脚本では彼女を殺すことになっているんでね」
ザレジオはスラウに歩み寄ると、顎を掴んで上に向けさせた。
「随分、好戦的な目をしているね。他の役の方が良かったかもしれないが、約束してしまったからな……変更はできないよ」
「誰……との……約束……?」
スラウの問いにザレジオは微笑んだ。
「君も良く知る人だよ」
彼はそう言うとクルリと背を向け、部屋の隅に置かれた木箱を漁り始めた。
その中から犬の人形を取り出して月明かりに掲げた。
少し力を加えてねじまきを引っ張った彼は満足げに頷いて、それを床に置いた。
ねじまきの巻かれる音が部屋に響く。
「そうそう」
彼は固唾を呑んで見守る隊員たちを振り返った。
手にはいつの間にかマッチが握られていた。
「聞くところによると、彼女は火が苦手とか」
マッチの火がユラリと動いた。
ザレジオはマッチを犬のぬいぐるみに近づけた。
埃と木屑にまみれてちりぢりになった茶色い巻き毛を赤い炎が舐めていく。
犬の身体がビクンと震えたように見えた。
「……っ!」
スラウは目を見開いた。
あの日の記憶が蘇る。
火に呑まれていく子どもたちの悲鳴、絶叫。
身体の内側まで灼かれそうな熱気……
「やめろ……」
ラナンが掠れた声で呟いた。
火のついた犬はぎこちなく手足を動かしながら、まっすぐにこちらに向かってきた。
「やめろぉぉっ!」
ラナンの叫びに応えるように部屋の扉が開け放たれた。




